第二百十幕 二年目の代表決定戦・終幕
「はっ!」
「よっ!」
木刀と炎剣が衝突し、衝撃が散る。
互いに距離を空け、刹那に詰め寄って今一度振り下ろし、薙ぎ払う。
ボルカちゃんは足から炎を放出して空中へ。一気に降下し、植物を貫いて粉砕させた。つまりレモンさんには当たらなかったという事。
「速ぇな」
「あくまで人の範疇だ」
「それが範疇なら全人類はもはや別の何かだよ!」
レモンさんは明らかに人間離れした速度で動き、一瞬にして詰め寄って木刀を打ち込む。
ボルカちゃんは魔力での身体能力強化。及び炎による加速や植物による多様の移動で対応。それに対してのレモンさんはその身一つで相手していた。
「まだ気配は上手く掴めねえけど、多分魔力も妖力も一切使ってないよな。イェラ先輩タイプだ!」
「そうだな。私の先祖は片方が魔力を一切持たぬ武人で片方は魔法に長けた姫君だったらしいが、ある種の先祖帰りで私は魔力を一切持たぬ代わりにその武人相当の身体能力を有して生まれてきたようだ。まあ、魔力や妖力とはまた違う力を感じるがな」
「なんだそれ。初耳だぞ。てか、明かして良いのか? この会話も観客席には届いているし、能力の無効化魔法を扱う選手達が対策しそうものだけどな」
「魔力や妖力由来ではなく、そもそも私が感じている別の力と言うのもそう言った異能などの枠には当てはまらぬ。あくまで身体能力の延長。だから対策のしようは無かろう」
「そっか。てか、話し方も戻ってんな。落ち着いたか」
「ああ。数手打ち合って穏やかになった」
レモンさんの言葉遣いも元通り。少し戦って落ち着いたとの事。
だけど冷静さを取り戻したら逆に強くなっちゃうよね。疲れやダメージが溜まっているとは言え、その分集中力は増している筈。私もそんな経験はあるから。
まだまだ先は長いね。そうも言ってられないんだけど!
「そんじゃ、戻りつつあるレモン相手に立ち回るか」
「私も君達相手に立ち回ろう」
炎剣と木刀を振るい、同時に踏み込んで差し迫る。
二つの刀剣がぶつかり合って二人は弾かれ、レモンさん目掛けて無数の木々を叩き落とす。
彼女はバックステップとバク転を組み合わせて距離を置くように避け、空いた距離を埋める為木々の隙間を縫ったボルカちゃんが肉薄した。
「そら!」
「はあ!」
受け止めて火花が散り、足元が沈んで木片が飛ぶ。二人の得物が鬩ぎ合い、幾度目となる打ち合いを経て更に畳み掛ける。
「“樹木行進”!」
「相変わらず凄まじい魔力量だ」
無数の木々を正面へ。全てを紙一重で回避し、樹の上を駆け出して距離を詰める。
ボルカちゃんがそんなレモンさんの前に躍り出て迎え撃ち、その場で攻防を繰り広げる。
炎の軌跡がまるで空中に絵を描いているように幻想的で、木刀の残像と合わさって一つの作品のように見えた。
「一気に終わらせる!」
「最初からそのつもりた!」
二人は踏み込み、勢いよく得物をぶつける。そんなボルカちゃんの手元が変化した。
「炎の剣だって魔法なんだぜ……!」
「……! まさかこれが狙いで……!」
炎剣の柄が伸び、レモンさんの肩を炎が貫いた。
今までの鬩ぎ合い。それは全てこの為の布石。何度かは遠距離技で牽制したけど、それ以外はずっと剣で打ち合っていたもんね。炎剣と遠距離技は別物と刷り込ませていたの。
まさか炎剣が変化するなど夢にも思わなかったのか不意を突かれ、疲弊しているレモンさんに確実なダメージが入った。
その隙は見逃さず、私は全方位から大量の木々で嗾ける!
「“草木包囲撃”!」
「……っ!」
肩の負傷に気を取られ、植物の猛攻への対処が遅れる。
更には炎剣は貫いた先で形状が変化しており、レモンさんを完全に止めていた。
合わせ技による不可避の質量の応酬。絨毯爆撃のように絶え間無く降り注ぎ、レモンさんの全身を打ち沈めた。
「そして更に! ボルカちゃん!」
「っしゃあ! やるぞティーナ!」
「「──“炎樹双輪波線”!!」」
輪を作り、その中には灼熱の火炎。樹によって逃げ場は無くなり、炎と植物。二つの存在が極太レーザー砲のように撃ち込まれる。
狙いは一点集中。下方は熱に飲み込まれて熔解し、赤く染まった。
撃ち切る頃にはステージその物に風穴が空いており、地面の最下層にある地下水に到達。全てを蒸発させていた。
本来なら一撃当たった時点で体その物が……だけど、終了の合図は告げられていない。
「どうかな……」
「やり過ぎたか? レモンなら或いはって思ったけど……」
もしそうなってしまっていたら、不慮の事故で処理される事も無い。私達は冷や汗を掻き、滴が焼け焦げた痕に落ちて蒸発した。
「──居合い……抜刀!」
「「……!?」」
──その刹那、私とボルカちゃんは木刀によって打ち抜かれ、意識が一気に遠退いた。
レモンさんが無事だった安堵が先に来たけど、倒す事は叶わなかったのかな……!
