第百九十一幕 絶体絶命
「取り敢えず出口の有無は不明みたいだけど、アタシ達なら見つけられるとも言ってたな」
「そうですね。それにしても誰だったのでしょう? 悪い人ではありませんでしたけど、すぐに居なくなってしまいましたし」
「それこそ転移魔法的なので移動したのかもな~。高度な植物魔法を使える人みたいだったし、それくらいのレベルはありそうだ」
「かもしれませんね」
不思議な雰囲気の優しく綺麗な女性と別れ、アタシ達は草原を歩いていた。
至るとこらから感じる不思議な気配。此処は不思議尽くしだ。居て飽きないけど、そろそろちゃんと探してみっか。
「場所によっちゃ、あの明らかに危険な区画にも行かなきゃならないかもな~。此処って脱出系のステージなのかもしんないし」
「確かにそうかもしれませんね。それならあの女性の言い回しにも納得行きます」
出口があるか分からない発言。それは一先ずステージのルール上、明かされるよりも前には言えなかったからと思う事にした。
という事で危険な香りがプンプンするエリアへ。既に安全っぽいエリアは一通り見て回ったからな。
「うっ……ステージにしては随分と凄まじい熱気が……」
「あんなに距離があんのになー。まだまだ整備段階だから調整が難しいのかもしれないな」
向こうから放たれる熱にアタシ達は少し躊躇する。
これも全てステージの調整中となれば納得出来るとは言え、近寄るのすら嫌な雰囲気だ。
でも出口を見つけるにはそうするしかないので行ってみる。
「うーむ。より暑いな。アタシって結構薄着な気がするけど、それでも暑ぃ……いっその事全部取っ払うか……?」
「誰か居るかもしれませんしダメですよ……それに、暑い時に肌を露出するのは良いですけど、このレベルの暑さとなると火傷してしまいます……」
「だよなー。炎魔使いのアタシですら暑いと感じる場所。肌の露出はヤバそうだ」
「炎使いは関係ありますか……?」
「あるある。超ある。ほら、炎を使う時アタシはメッチャ近くになるだろ? 物心付いた幼少期からそうだったから熱には耐性が出来たんだ」
「そんな事が……あー、でも確かに暑い所に住む人と寒い所に住む人は体質が変わるとも言いますね。そう言う感じですか」
「そんな感じだ」
暑っちぃけど、話す気力はある。まだそんなに近付いていないのもそれが可能な理由の一つ。
でも流石に進むにつれてより厳しく──
『ウガァ!』
「「……!?」」
次の瞬間、何処からか声が響き、金棒が振り下ろされた。
大地が大きく割れ、地響きが起こって辺りが揺れ崩れる。
「オイオイ、いきなり現れたぞ!?」
「という事はギミックのモンスターでしょうか……!」
「モチーフは鬼か。割と多いよな。鬼種族の人達は同族がステージギミックとして倒されるのは複雑だろうな」
「割と人間もそう言うルールに出てきませんかね」
「あ、確かに兵士とかは人間だ。でも別に複雑な感情は湧かないし、案外気にしないかもな」
「自分達でやってる事ですもんね」
おそらくステージギミックであるモンスターの鬼。既に完成しているステージなのかは分からないけど、こんな風に動く事もあるんだな。
魔力で生み出しているんだろうけど自動発動なのは知らなかった。
『ガァ!』
「取り敢えず、正当防衛として器物破損させっか!」
「せ、正当防衛ですもんね……!」
迷い込んだのは不可抗力。そしてこれも身の安全を守る為の不可抗力。
仕方無い事だから罪にも問われない……と思う事にした。
「そらよっと!」
『……!』
再び振り下ろされた金棒を避け、鬼の頬へ炎で加速させた回し蹴りを放つ。怯みを見せたところに魔力を込め、至近距離から炎のエネルギー波を撃ち込んだ。
爆炎は燃え盛り、鬼は未だに倒れない。
「って事は……」
『……き、貴様ァ!』
