第二幕 初めての学校
──五年後。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃいませ。ティーナお嬢様」
小鳥達が鳴いている穏やかな朝。十二歳になった私は初めての学校に行く為、屋敷から飛び出した。
本来なら六歳から通うんだけど、ママが病気だったから自宅学習だったの。だから基本教科は家庭教師さんの元、全部お屋敷で済ませちゃった。
そんな私は初めての制服を着てお気に入りのバックを背負う。お出掛けする時はいつもこのスタイル。あ、そうだ。みんなを忘れちゃダメだよね。
「──ママ! ティナも一緒!」
ママとティナを連れ、馬車に乗って学校へと向かう。
今日はどんな素敵な出会いがあるのかな。初めての学校だもん。とても楽しい所なのかな! それともつまらない所なのかな? 他の人は居るのかな! 仲良くなれるのかな? 嗚呼、どんな風に過ごすんだろう。
「楽しみだね。ママ。ティナ」
『うん! とても楽しみね! ティーナ!』
『けどティーナは大丈夫? ティナは心配だよ』
「大丈夫だよ。私はとても強いから!」
『そうよティナ。ティーナを信じなさい』
『はーい。ママ』
ガタガタガタと、少し悪い道を揺れながら進む。馬車とお馬さんは凄いね。こんな場所もどんどん先に進んじゃうもん!
ユラリユラユラ、ユラユラリ。揺れて揺られてユラユラリ。新しい世界の扉が開くみたいで心が弾む。早く着かないかな~。
「……。ティーナお嬢様は大丈夫でしょうか……」
「リーナ様が亡くなってからというもの、勉学や食事以外は誰とも関わらず過ごし、己の操る人形を母親、そしてもう一人の自分と思い込んでしまっていますからね……本人に自覚は無いのでしょうけど」
「一応外ではあまりお二人とお話をしないようにご主人様が教育なさっていたが……」
「あの様子、奇異の目で見られぬ事を爺やは祈ります。ティーナお嬢様は本当に優しいお方。何分友人に恵まれますよう……どうか神様……!」
「私も祈ります。ティーナ様の幸せを……」
アハハハハ♪ 屋敷の門前で爺やとメイド長さんが神妙な顔つきで話してる!
何を話しているんだろうね。もう大分離れて聞こえないや。
ガタガタガタン、ガタ、ガタン。馬車の振動に合わせてユラユラユラリ、ユラ、ユラリ。従者さんや村のみんなに手を振りながら進み、私は学校前に到着した。
*****
「わあ……! とても大きい……! 私のお家以上!」
ここが私の通う学校──“魔専アステリア女学院”。
その名が示すように魔法・魔術を専門とした学校で、名前の由来はかつて世界を救った偉大な魔導師様からなんだって。憧れちゃうな~。
星の女神様とも同じ名前らしいけど、それとは深い関係が無いみたい。かつての魔導師様が偶々そんな名前だっただけなんだって。
本来は幼少期からの一貫校なんだけど、私は中等部から。
「綺麗だね2人とも!」
『うん!』『ええ、スゴく綺麗ね』
学院の景観はとても美しく、門から校舎までの道に綺麗なお花が咲き誇るフラワーロードが通っており、その先には大きな時計台が見える。
結構古い物だけど正常に動いてて、現在の登校時間である8:15を指し示していた。
校舎はレンガ造りの三階建てで、外壁には所々ツタが生えて歴史を感じさせる造り。案内用紙には創立何千年とかって紹介があったよ。
そしてこの学院の生徒数は一〇〇〇人を超えていて、他の場所にある分校の全校生徒を合わせると三〇〇〇人以上になるらしい。その全てが魔法使いや魔術師の卵。ちょっとした国家戦力だこりゃ。
そんな景観に呆気に取られていると時計の針が三十分を指したのが目に入った。ヤバ、早く急がなきゃ!
