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ロスト・ハート・マリオネット ~魔法学院の人形使い~  作者: 天空海濶
“魔専アステリア女学院”中等部二年生
209/457

第二百八幕 本と侍

「やって」

『『………!』』


「吠えず話さず、まさしく神だな」


 風雷神は暴風といかづちを放ち、レモンさんへとけしかける。

 注ぐ降雷と荒れる暴風に対して彼女は構わず突き抜け、木刀を振りかざして二柱の前へ躍り出る。

 人間離れした跳躍と共に迫り、風神が暴風にて防御。レモンさんの体は地に落とされる。

 空中を移動する術が無い彼女。空は彼らのテリトリーが為、いつもの動きはあまり出来ないかしら。


「フム、こう言うタイプか」


 呟き、即座に移動。先程まで彼女の立っていた場所に雷が落ちる。

 追撃にも抜かりなくしてあるのだけど、向こうもそれは理解しているようね。

 雷に追われながら駆け抜け、風雷神の周りを旋回。私を狙わないのは都合が良い。それが信条なのでしょうけど、十分に時間を稼げるもの。


「……よし」


 何かに納得したように一言呟き、グンッと足に力を入れて加速。

 さて、何が狙いかしら。レモンさんの事だから無策で突っ込むという真似はしない筈。

 つまり何かしらの突破口を見つけ出したという事。それが何か。思考しているうちに彼女は木刀を握り締めて樹から樹へと跳び移った。

 今まで通り風神は自己判断し、暴風をぶつける。それに対しレモンさんは正面から斬り込み、風神の眼前へ。


『……!』

「まず一体……!」


 木刀を振り下ろし、突き、斬り上げ、薙ぎ払い、一連の動きを短い間隔で執り行って風神の姿を消し去る。

 さて、何をしたのかしら。見たところ何もしてなさそうだったけど、何故か彼女は暴風の中を意に介さず通り抜けた。

 次いで近くの雷神が雷の槍を作り出して放り、後追いのいかづちで放電。そしてまたその中を突き抜け、無傷で通り抜けた。

 ……まさか、常人にそんな事が出来るのかしら……。


「風や雷の流れを読み、その隙間を通り抜けた……?」

「ご名答。微かな隙間を通り、二つの存在へ近付いたのよ」

「あら、この距離で呟き声が聞こえたの。耳が良いのね」

「周りに電流と風が停滞しているからな。音もそれに乗せられて私の耳に届くさ」

「何その理論」


 音声云々は兎も角とし、風や雷の隙間を目視して通り抜けたとの事。

 確かに風や雷は完全にくっ付く事無く通り過ぎるけど、その隙間はか細いなんてレベルではない。近くに行くだけなら少しは当たっても大丈夫なのか、手に持っている木刀で幅を広げたのか。

 いずれにせよ人間という種族の括りを逸脱しているわね。


「さて、これで今回の分も終了だ」

『……!』


 雷の隙間を縫って通り過ぎると同時に雷神の頬へ木刀を打ち付け、柄で腹部を殴打。数十センチの距離を空けて空気を蹴り、力強く薙ぎ払って地に落とした。

 それによって雷神も消え去り、風雷神の処理も完了する。

 少しは時間が稼げたかしら。元より勝てる見込みのない勝負。私は徹底して耐久の戦闘を行う方針。


「本番の前に、もう少しだけ遊ぼうかしら? 物語ストーリー──“ミノタウロス”&“ケンタウロス”」


『ブモオオオォォォォッ!!!』

『ウオオオォォォォォッ!!!』


 体が人間で頭が牛の迷宮の番人。そして体が馬で体が人間。異なるけど何故か対になるような扱いを受けている存在を本の物語から出し、ズズーンと地響きを立ててレモンさんへ立ちはだからせる。