「まだ動……って、喋ったァーッ!?」
動く事は理解していたけど、まさか話すとは思わなかった。最近の魔力モンスターは進んでんなぁ。
この場所が場所なのもあって火は効果薄。削れてるとは思うけどこの強さから考えてかなりの上級者用ステージみたいだ。
プロとかが使ってる場所なのかもな。
「エメ。アタシの魔導じゃ効果は薄い。協力プレイと行こうぜ!」
「わ、分かりました!」
返答し、レプリカのレイピアを取り出す。
それに魔力を込め、鬼が仕掛けるよりも前に貫いた。
「はあ!」
『ぐっ……小癪な……罪人がァ!』
「え!? ざ、罪人って私何もしてませんよ!? いや、まあ確かに不法侵入ではありますけど!」
腹部に命中はしたけど、貫通とまではいかなかった様子。
レプリカとは言え魔力の込められたレイピアでこの傷の浅さ。マジでアタシ達レベルじゃ倒すのに時間が掛かりそうだ。
『許さん!』
「先に仕掛けたのはそっちだろー!」
『貴様らが今までに犯した罪を償わせる為だ!』
「今までって、此処に誤作動で入っちゃっただけだー!」
かなり流暢に話す鬼。
もはや本物の鬼なんじゃないかと思うけど、そしたらいきなり殺しに掛かる理由が思い付かない。
此処がステージである以上、不法侵入ならちょっとした注意喚起で済む筈だもんな? 理不尽だぜ。なんならアタシ達に非はマジで0なのに!
だから考えられる理由は高性能な魔力モンスターしかない。警備的な配置でもいきなり襲っては来ないし。
「アタシは悪くねぇ! “フレイムランス”!」
『ぐぅ……!』
「本当に無罪です! すみません! “貫通風”!」
『ぬぅ……!』
炎からなる槍で貫いて発火させ、空気の隙間を縫ったエメのレイピアも直撃。
こんなんじゃまだ動くだろうし、更に嗾ける。
「“火化粧”!」
『……!』
顔に直接炎を当て、一気に焼き払う。
プスプスと音を立てながらフラつき、アタシとエメは顔を見合わせた。
「“ファイア”──」
「“ウィンド”……」
「「“インパクト”!」」
『……!』
即席の打ち合わせ無しで放った魔導。
ファイアとウィンドまでは自分の呪文でよく言うから合うのも分かるとして、インパクトが同時に言えたのは気持ち良かったなー。
風によって威力の上がった炎。それがある程度ダメージを与えた体に直撃。筋骨隆々なこの体でも、ただじゃ済まないだろ。
『………』
その瞬間、ズズーン……と音を立てて倒れた。
やったか? 流石にやったよな? つかやってくれてなけりゃ困る。
「どうだ……?」
「倒れはしましたけど……」
鬼は動かない。流石にか? 流石に流石にか? だって今まではすぐに起きてたもんな? て事は──
「──はあ……なんだったんだこのモンスター。スゲェ体力」
「本物の鬼さんを相手にしているようでしたよ……ここまで再現されているとは……」
「しかもガチモンの殺意剥き出し……ヤベェ相手だったぜ……」
地面すら熱いので座れないけど、座り込みたいくらいの疲労はある。
元々ダイバース直後で体力は減ってるしな~。正直かなり疲れたぜ。
「取り敢えず傷は少しでも癒しとくか」
「そうですね。歩き回って疲れましたし、傷口も開いてきました」
炎と風による治療魔導。アタシは才能あるから当然として、エメの治療術もかなりのもの。流石はエルフとのハーフだぜ。
これで傷は塞がった。体力もまあまあ回復。此処に居るだけで削られるし、少しだけ休んだら行くか~。
『──ぐっ……己らァ……!』
「オイオイオイオイ……マジかよ」
「まだ意識が……と言うより戦えるんですか……」
そう思った瞬間、金棒を支えにしてるとは言え、鬼が起き上がってアタシ達に向き直った。
これはちょっと予想外の強さだ。もう一押しで勝てそうではあるけど、この先こんなのが沢山居たらマジでどうしようもないぞ。
