第百八十二幕 魔物の国の古城
──“魔物の国・無人の古城”。
ヴァンパイア達の街“メラース・エリュトロス”から数十分後、私達は例の古城へとやって来た。
お城は樹に埋まり、所々からレンガの姿が見えている。蔦は絡まり苔はむし、一目見ただけでその古さが伝わる。
大樹からなるお城だけど何処か寂しさを感じ、おどろおどろしい雰囲気も醸し出している二面性のある所だった。
「遠目からでも存在感あったけど、近付くとより一層肌で感じるね……」
「ああ。大きな城だなぁ。なんとなく神々しさも感じるぜ」
「切ない雰囲気がありますわ」
「ちょっと不気味な感じ」
「堂々とした偉大さを感じるな」
意見はみんなバラバラ。人によって感じる雰囲気が変わるみたい。そんなお城。
私達は早速入り口付近を探してみる。
「城の向き的にはこの辺りだよな? 特殊ギミックがある城だったりするか?」
「そんな噂は聞いた事がないが……おそらく基盤となる大樹の根に覆われてしまっているのだろう。何百年も放置されていた古城だからな」
入り口になりそうな門とかは見つからないけど、シュティルさんの推測では根っこに埋まっちゃってるとの事。
確かにこの大きさの樹。私達の居る場所が根の可能性は大いにあり得る事柄だった。
なのでその場所を入念に探してみる。
「あ、これじゃないかな?」
「お、見つけたか。流石ティーナ!」
「えへへ……」
根っこを掻き分け、その隙間に別の材質からなる柱に囲まれた穴が出てきた。
暗くてよく見えないけど中は遠くまで続いているようで、まず間違いなく城内に入る事は出来る。窓か扉かは分からないけど人一人なら周りの樹を退かせば簡単に入れるね。
「じゃあ退かすよ」
「おう」
ママに魔力を込め、ママ越しに大樹へ伝達。その樹を操り、私達が通れるだけの隙間を作って貰った。
「これがティーナの植物魔法。自ら植物を生み出し、その他の植物は操る事が可能。試合で戦いはしたが、自然その物に干渉するとは凄まじい魔法だ」
「ふふ、ありがと」
ホントはママの魔法だけど、私の魔法って体だからそう言う事にする。
取り敢えず入り口を作る事は出来、私は念の為植物と一緒にその中を覗き込んでみる。
「うーん……中は空洞だけどスゴく暗いよ。こんなに樹が覆ってるから当たり前なんだけどね」
「闇夜を生きる私は夜目が利くが、君達人間は難しいだろう。如何する?」
中は真っ暗って程じゃないけど、とても暗くあった。
樹に囲まれており、隙間から所々に明かりは差し込んでいるんだけど前方数メートルを確認するのが関の山って感じ。
シュティルさんの言葉にはボルカちゃんが返した。
「そんなの簡単さ。アタシが炎で明かりを付ければ良いだけだぜ!」
「中にガスとか溜まってたらどうするのよ。爆発する危険性もあるし、そもそもこんなに塞がっていたら……まあ殆ど無いでしょうけど、酸素が燃え尽きる可能性もあり得るわ」
「んー、確かになー。んじゃ、ルーチェの光魔法だな!」
「わ、私ですの!? ……うぅ、先頭は嫌ですのに……仕方ありませんわね」
ウラノちゃんの指摘を経て話し合いの結果、ルーチェちゃんが先頭に立って照らしながら進む事になった。
確かに前は不安かもしれないね……。知らないうちに後ろの人達が消えちゃってたりしたら……。
「ひぃ……!」
「ど、どうしたんですの……? ティーナさん……」
「あ、ちょっと良くない事考えちゃって……例えば気付かないうちに後ろの人達が消える……みたいな」
「こ、怖がらせないでくださいまし! ますます先頭に行きたくありませんよ……」
「もしそれなら何処の位置に居ても同じよ。前から消える可能性もあるし、真ん中から消える可能性もある。フラグは全部同じ」
「それって励ましてくださっているんですの……?」
「さあね。受け取り手次第かしら」
「うぅ……更に怖く……で、でも覚悟は決めましてよ!」
そう言い、ルーチェちゃんは先頭に立ち、光球を作り出して浮かせる。
