第百九十二幕 規格外の立ち回り
「ルミエル先輩! 一体どうやって此処に!?」
「さっきも言ったように、連絡の魔道具でティーナさんから聞いたのよ。ボルカちゃん達の姿が見えないってね。それで個別に貴女達が行った試合の時に使われていた転移の魔道具を調べて、その魔力の気配を追って来たって訳」
「魔力の気配を……」
「ふふ。実は私、大学では“魔力”についての研究をしているのよ。既にされ尽くしているけれど、様々なエネルギーへと変わる魔力はまだまだ可能性の塊。それを応用すれば世界はより発展するんじゃないかってね。今回の転移の力もその応用よ♪」
「スゲェ……」
本当にスゲェとしか言えないような次元のルミエル先輩。
会場のステージにある魔道具は個人的な目的では使えない。なので独自に調べて解き明かし、アタシ達の場所を特定して自らの魔力を転移魔術として発展させやって来た。
流石にやる事が別次元だ。
『罪人がまた来たか』
『構わぬ。やる事は一つ』
『処罰を与える』
『『『ァアアアア…………』』』
「って、そうだった。なんか鬼モンスターとアンデッドモンスターで何人かは潰し合ってるけど、アタシ達は絶賛大ピンチだったんだ!」
「そうでした……!」
「鬼のモンスターにアンデッドモンスター? この子達が? ふぅん……」
仲間設定じゃないのか、亡者のアンデッドモンスターを鬼のアンデッドモンスターが押し潰したり焼き払ったりと一方的に蹂躙している。
アンデッドモンスターは灰や塵からすら再生する割には抵抗の意思も見せず、成されるがままにやられる。
一体どういう生態設定なんだ?
『罪人に容赦はせぬ!』
「……!」
「また山を……!」
鬼の一体が跳躍し、巨大な山を叩き付けるようにアタシ達へ放り投げる。
まだあれを破壊する力は使えないアタシ達の前にルミエル先輩は立ち、真剣な面持ちで言葉を発した。
「可愛い後輩達は何の罪もないわ。やめてちょうだい」
『……!』
魔力を飛ばし、巨大な山が一瞬にして粉々になる。鬼の上半身も消し飛び、天を貫き世界を変色させた。
「山を意図も簡単に……!」
「ハハ……これがアタシ達のルミエル先輩だよなぁ……」
相変わらずの規格外。単なる魔力の放出だけで山が消滅するなんて考えられない。
鬼達は仲間が消し飛んだ事は意に介さず、亡者を一つの場所に纏めて潰し、身動きを取れなくさせた後でアタシ達の周りに集った。
『人間風情が逆らいおってからに』
『等しく罪人は罰せられるのみ!』
『潰れろォ!』
複数体の鬼達がその巨体に似付かぬ速度で急接近。
音をも置き去りにし……って、ちょ、え!? 音を!? そんな鬼はルミエル先輩の周りを囲んだ。
『『『ガァ!』』』
「……」
一斉に金棒が振り下ろされ、地形が沈み大きな粉塵を巻き上げる。
辺りはそれに飲み込まれ、晴れた先にあったのは巨大な奈落。マジかよ。金棒を振り下ろすだけで奈落を作っちまった。
『山を崩すこの一撃』
『罪人が受けては一堪りもあるまい』
『復活したとて即座に押し潰してくれよう』
その奈落を見て話す鬼達。
次の瞬間、魔力にて浮遊した無傷のルミエル先輩が姿を現した。
『……! まだ息を吹き掛けておらぬが……』
『もう再生したのか……!?』
『貴様……!』
「息を吹き掛ける? 何を言ってるのかしら。それに再生も何も、ノーダメージなのにそんな事する必要皆無じゃない」
『ノーダメージだと……!?』
『一体何をした……!』
「少しは自分で考えなさいよ。私の後輩達ならすぐに見破るわ。おバカさんね。魔力を纏って攻撃を防いだ。基本的な防御方法。それだけよ。衝撃波は周りに散って大きな穴が空いちゃったけれどね」
『なんと……!』
そう、ルミエル先輩は魔力を纏って無敵の状況を作ってみようと去年辺りから試し始めていた。
あれから半年くらい。たったのその月日でこのレベルに強化させたのか。流石の先輩だ。
「それにしても、本当に流暢に話すモンスターね。さっき消し飛ばした子も再生しているし、魔力がある限り治るのかしら」
『何を言っている!』
『今度は討ち仕留めてくれよう!』
『お覚悟召されよ!』
「断るわ」
大地を踏み砕き、空中のルミエル先輩へ鬼達が跳躍。
ルミエル先輩は片手を翳して魔力の衝撃波を放ち、その体を四方八方に吹き飛ばした。
同時に着地し、吹き飛ばされた何体かが一斉に攻め来る。
『小癪な真似を!』
「癪に障ってるのは私の方よ。だってアナタ達、可愛い後輩達を傷付けようとしているじゃない」
金棒が薙ぎ払われ、ルミエル先輩は魔力で逸らす。がら空きになった懐へ手を翳し、魔力を撃ち込んでその体を吹き飛ばした。
飛ばされた鬼は複数の山を貫いて進み、遥か遠方で土煙が上がったのを確認した。
『グガァ!』
「言葉を流暢に話す割に、一撃を与える時の声は何故そんな獣染みてるのかしら。よく見たらアナタ達、牛さんとかお馬さんとか動物みたいな顔してるわね」
ルミエル先輩の背後に回り込み、金棒が振り下ろされる。