慌てて校舎の方に向かい、手元の案内用紙を見て教室を探す。
えーと、私の教室は……Ⅰ-Ⅱだね。
「……チラッ……」
教室の中を覗くと既に結構人が来ており席に座っている人や談笑している人など様々だ。……うわぁ、緊張するなぁ……。
そう思いながら教室に入り、ボードに書かれた座席表を確認して自分の席に向かう。
わ、私変な感じじゃないよね? 変な目で見られてないよね? ここに居る人達全員幼馴染なのかな……そしたら私ってイレギュラー!? いやいやいや、倍率は高いけど中等部からの入学もあるし、私だけって事は無いと思うけど……。
『落ち着きなさい。慌てるとかえって奇異の目で見られちゃうわ』
『そうそう! 落ち着きなよ、ティーナ!』
「うん、そうだよね。ここは落ち着かなきゃ……!」
ママとティナに言われ、グッと握り拳を作って深呼吸。胸を撫で下ろし、ゆっくりと席に着く。
慌てない、慌てない。リラックス、リラーックス。友達は作りたいけど、既に仲良さそうな人達は一先ずスルー。なるべく孤立している人が狙い目。ちょっと探してみよっかな。まだ時間はあるし。
……うーん……。
「……」
「……」
パッと見、一人で居る子を三人は見つけた。
一人は窓際の席で読書をしているメガネの黒髪ロングの子。ザ・文学少女って感じ。
もう一人は廊下側の一番後ろの席に座っている高飛車そうな金髪縦ロールの子。お嬢様って感じだけど、他の子達とは「ごきげんよう」って簡単な挨拶を交わすだけであまり喋らないみたいだね。
そして最後の一人は……。
「……。……Z……ZZZ……」
私の隣の席にで寝ている、赤毛ショートの活発そうな子。
顔立ちは整っているけど、だらしなくヨダレを垂らして寝ているから台無し。これはこれで可愛いけど、こんなに気持ち良さそうに寝てたら話し掛けるのも悪く思っちゃうなぁ〜。
チラッと横目で見やる。
「……」
「ZZZ……ZZZ……」
「~~っ」
なんかウズウズする。ソワソワかな?
好奇心に負け、私は起こさないようにそーっと彼女の頬っぺたを突いてみた。
「……Z……ZZ……ZZ……」
「……!」
ぷにっとした感触が指先に伝わってくる。うわぁ〜柔らかい!
これでも起きる気配は無い。ならもうちょっと触っていたいかも。少しイタズラしちゃおっかな。
そう思い、手をワシャワシャさせながら頬へ。
「よーし! 席に着けぇーっ! 着いてる奴は上等上等! 先生の登場だーっ!」
「……!?」
「ムニャ……」
ガラガラ! と勢いよく教室のドアが開けられ、担任であろう先生が入ってきた。その音で隣の子も目覚め、私は慌てて手を引っ込めた。
先生はと言うとオレンジっぽい髪の毛を後ろで纏めてお団子にしてあり、小さなメガネを鼻に乗せている。グラマーなスタイルをしており、教師じゃなくてもやっていけそうな見た目だった。
自信家でやる気満々! って感じの女教師だ……と言ってもここの先生は間違いが起こらないように全員女性らしいけどね。
……なんの間違いだろう?
「初等部からの見知った顔も居るな~。けど、知らない顔もチラホラある! 新学期の景気付けに一発ドカンと自己紹介だ! 席順でやれい!」
「先生ー! いつも私からなんですけど~!」
「そう言う名なのだから仕方無いさ! むしろ最初に終わって万々歳だろ! 最後の方のプレッシャーと言ったら堪ったものじゃないぞー!」
「うっ、確かに……」
先生と生徒は仲良しな様子。けど自己紹介かぁ~。名前と得意魔法を話すだけの簡単なものだけど……緊張する~っ!