その光は暗闇を照らし、城内が見えやすくなった。
「中はほとんど樹ですわ。家具の残骸とかすら無く、伸び切った植物が覆い尽くしておりますわ」
「ま、こんだけ包まれてっからな~。それも当然か」
「でもロビーだった痕跡? みたいな物はあるね。この広さとか目の前にある坂道……多分階段だった跡とか」
「そして私達の入った場所は窓だった所みたいね。十メートルくらい左に更に大きな穴があるわ」
「惜しかったな」
その景観は、景観って言う程でもないんだけど、本当に樹の中って感じ。幹や葉っぱに蔦。お城ではあったからその形に沿って生えており、なんだか不思議な感じがした。ふふ、ちょっと面白い見た目。
ともあれ私達は入り口、改め窓からお城の中に侵入し、周りの植物達で防衛しつつルーチェちゃんを先頭に城内を探索する。
「本当にただ幹の中を歩いている感じ。モンスターとかの気配も無いよね?」
「そうだな。私達以外の生物は居ない。どうやら棲んでいると言うのは本当にただの噂であり、この景観から広まってしまっただけか。噂自体は何百年も前からあるものだしな」
シュティルさんの気配を読み解く範囲は広大。その彼女がそう言うのなら本当に何も居ないという事になる。
代わり映えしない景色だし、警戒していた事にならなくて良かったけどちょっと拍子抜け感も否めない。
何も起こらないならそれに越した事は無いんだけどね。
「なーんだ。つまんねーの。けどま、現実ってそんなもんだよな~」
「それにしては私達って怪異的な物を体感し過ぎているような気がするけど……」
「前の七不思議に“日の下”での少し曖昧な記憶……確かに常人よりは何かしらを体験してますわね」
「そうね。貴重な体験と心に留めて置きたいけど、私は七不思議の全容は体験してないのよね。貴女達が消えた事が一番の不思議だったわ」
「おいおい。なんだその話は。君達面白そうな体験しているな。後で色々聞かせてくれ」
「うん。良いよ。シュティルさん」
何もないという事が分かり、別の話題で盛り上がる。
ここの雰囲気は良いんだけどねぇ。やっぱりただ見て回るだけとなると雑談の方が多くなっちゃうのは仕方無い。
「お、ここは兵士か誰かの部屋だったのかもな」
「ホントだ。窓っぽい穴に棚っぽい樹。元々あった家具に樹が根付いてこの形になったのかな」
「ハハ、ベッドっぽい樹もあんな。部屋その物が樹に包まれて形になってらぁ」
個室のような場所がそこにあった。
でも一つ一つの家具が私達の使う物より遥かに巨大。魔物の国のお城だから魔物が棲んでたのは分かるし、魔獣兵の部屋だったって事かな。
この異常とも取れる植物の成長具合は常に魔力がお城に流れていた証拠だもんね。
「次行こーぜ。モンスターは居なかったけど、城の形がそのまま樹になってるのは見てて面白味があるしな」
「それはそうだね。写し絵の魔道具持ってくれば良かった」
「一応小型魔道具は持ってるから撮るだけは出来るな~。後でティーナ達に送るぜ」
「ありがとー。ボルカちゃん!」
便利な時代になったよねぇ。本格的な写し絵の魔道具じゃなくても写真を撮る事が出来るなんて。
連絡の小型魔道具はみんなと遊ぶ時は持ってきてないし、ボルカちゃん頼りだね。
「せっかくだしみんなで撮ろーぜ」
「そうだね!」
「ふふん、バッチリ頼みますわ」
「私は別に……」
「私も鏡や写真には姿が写らぬからな。君達四人で撮ってくれ」
「いや、だから私は別に……」
「そっかー。シュティルさんはヴァンパイアだもんね~。仕方無いか。じゃあ後でシュティルさんにも送るね~」
「ああ、そうしてくれ」
「だから私は……」
「そんじゃ、早速撮るか!」
「………」
四人集まり、シュティルさんがボルカちゃんの小型魔道具を持って写真を撮る。
ウラノちゃんを半ば無理矢理誘っちゃったけど、渋々了承してくれた。
ふふ、これでまたもう一つの思い出ができたね!