それを紙一重で避け、身を翻すように鬼の死角に回り込み、背後から魔力の刃で貫いた。
『……小娘がァ!』
「あら、貫通しても大したダメージは負ってなさそう。泥人形とかその辺りを相手にしている気分だわ」
『……ッ!』
貫いた魔力を膨張させ、鬼の体を内部から粉砕。肉片が飛び散り、パァン! と風船のように破裂した。
怖ぇ~……。魔力を過剰に投入する事で爆発させたのか……。えげつないな。
その背後から巨腕が差し迫る。
『ウガァ!』
「私、ハグするのもされるのも、後輩達とかイェラとか私の好きな人だけなの。ごめんなさいね」
しゃがむように巨腕を躱し、頭目掛けて魔力を放射。吹き飛ばし、無数の刃で刻んで消し去った。
「剣魔術を魔力で再現してみたわ。結構精密な動きが必要で大変ね。魔族の国のあの子、よく使いこなしていたわね」
然り気無くとんでもない事をしてやがる……この世界最強の先輩。
しかもあの鬼達、ダイバースの疲れがあるとは言えアタシとエメの渾身の攻撃を受けてもピンピンしてたのに、本当にあっさり倒しちまうな……。やっぱ現状の最高到達点、アタシ達の最天井はルミエル先輩になりそうだ。
『罪人がァ……』
『許さん……』
『我らをこうも甚振るとは……!』
「そしてまた再生。特定の条件下による再生の付与的な物かしら。ヴァンパイアちゃんとかの再生とは違うものね。私達の知る回復術とは大きく変わるのかも」
肉片や塵が集まり、鬼達も再生する。
亡者っぽいアンデッドモンスターと言いこの鬼と言い、このステージのモンスターは自然再生がデフォみたいだな。
『討ち滅ぼしてくれる!』
「本当にどういうゲームを想定したステージなのかしら? それともステージではなく、この世界が実在している……(その可能性もあるわね。魔力からなるモンスターでもこんなに流暢な存在は居ないもの。たまに高性能な召喚師さん辺りは召喚出来るけれど、此処に居る理由が見当たらない)」
鬼の金棒を躱し、長考するルミエル先輩。何を考えているかは分からないけど、まあこのステージや鬼達についてだろうなとは思う。
だってこの再生力は明らかに変だもんな。魔力とかそれに準ずる力によって尽きるまでは再生可能とかなら納得も出来るけど、なんかそんな感じでもない。
現状ルミエル先輩が圧倒してはいるけど、そのギミックを明かさなければ一向に決着は付きそうにない。
(肉体に判定はあるみたいね。何度も粉々にしているからそれは確認済み)
『……ッ!』
また消し去り、何かを確認。
そんな先輩へまた複数体が飛び掛かる。
(実体はある。では次に調べるのは肉体の原材料。ヴァンパイア族とかには特殊な細胞があって、自動的に再生するメカニズムが形成されているから。けれどこの子達にそんな細胞は感じられない……でもこの大きさにしては少し軽いわね)
粉砕した鬼の腕を掲げ、じっくりと観察。何してんだろうか。ルミエル先輩の事だから意味の無い事はしないだろうけど、アタシから見たらちんぷんかんぷんだ。
(次はどのレベルまで分解したら再生しなくなるのか。少なくとも魔力エネルギーで消滅させても何処からか湧いて出てくるわね。その上で考えられる線……もし存在しているのなら、魂とかそう言った力かしら)
魔力のエネルギーを当て、細胞一つ残さず消滅させる。
しかし白っぽいモヤのような何かが覆い、鬼はまた姿を元に戻した。
「成る程ね」
それを見、何かを理解するルミエル先輩。
アタシにはサッパリだけど、先輩は何か掴んだみたいだ。それならもうほぼ確定と見て良さそうだな。理由はルミエル先輩がそう判断したから以外に要らないレベル。
「“マジカルガード”」
「「……!」」
そう考えていた時、ルミエル先輩がアタシとエメの周りに魔力からなる守護壁を作り出した。
周りには更に増えた鬼達の姿が。なんなら鳥や獣っぽい他のモンスターとか悪魔っぽい人型の何かとかが現れており、メチャクチャ大きな事態になっていた。
「あらあら……孅い女の子の周りにこんなに集まるなんて……弱いものイジメはフェアじゃないわよ?」
『貴様は暴れ過ぎた……』
『此処の秩序を乱し、何が目的だ』
『もう完全に屠り去ってくれる』
「秩序を乱す……ねえ? 先に仕掛けてきたのはそちらじゃなくて? 此方の事を調べもせずに一方的に襲ってきた。私の後輩達に手を出したんだもの。あらゆる罪の中でも最上位のものよ。そもそも服装から此処の住人ではないと分かりそうなものだけれどね」
被害者振る鬼達。こればかりはルミエル先輩の言う通りだろ。アタシ達は確かに此処に踏み入っちゃったけど、何の話も聞かずに問答無用で殺しに掛かるなんて正気の沙汰じゃない。
現に今も無数の山をルミエル先輩に放り投げており、少し離れた丘の上に立つ強そうな存在は人差し指を天に翳し、力を込めていた。
『“月落”』
「つ、つつつ、月ィ!?」
「本当に三千キロ以上ありそうな大きさですよ!?」
ルミエル先輩も規格外だけど、なんだあの人型モンスター!? マジもんの月を作りやがった!?