 ちょっとしたサプライズ。相手がどう受け取るかは分からないけどね。


「……! 元より本の鳥以外は一つずつしか出せなかったと言うに、二体の同時召喚を可能にしたのか」

「そうね。そもそも風雷神こそ典型じゃないかしら」

「あれらは元より二つで一つの存在。あれで一つの物語と思っていた」

「成る程ね。確かにそう言う解釈も出来たわね」


 初お披露目……ではないけど、違和感無く誤魔化せたみたい。

 本来ならさっさと本気を出せと催促されるところであっても、二体同時のインパクトに掻き消されてその事への驚きに注目が行く。

 時間稼ぎの為にちょっと成長した所を見せられるのはまあまあじゃないかしら。


「遊びはお嫌いかしら?」

「……フッ、上等だ……!」


 向こうも乗り気になってくれて何より。

 風雷神よりも劣るからすぐに倒されてしまうかもしれないけど、二体居るからその分の引き延ばしは可能。

 ミノタウロスは戦斧せんぷもちいて駆け出し、ケンタウロスは弓矢を引いてレモンさんを狙った。


「搦め手ではなく正面からの力による戦闘。先の鬼神と言い、嫌いじゃない!」

『ブモォ!』


 振り下ろされた戦斧を木刀でいなし、迫った矢を素手で掴む。

 そのまま回転を加えてケンタウロスに矢を放り、ミノタウロスの体を木刀で打ち飛ばした。

 ホント、どちらが怪物か分からないわね。


『ヌゥ……!』

『グモォ!』


「ハッハッ。まだ立つか!」


 ケンタウロスの肩に矢が刺さり、痣にまみれたミノタウロスも立ち上がる。

 同時攻撃だったのもあっていつもみたいに的確に急所は狙えなかったようね。

 二頭は踏み込み、ミノタウロスが正面から。ケンタウロスは旋回して矢を射って行く。

 レモンさんは矢をいなしながらミノタウロスに構え、彼女も踏み込んで距離を詰め寄った。


「はっ!」

『……!』


 木刀で戦斧を弾き、ミノタウロスの膝を足場に跳躍。頬を殴打して怯ませる。

 背後から迫る複数の矢を一瞥いちべつもせずに避け、切っ先で逸らしてミノタウロスの体に突き刺す。それを蹴りで押し込み、矢は貫通させた。


『ブモ……!』

「戦場では流れ弾に注意せねばな」


 あくまで本の物語だから出血はせずとも動きは止まり、木刀を振り上げて顎を打つ。

 仰け反った所でレモンさんは跳躍し、上から落下して腹部に木刀を突き刺して追撃。ミノタウロスの倒れた場所が割れて砂塵を巻き上げ、元の本に戻った。


『……!』

「矢は……射るまで時間が掛かるよな!」


 ケンタウロスが矢を引いた所で詰め寄り、人間と馬の狭間を突く。そのまま貫き、一文字斬りの要領で横に引き裂いて人間の上半身と馬の下半身は分断。元の物語へと戻る。

 二対一でも圧倒。風雷神より早かったわね。

 まあ仕方無い事。残りの魔力を注ぎ込むしかなさそうな状況へと追い込まれてしまった。


「しょうがないわね。私も出ましょうか。物語ストーリー──“龍”」

『ガギャアアアァァァァッ!!!』


 パラパラと魔導書グリモワールを捲り、龍の物語を召喚。

 今までは力の温存の為に動かなかったけれど、龍が倒されれば私はすぐにやられてしまうので既に召喚している剣を片手に、龍を背にレモンさんと向き合う。


「これでチェックメイトになるわ。私の試合はね」

「そうか。では最後まで楽しむとしよう」

「私はそんなに戦いに美学を見出だせないわ。ごめんなさいね。ダイバースもただ何となくやってるだけ。お友達が頑張っているもの」

「何となくで此処まで鍛え上げたのなら上々だろう。美学は分からずとも、既にその領域に達している」

「それもなんか複雑ね」


 戦い。

 痛いし疲れるし汗掻くし、それを楽しんでいる人の気は知れない。だけどその人を否定もしない。私の趣味が読書であり、それを理解しない人も居るでしょうからね。それと同じよ。

 人の趣味は多種多様。ただ私は戦いを楽しめない。ただそれだけの事。

 さっさと終わらせたいところだけど、彼女の足止めを出来るのは出会ってしまった私だけ。遠方で広がっていた植物や炎は消えたし、そろそろ駆け付けるかしら。私の役割はそれまで止め続ける事よ。


「では、いざ参ろう」

「貴女ともお友達だもの。もう少しお話をしてもよろしいのではなくて?」

「それは試合の後でも可能だ。客人を退屈させる訳にはいかなかろう。ダイバースはエンターテイメントなのだからな」

「それもそうね」


 お話で時間を稼ぐ事は出来なさそう。さっきも試したものね。返答はしてくれるから数秒稼げた程度かしら。

 既に彼女は準備万端。次の瞬間には踏み込み、私達の方へと爆進する。

 対して龍が火炎を吐き付け、正面を灼熱の炎で焼き尽くす。

 当然、この程度では全くこたえて無いのでしょうけど。牽制にはなったかしら?