『まだ……やられておらぬぞ……!』
『……苦戦しているようだな。罪人如きに』
『手助けをしてやるか』
「マジ……?」
「鬼型モンスターが複数人……」
アタシ達の前に立ち塞がる、鬼が複数体。
流石にこれ全部とやる気力はねえな~。下手したらマジで死に兼ねない。
「しゃーねぇ……此処は……」
「ここは……?」
「こっからは……!」
「ここからは!?」
「逃げる!」
「賛成です!」
逃走する事にした。
あの強さの鬼を複数体相手にするのは疲れるし、壊してしまったら弁償するのもかなりの費用になっちまう。
なのでアタシとエメはこの読んで字の如く地獄みたいなステージを逃げ回る事にした。
流石に相手にしてられねえ。一体ですら倒し切れてないモンスターが複数体だしな。
炎と風で加速し、鬼達から距離を置く。向こうの行動は──
『逃がすか!』
『追い付き潰す!』
「……! マジかよ……!」
「山を……!」
座標数千メートルはありそうな山を切り崩して一人で持ち上げ、放り投げて仕掛けた。
山を持ち上げるだけで世界の上澄みレベルってのに、あろう事か放り投げるとか。化け物かよ。
「アタシ達の速度は大体時速百数キロ……んで、あの山の速さは……!」
「同じくらいか私達より上です!」
「つまり、逃げられねぇ!」
メチャクチャ頑張って走ってるけど、逃げ切れるビジョンが全く見えない。仮想世界を遊べる魔道具で少しレベルが上がったのを良い事に上のステージに挑んでみた結果、雑魚敵に完膚無きまでにやられた気分だ。
もうダメかと思ったその時、岩影から手招く白いものが。無我夢中で進み、そこへ飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……誰だか分からないですけど……助かりま……」
「ありがとうござ……」
言葉を続けるよりも前に止まり、息を飲む。
アタシ達の前に居た人。いや、それは人と言えるかも怪しい存在。
「亡者……?」
「お化け~!?」
骨が見える程に痩せ細った体。歯や目玉は無く肉体も朽ち掛けている。頭のへこみはおそらく文字通り能無しって事だろう。
動いているのすら不思議な存在。まるでゾンビのような奴等が無数に居た。
『『『ァ゛ア゛ア゛……』』』
「アンデッドモンスター……にしては何か違う……! とにかく“ファイア”!」
『『『…………』』』
多分本物の人間じゃない。何故なら絶対に生きている訳がない見た目だから。
それを確信し、襲ってきた正面へ炎を放って焼却。アンデッドモンスターなら効果的な筈だけど……。
『ァ……』
『ァア……』
『ァアア……』
「灰から蘇った……! いや、既に死んでんのか?」
「むむむ、無理ですぅー!」
完全に消し炭にしたつもりだったんだが、その消し炭から再生しやがった。
ギミックモンスターか? 何にしても対抗手段は無い。白い手が伸び、焼き払い、アタシとエメは岩影から飛び出した。
『見つけたぞ……!』
『手間取らせやがって……!』
『より厳格な罰を与える……!』
「バレてらぁ」
「うぅ……万事休すです……」
出口は無いし変なのは居るし化け物も居るし。完全に詰んだ。
諦めかけたその瞬間、空間に歪みが生じ、中から人影が現れた。
その影の正体は──
「……ふぅ。やっと見つけたわ。ボルカちゃんに、エメちゃんだったかしら。ティーナちゃんに聞いた時はもしやって思ったけど、魔道具の誤作動で私も見た事がないこんな場所に飛ばされてるなんて」
「ル、ルミエル先輩!?」
「え!? ルミエル・セイブ・アステリアさんですか!?」
今日も普通に大学がある筈のルミエル・セイブ・アステリア先輩だった。
アタシとエメの不思議なステージ珍道中。絶体絶命のピンチに世界最強が姿を現した。