席順でそれぞれの自己紹介が行われていき、そろそろ私の番になりそう。今のところ全員が知り合いみたいだから自己紹介の度に盛り上がってるけど、絶対私で盛り下がっちゃうよね……。
そんな思考とは裏腹に、波のように流れる自己紹介が私の所へやって来た。
「次! お、ついにお出ましだな! 皆の衆! 新人だぁ~っ!」
「「「わああああ!!!」」」
「大人しそうな子~」
「みてみてあの子、紅と碧のオッドアイ!」
「ホントだ。綺麗な瞳……」
「お人形さんみたい……」
うっ……逆に思いっきり盛り上がっちゃってる……。私は基本的に静かな家にママやティナといたからこのノリはキツい……!
パパには学校ではあまりママとティナに頼るなって言われたし、ここは私だけで頑張らなきゃ! さっさと終わらせちゃおう!
今までの流れ通りに席から立ち上がり、小さく呼吸をして私は口を開いた。
「わ、私はティーナ・ロスト・ルミナスと言います! 出身は東方の森林地帯や湖がある辺りの村で……得意魔法……というより属性はありません! 使える魔法は人形操作です!」
「人形操作の魔法使いかぁ~」
「へえ、珍しいー!」
「“エレメント”に依存しない“無属性魔法”だよねぇ~」
「人形が全部肩代わりするんだっけ?」
「じゃあ将来は“人形使い”かぁ~」
私の使える魔法を聞いて周りはザワめく。
そう、基本的にこの世界での魔法は“エレメント”と呼ばれる“火”、“水”、“風”、“土”からなる力が主体になっている。
だけど私の魔法は遠くのモノを操る事に長けたものであり、四大エレメントの何れを使えなくても問題無い。
と言っても私はまだ操るお人形さんを持ってないけどね。入試試験の魔法実技とか、ママとティナが代わりに色々してくれたの。
「よし、じゃあ次から次に行くぞ~!」
「「「はーい」」」
スゴく緊張した私の自己紹介が終わり、先生が手を叩いて次に進めた。
他の人達の自己紹介もちゃんと聞かなきゃね。このクラスで一年間は過ごす事になるんだもん。
そして私の隣の子の番が来た。多分一番話す機会が多そうなのはこの子。ちゃんと覚えておかなきゃ!
「ボルカ・フレムでーす! 得意魔法は髪の色と同じ炎! ヨロシクなーっ!」
お、思った以上に活発な子だった……。
ボルカちゃん……でいいのかな? けどいきなり名前呼びだと馴れ馴れしいからフレムちゃんからスタートしようか……。
そんな事を考えているうちに盛り上がりを見せる朝のホームルームが終わった。
ふう……スゴく緊張しちゃった。結局全員の名前は覚えられなかったし。……変に目立ったりはしてないよね……。
『大丈夫よ。ティーナ。上手に出来たわ』
『そうそう! 自分に自信を持って!』
「うん! ママにティナ!」
二人に励まされて落ち着く。どうやらちゃんとやれたみたい。
そこへ、私に話し掛けてくる子達が居た。
「フフ、ティーナさん。一人で何を話しているのかしら? 貴女は初めて見ますわ。自己紹介にあったけど、ここに来る前は何をしてたのかしら?」
「え? 一人……。……。…………前までは家で勉強をして……ました。ママが病気だったから看病しながら……」
「フフ、そう畏まらなくてもいいのよ。同級生なんだもの。中等部に入れたって事は、お母様はもう元気なのね?」
「うん! だって今日も……」
「……?」
「ううん、なんでもない!」
危ない危ない。もう少しでママとティナの事を言いそうになっちゃった。
パパや使用人のみんなと約束したもんね。二人の事はなるべく内密にしなきゃ!
「ところで……私、人形使いなんて御初に御目に掛りますの。何かしてみて下さらないかしら?」
「私も見たいですわ!」
「ティーナ様!」
「え、えーと……って、様!?」
キラキラした期待の目で見られる。
困った。人形なんて私、持ってないよ。
けど他のみんなは興味津々だし、どどど、どうしよ~!