見れば周りの物があの月に引き寄せられており、引力の存在も確認。本物の月と遜色無い代物という事が窺えられる。
無数の山に月一つ。光線とかエネルギー弾とかその他にも様々な力がルミエル先輩一人に向かっており、先輩は両手を前方に翳した。
「だから私がお仕置きするの。これでもかなり怒ってるのよ? ──“魔王の憤怒”」
『『『──!』』』
『『『──!』』』
魔力を込め、放たれた憤怒の轟炎。
周りのモンスターや鬼達。山々に月までも焼き尽くし、辺り一帯には文字通り塵一つ残っていなかった。
アタシ達はルミエル先輩が貼ってくれた魔力の防壁のお陰で助かったけど……もはや言葉には出来ねぇ……。
「さて、帰りましょうか。ボルカちゃんにエメちゃん♪」
「は、はいッス……」
「さっきの一瞬……」
振り向き、いつもと変わらない笑顔を見せてくれるルミエル先輩。けどそう、さっきの一瞬。エメの言いたい事は分かる。
超怖ぇ~。ルミエル先輩があんなトーンで喋る事あんのか……。
後ろを向いていたから表情は分からなかったけど、絶対ヤバかったんだろうなってのが分かる。
「倒したんスかね」
「いえ、完全に消滅させたけどまた復活するわ。あの子達、倒すとか倒さないとか、命とかそんな次元からは既に離れた存在よ」
「え? それってどういう……」
「フフ。気にする事もないわ。ボルカちゃんなら後70~80年くらい。魔族やエルフの血が流れてる私やエメちゃんなら300~400年後に自然と分かるわ」
「は、果てしないッスね……」
よく分からないけど、現状はあまり関係無いらしい。
ルミエル先輩が何かに気付いてアタシ達に関係が無いって判断したなら本当にそうなんだろーな。
なので今回の件は気にしない事にした。
「あ、そうそう。ボルカちゃんにエメちゃん。今はダイバースの試合中でしょ? だから私はあまり目立たない為にすぐ大学に戻るのだけれど、その前に一つだけいいかしら?」
「ん? 良いッスよ。助けられましたからね。あ、流石に犯罪の片棒を担ぐ的なのは無理ですけど」
すると、ルミエル先輩から何かしらの質問が。別に構わないけど、先輩から折り入って頼みがあるなんて珍しいな。
ルミエル先輩はアタシの冗談混じりの言葉に笑って返す。
「そんなんじゃないわよ。私なら完全犯罪も可能だし」
「え?」
「私からの頼みと言うのはね。今回の件にて目の当たりにした転移の魔道具についてなの」
「完全犯罪の件は……と、取り敢えず、転移の魔道具……それは大会運営側の話じゃないですか?」
「いいえ。転移の魔道具その物とはまた別。あくまでそれは応用に使うだけね。ちょっとした理論を思い付いたの。それが今回起こった事なんだけれど」
「理論? 今回の出来事がッスか? それとアタシ達になんの関係が……」
「単純に転移の魔道具の性能がとてつもなく向上するかもしれない事柄を考え付いたの。説明するとボルカちゃんとエメちゃんの魔力によるエネルギーのぶつかり合いが切っ掛けだから、その理論を確立させる際に使わせて貰えないかしらって思ってね」
「いや、アタシ達のはダイバースでそうなっただけですし……許可も何も発見したのがルミエル先輩なんで必要無いんじゃ……」
「フフ、でもやっぱり貴女達のお陰なんだもの。まだ結果は出ていないけど、成果は平等に与えられなきゃ」
「うーん、そんじゃ、よく分からないですけど許可しまーす。賞か何か取ったら自慢出来ますもんね」
「私も構いませんよ。ルミエルさん」
「ありがと♪ 使わせてもらうわ!」
既に会場には到達した。ルミエル先輩本人の希望で人通りが無い所におり、そのまま帰る。
何かを発見したと言うルミエル先輩。それがアタシ達切っ掛けと言うのは誇らしい事だぜ。
さて、もうそろそろ準決勝も終わってる筈。みんなを信じてはいるけど、どうなるかは分からない。勝ってたら良いなー。
アタシとエメはみんなの元へ戻るのだった。