「次ー!」
そして大樹の古城探索に戻る。
箱形の樹がある浴場だったと思われる場所。カウンター型の樹がある食堂だったと思われる場所。
書斎にダイニングにトイレ。一つ一つの部屋にある家具と思われる物の大きさは大小様々で、人型から獣型と沢山の魔物達がここに仕えていた事が窺えられた。
そしていよいよ、王室へと入る。
「この場所か?」
「多分そうじゃないかな? 扉だったと思う穴は大きいし、高所の中心にあるし」
そこも当然樹に埋まっており、操って退かす。その場所にあった光景は──
「……キレイ……」
──思わず言葉が漏れ、感嘆のため息の後に息を飲む。
樹で囲まれた広い部屋。それは今まで通りだけど、天井が空いており、日の光が差し込み、そこを中心に草花が広がりを見せていた。
まるでこの場所だけ別の次元にあるかのような異質感。辺り一面は緑に包まれ、ホコリっぽさの無い澄んだ空気が鼻腔を通り抜ける。
「一番高い所にあるから空いた穴から光がそのまま差し込んでんのか」
「周りの窓は既に樹で覆われているから、天井からの光だけが一際目立ってるわね」
「天使のお迎えが来たかのような光景ですわ」
「スゴく幻想的……」
「ああ。美しい光景だな」
恐れ多くも踏み入り、光差す方へ歩み寄る。
柔らかな草花が足元を包み、踏み潰さないように避けさせて通る。
「んあ? けど此処だけ異様に盛り上がってんな」
「確かに……なんだろうこれ」
少し行き、階段だったであろう場所を登って台座だったであろう場所に立つ。
そこには草に包まれた何かが佇んでおり、もう少し近付いて確認する。
「……っ。これって……」
「……骨? 苔が生えちゃってる……」
「かなり昔の物だな」
「龍か何かの一種でしょうか」
「龍種とは思うけど、蛇の仲間かもしれないわね。この骨格の特徴……流石に多くの植物に覆われて全容は分からないけれど」
おそらく龍か蛇の仲間であるモンスター。それがここにあった物。
既に白骨化しており、その骨にすら苔が生えている。かなり昔のだけど、ウラノちゃんにも分からないならなんの生き物か特定しようがないね。
そう言った研究機関なら調べられると思うけど、せっかくこの良い環境で眠れているのに、一部でも連れ出すのは失礼だと思う。
「もしかして……かつて魔物の国を治めていた存在とか……?」
「いや、それは無いな。かつて魔物の国を治めていたのは我がチーム名にもある魔物の王テューポーン。確かに蛇の体は持っているが、小さ過ぎる。そもそも死した記録はなく、今でも何処かに居ると聞く」
「そうなんだ……」
そうなるとテューポーンは数千年生きてる事になるけど、ヴァンパイア族がそう言う種族だもんね。魔物には長寿の存在が多いし、数千年くらい何もおかしくはない。
取り敢えずこの子はそっとしておくのが一番だよね。
「……少々お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。ゆっくりとお眠り下さい」
ママに魔力を込め、更なる花で包み込む。
草の中で眠っているけど、私達が来た事でちょっとだけ面積が減っちゃったもんね。その分とうるさくしちゃった謝罪の分。花が好きな魔物だったかは分からないけど、ほんの気持ち。
「これで謎は解けたな。噂は本当にあったけど、それは数百年前からある話って言ってたし、安寧の地を求めてやって来た龍か蛇の魔物が此処に降り立ち、多少の目撃はされつつゆっくりこの地で眠りに就いたって事だな」
「流石にこれを除ける訳にはいかないな。既に苔むす体。何れ土に還る。そしておそらく此処に来る者もない。何故なら盗る物すら朽ち果て、ただの巨大な樹となっているからだ。このまま眠らせてやろう」
「そうですわね。手だけ合わせておきましょうか」
「そうね。今までの経験則から本当に幽霊とかが居てあの世の信憑性が高いこの世界。敬意を払うのは大事ね」
各々で供養し、私達は大樹の古城を去る。
とても綺麗な場所だった。かつては栄えており、それが衰退し、また自然に戻る。世の流転を見た感覚。何だろうね。よく分からない感情が心に表れる。そしてなぜかママの事が脳裏に過り、自然と抜けて消え去った。
私達の古城探索。それは静かに幕を下ろすのだった。