そう思ったけど、
「……っ。意識が……」
「……!?」
「こんな状態で……よくやるよ……」
全身に大火傷を負い、衣服どころか皮膚が焼け爛れたレモンさんの姿が。
ウソ……あの状態でこの威力と速度って……。
レモンさんはフラつきながらも言葉を発する。
「ボルカ殿には言ったな……ぜぇ……私は……身体能力の延長で……はぁ……異能とは関係無い力を使える……ふぅ……使い方がよく分からず使い塾せなかったが……何とか致命傷を避ける事は出来たようだ……」
「いや……十分に致命傷……」
ツッコミを入れた辺りでグラッ……とフラつく。
たった一撃。その一撃が的確に急所を打ち、意識が消え去る……。
これは耐久の勝負。既にフラフラのレモンさんの意識が失われるのは時間の問題。私達も時間の問題。
故に、最後まで耐え抜いた方がこの勝負を決する。
「……!」
「「……ッ!」」
その瞬間にまたレモンさんが木刀……既に柄だけとなったそれを振り抜き、私達を打ち抜いた後煤となって消え去る。
私とボルカちゃんは追撃を受けた事で更に意識が遠退き、目眩のように足元が覚束無い。ダメ……まだ倒れる訳にはいかない……!
「……はぁ……はぁ……くっ……不……覚……私の方が先に……限界……」
「……」
「……」
その一撃を最後にレモンさんは倒れ、光となって転移。私達の勝利が確定した……筈なんだけど……。
「……まだ……終わらない……?」
「誰が残って……」
レモンさんを倒した事で力が一気に抜け、その疑問の答えを知る前に私達も意識を失う。
光に包まれ、私も転移した。
*****
──“医務室”。
「……!」
まるで夢から覚めたような感覚。私は医務室のベッドの上で意識が覚醒し、治療を施された自分の体を見る。
隣にはボルカちゃん。そして治療を施されたにも関わらず包帯でグルグル巻きになったレモンさんの姿が。
(……試合……どうなったんだろう)
そう思った時、医務室に居た人が話し掛けてきた。
「あら、起きたの。一番乗りは貴女ね。ティーナさん」
「ウラノちゃん……!」
それは近くで椅子に座り、本を読んでいたウラノちゃん。
彼女はしおりを挟んで本を閉じ、ゆっくりと立ち上がって私の側に来る。
それと同時に医務室の扉が開いた。
「お目覚めですの!? ティーナさん! ボルカさん!」
「二人とも起きた!?」
「先輩ー!」「ご無事か!?」「起きましたの!?」「だ、大丈夫ですか!?」
「主将は! 無事で御座るか!?」
「起きたクァ!?」
「……うるさっ」
そこから入ってきたのはルーチェちゃんにメリア先輩。そして後輩達。それと、“神妖百鬼天照学園”の選手達。
頭巾を被った人は私と戦ったね。後は全身緑の奇っ怪な見た目をしている人? に、お淑やかそうな女の子。
そんな人達をウラノちゃんは魔導書から出現させた拘束具で抑え込んだ。
「起きたのはまだティーナさんだけよ。レモンさんなんか特に大怪我。少しやり過ぎたわね」
「あぅ……ごめんなさい……」
「謝るのは私にじゃなくて彼女に。お互いに熱くなって最大級の攻撃をしたくなる気持ちは分かるけど、あくまで試合。やり過ぎは禁物よ」
「うん……」
やっぱりレモンさんの傷は深いみたい。大丈夫かな……もしもこのまま目覚めなかったら──そう思った瞬間、意識が外に飛んだ。
これ以上はいけない。そう何かが警告しているような、そんな感じ。
私……。
「……案ずるでない。ちと体は痛むが、二、三日休めば治る」
「……!?」
「あら、スゴい生命力。包帯は取っちゃダメよ」
「キツくてな。最近は胸も膨らみが出てきて息が苦しいんだ」
「レモンさん!?」
包帯を取り外し、のそりと立ち上がるレモンさんは火傷の痕があり、上半身が裸だった。……って、一人は性別不詳だけど、一人は多分男の子……!