 そこに仕掛けるのは私自身。


「はっ」

「フッ、刀剣での立ち合いか。龍の分は丁度良いハンデかもな」

「そうかしら」


 彼女に比べたら児戯にも等しい稚拙な剣術だけど、龍との連携で対等に渡り合える……訳ではないわ。

 元々の地力が違い過ぎてるので向こうが少しでも本気を出せば龍も私も消されてしまうわ。


『ガギャア!』

「火による誘導……そして」

「そこへの追撃ね。読まれちゃってるわ」


 放たれた火を跳躍で避け、逆袈裟斬りを仕掛けてみるも空振り。

 前述したように本による知識だけでは限りがあるわね。実践に使えるよう素振りくらいはしたけど、そもそもの狙いからして当たりにくい。やっぱり組み手くらいはした方が良かったかしら。実践で使う事は度々あっても、ティーナさんを相手に戦った時以外(ほとん)どいつもよ召喚だけで終わってしまったものね。

 それこそ本格的な剣術で戦うのはその時以来かもしれないわ。


「狙いは良かった。しかし、まだまだ覚束無いな」

「専門じゃないもの。仕方無いじゃない」

『ゴギャア!』


 レモンさんが飛び掛かり、龍が鎌鼬で迎撃。

 けれど風を弾き飛ばして防御。普通風には触れない筈なのにね。けれど彼女の剣術に一般的な理屈は通用しない。何も常識で測る必要は無いものね。常識なんて現在観測されているからそうなっているだけ。

 ふふ、多元宇宙論とかあるからもしかしたら魔法の無い世界もあるかもしれないのよ。

 さて、持論で話を逸らしては意味が無いわね。今は目の前のレモンさんに集中しなくては。


「はあ!」

「……っ」


 重い一振りが訪れ、なんとか受け止めるけど押し込まれる。これは耐えれて数秒。なので逸らし、龍が尾でレモンさんの体を吹き飛ばす。

 彼女は木刀で尾を受け止め、そこに火球で追撃。本の鳥を出す余力は無いから私と龍だけで戦わなくてはならないわね。

 当然それは防がれ、迅速に向かってくる。


「良い連携だ。り甲斐がある!」

「やり甲斐搾取は嫌いよ」

「なんの話だ!」


 刺突され、私を囲んだ龍の鱗で受け止める。引き離し、上段の構えからなる真っ向斬り。それも護るけど、龍の耐久力も本物よりは劣るからあまり耐えられないわね。

 なので龍の隙間から私が突きを放ち、レモンさんはガード。龍がまた尾で弾いて火球の追撃。今度は私も駆け出し、跳躍から袈裟斬りを叩き込む。

 そしてそれも当然守られてしまう。一筋縄じゃいかないわね。ワンチャンスも無いんじゃないかしら。


「そこだ!」

「……っ」


 防御からのカウンター。一文字斬りで私の体は弾かれ木にぶつかる。眼前には先端が迫っており、顔を逸らして回避。龍が風を放って距離を離し、踏み込んで剣を突く。

 レモンさん相手にみずからが飛び出すのは愚作にも等しいけど、遠距離技を使える魔力が残ってないんだもの。仕方無いわ。

 今は小さな隙も見逃さず、ただひたすらに龍と共に仕掛けるのみ。


「はあ!」

『ガギャア!』

「……!」


 突き、斬り上げ、逆袈裟からの一文字。

 私のもちいる剣の技ではないけど、個人的に好きな刀剣がこのタイプだからその技を使う。

 いつかはレモンさん達が扱うタイプの刀を召喚したいわね。

 火球、暴風、稲妻。物理と遠距離、尾を払い、一気に畳み掛ける。レモンさんはフッと笑った。


「良い! 苦手な分野を此処まで鍛え上げ、己の技と組み合わせる事で更に上へ昇格させる! 見事だ! ウラノ・ビブロス殿!」

「……!」

『──』


 連撃を打ち込む中、いつの間にか龍が破壊された。

 あの硬度の鱗を……いえ、同じ箇所に何度も打ち付ける事で防御を崩していたのだわ。

 抜かり無いわね。レモンさん。


「楽しかったぞ!」

「……そう。それは何より……どうやら私も目的を達成したみたいよ」

「……?」


 木刀が打ち込まれ、意識が遠退く。

 私は此処まで。流石はレモンさん。痛みを感じる間もなく意識を奪い去ってくれたわね。これなら目覚めると同時に治療も終わっているから痛くない。

 そんな私の視界に映るもの。


「……来たか。最高戦力が……!」


 横から業火がよぎり、レモンさんの体を焼き払う。ガードが間に合い大したダメージは負っていないけれどあくまで牽制目的よね。

 本命が次に現れ、私の視界は揺らんだ。


「ウラノちゃん!」

「少し遅かったか……!」


 植物が突き抜け、大樹の森が生成。

 ティーナさんとボルカさん。これで一先ずの私の役目は終了ね。

 レモンさんが植物を斬り払い、三人は向き合う形で構えた。


「最終決戦だな」

「そ、そうなのかな……」

「他に誰が残ってるか分からないしな~」


 侍と植物。大火。

 “魔専アステリア女学院”と“神妖百鬼天照学園”の試合は最終局面へと差し掛かる。

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