するとそこにママ達が話し掛けてきた。
『フフ、それなら私達を使いなさい。ティーナ。実技試験と同じようにね』
『そうだよ! ティナ達が人形のフリをすればいいの!』
「そ、そうだね。そうするよ」
実技試験のように、ママとティナを私の操るお人形さんとして扱う。
これでも意外と誤魔化せるんだよね。てな訳でお試し!
「ティーナさん……? 何を一人で言ってるのかしら……?」
「ううん! なんでもないよ!」
一人? 何を言ってるんだろう。私にはママとティナが居るのに……あ、ヒソヒソ話してたから一人だけって思われちゃったんだね!
それに、本当に親しくなるまではママ達を頼らないようにしなきゃだし、ちゃんと一人しかいないって体で演じて見せなきゃ!
「これが私のお人形さん達!(本当はママとティナだけどね!)」
「わあ、可愛いわね。金髪紅目と金髪碧目……貴女と違ってオッドアイじゃないけど、二人ともどこかティーナさんに似ているわ」
「そうでしょ!(親子だもん。当たり前だよね!)」
机の上に人形(のフリをしているママとティナ)を置き、魔法の糸を垂らして操っているように見せる。
ワン・ツー、ワン・ツー。リズミカルにステップを踏んでクルリとターン。二人は手を繋ぎ、ママがティナを片手で支えてクルクルリ。
ここは素敵な舞踏会。お客さんは魔法学院の生徒のみんな。
クルクルクルリ、ターンタン。音楽は無いけどリズムに乗って、私達が踊ればそこは全て私達の晴れ舞台。
タタタン、タンタン、タタンタ、タン。クルクルクルリ、タタンタン。最後にもう一度クルっと回り、お辞儀をしてはい御仕舞い♪
「わぁ~」
「スゴいスゴい!」
「本当に踊ってるみたい!」
「えへへ、そうかな?」
パチパチパチと拍手が届く。ママ達は何度か頭を下げ、見てくれた事への感謝を示す。
踊ってるみたい……かぁ。ふふ、ホントに踊ってるんだけどね♪
だけどそれは私達だけのヒミツ。みんなに喜ばれるのは嬉しいな♪
そこへ一人が怪訝そうに口を開いた。
「けどそれじゃ、戦いには向いてないかもしれないわね」
「え? 戦い?」
不穏な言葉。戦いってなに……!? そんな物騒な事が行われてるの!?
クラスメイトの子は聞き返した私に向け、頷いて話す。
「ええ。戦い。……今の時代、戦争なんて殆ど起こらないけど、この学校には模擬戦闘とかの授業があったり分校との交流会もあったりするのよ。代表者を決めて総出で色んなゲームをしたりするの。レクリエーションみたいな感じね」
「し、知らなかった……!」
「フフ、まあ中等部から加わった貴女は知らなくて当然よ。入学案内にそんな細かい事は書かれてないもの。クラブやサークルみたいなもので、基本的に初等部からの継続だからね。全国大会が行われていたり世界大会があったりと有名なのよ。この学院にもあるわ」
「私の出身地には情報が無かったなぁ……村の規模としては小さかったし……私も滅多に外に出なかったから……」
「これから知っていけば良いわよ♪」
どうやら魔法や魔術を使っての戦闘試験とか、他校……と言ってもこの学園の分校だけど交流会もあるんだって。
けどあの言い方、本当の意味での他校との交流試合もありそう。全国大会や世界大会まであるらしいね。
交流会はちょっとした運動会みたいな感じなのかな? 何れにせよママやティナと一緒に戦わなきゃならない機会も来るのかな? うーん、不安……。
「よーし! 授業を始めるぞー! 席に着けー!」
「あら、もうこんな時間。それじゃあね。ティーナさん。またお話しましょ」
「あ、うん」
「じゃあねー」「バイバーイ」「また後でねー」
この感じ……友達みたいな関係になれたのかも……! フフ、なんか嬉しい。
それにしても初日は不安の連続だなぁ。ママとティナが居るから上手くやっていけそうな気配はあるけどね。
何にせよ、私の夢の学院生活。初日はまだまだ始まったばかり!