「ごめんなさい! あと念の為!」
「クワッ!?」
「ぬっ!? 拙者もで御座るか!?」
なので慌てて植物で目を拘束。これであられもない姿を晒す事は無いよね……。
「気にせずとも良いと言うに」
「私は気にします!」
「ふわぁ……んあ?」
その隣でボルカちゃんも目覚める。
二人の目にはそのまま葉っぱを巻き、ここに居るメンバーで事の顛末を話し合う。
「本当にごめんなさい。大怪我させちゃって……」
「悪ぃ! つい熱狂しちまって……!」
「それも気にする事ではない。そう言う試合だ。お陰で新たなステージへの足掛かりを掴めたしな。感謝こそしたいが、謝罪される事でもない」
まずは謝罪。レモンさんは気にしてないしプラスに受け止めてるけど、私達の気は気じゃない。
そんなやり取りも交え、本題へ。
「それで……試合結果は……」
「そうだな。どうなった?」
「ええ。それについては……今始まるわ」
「「え?」」
ウラノちゃんがモニターを指差し、私達はそちらへ視線を向ける。
そこには会場の様子が映し出されていた。
《今入った情報です! “神妖百鬼天照学園”のルーナ=アマラール・麗衛門選手! 及び、“魔専アステリア女学院”のティーナ・ロスト・ルミナス選手にボルカ・フレム選手は無事目覚めたようでーす!!!》
「「「良かったァァァッッッ!!!」」」
まずは私達の安否確認。お客さん達はみんなが平等に安堵してくれてる。良い人達だね~。
そして壇上には選手の姿が。
《それでは! “多様の戦術による対抗戦”!! 今回の優勝チームは──“神妖百鬼天照学園”ンンンッ!!! ヌラ選手が最後まで残り、勝利が確定しましたァァァ!!!!》
「「「どわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」」」
「……っ。負けちゃったんだ……私達……」
「あの方、気配無く私達に近付いて倒した人……!」
「あー! そうだー!」
「フッ、ヌラか。しかと作戦を遂行してくれたようだな」
ヌラさんとやら。確か前回も参加してたよね。じゃあ去年の時点で一年生か二年生のレギュラーだったんだ。スゴい実力者。
そして今回は“神妖百鬼天照学園”の作戦らしく、それによって私達は敗れたしまったみたい。これで公式戦は二連敗かぁ~。
「作戦って事は、最初から一人は待機させてたって訳かよ~」
「ああ。リスクはあるが、基本的に一人一殺。もしくは二殺で行動するというものだったのだ。一殺二殺は言葉の綾だが、とにかく二人に対しても一人で挑むと言うリスクを背負いつつ、生き残りに賭けた作戦だった。元より私は全員倒すつもりだったがな。私単体では負けてしまった」
それがレモンさん達の作戦。
今回のルール上、一人でも最後まで残れば勝利になる。なのでそう言う行動をしていたんだ。
一人でも二人以上相手に勝てる自信が無ければ成り立たない作戦。まんまと嵌められちゃった。流石の主将だね。
「かぁ~。惜しかったな~。ティーナかビブリー辺りをそんな感じに待機させりゃ良かったか~」
「あ~。確かにそうだね。私かウラノちゃんの召喚術や生成術。それで兵力を増やしつつ残る事に専念していたら良かったかも」
「私達としてもそれは懸念だった。私であっても連戦では疲弊するからな。そこに無尽蔵の兵力で攻め立てられれば何れ力尽きる」
作戦負け……って感じかな。あくまで残る為のルール。ちゃんとそれを理解して行動していればまた結果は変わったかもしれないのに。うーん、残念。
でも参考になったね。それに、ウラノちゃんが疲れさせて二人掛かりだったとは言えレモンさんには勝てた。まだまだ成長の余地はあるね。
「まあ、今回は一歩リードしたに過ぎん。次の代表戦では味方。共に頑張ろう」
「うん。そうだね! 味方ならとても頼もしいや!」
「それは私も同意だ。植物による圧倒的質量。新人戦でもそうだったが、それは見物だ」
「頑張っちゃうよ!」
取り敢えず良い勝負だった。お互いに健闘を称え合い、動けるようになったので閉会式の会場へ。
これで代表決定戦は終了。結果は準決勝の二位。去年から大躍進だ。去年負けた相手もレモンさん達だったけどねぇ~。
何はともあれ、今回の大会は幕を降ろす。次は一月後に行われる、世界最強を決める代表戦。今から燃えてきたよ!
──私達“魔専アステリア女学院”とレモンさん達“神妖百鬼天照学園”の試合。それは惜しくも私達が敗れ、順位が決まった。
時期に夏の長期休暇に入る。その前にテストとかあるけど、今学期一つの区切りとなる。
波乱に満ちたダイバースの代表決定戦は無事に終わりを迎えるのだった。




