第百八十一幕 魔物の国の散策
──“魔物の国”。
練習試合の後、今回は魔物の国を少し観光してから帰る事にした。
前回そうしなかった理由は“ゴブローク”との戦闘で時間も掛かったり、全体的にちょっぴりだけピリついた雰囲気になっちゃったから。だから念の為にすぐ帰ったの。
でも今回はいざこざも無く済んだからゆっくりと魔物の国を見て回れるね。
因みにシュティルさんが魔物の国を案内してくれるって!
「魔物の国って人間の国に比べて自然が多く残ってるよね。私達の国にも森とかはあるけど、その数が大きく違うや」
「棲んでいる者達の生態が生態だからな。人間と差して変わらぬ知能のある者が集い、街を成す。しかし便利さをあまり求めぬが為、結果として自然が多く残る景観となったんだ。君達にとってはやはり不便か?」
「ううん。使う魔法が植物魔法だし、自然は好きだよ。自然の中に居ると心も落ち着くもんね」
「そうか。なら良かった。この環境や治安の問題で観光客が少ないと我が血縁も嘆いているからな」
「シュティルさんの血縁者が? 学校の運営もしているって言ってたし、幅広く携わってるんだ」
「ああ。何千年も生きている存在だからな。世話焼きな性格もあり、生きた分だけ様々な事柄に取り組んでしまったのだろう」
「何千年!? ううん。ヴァンパイアなら全然普通なんだけど……スゴいね……」
「そうだろう。世界一の長寿……ではないが、本人曰く英雄の時代の時点で数千歳だったと言っている」
「数千年前から数千歳……!? それで世界一の長寿じゃない……!? ……うーん、もはやよく分からないや……」
「ふふ、確かにそうだな。まだまだ赤子に等しき私にも理解し難い気の遠くなる年月だ」
改めてヴァンパイア族の寿命は凄まじいと思わされる。
そんなに長い時間この世界を見ていたらどんな気分なんだろう。案外そうでもないのか、飽きちゃうのか。でも移り変わる世界を見届けるなんてなんかロマンチック。
でもその分、大切な人との別れとかも沢山経験してきたんだよね……。
大切な……人との……。
「……? 如何した?」
「あ、ううん。何でもないよ。どんな人生を歩んでいたんだろうな……って物思いに耽っちゃった」
「そうか。何でもないなら構わないがな」
最近、気付いた事がある。何故か知らないけど特定のワードや関連する言葉を連想すると意識が遠くなる感覚がある。
それが何かは分からない。知ろうとすると体が拒絶反応を起こすから。でも受け付けないならそれは知らなくて良い事……なのかな。
取り敢えず、今はせっかくシュティルさんが案内してくれてるんだし、魔物の国を目一杯楽しんじゃおう!
「オススメのスポットとかあるのかな?」
「そうだな。スポットも何も大多数が自然だから特に無いが……ヴァンパイア族の集まる街とかどうだろうか。人間の国に近い体制を取っているから観光しやすかろう」
「うん。じゃあそこに行こう!」
「レッツゴー!」
「ですわー!」
「……貴女達……さっきまで周りの魔物達に気を取られてティーナさん達の会話に入ってなかったのに」
行く場所が決まるや否や、周りの様子を興味津々に見ていたボルカちゃんとルーチェちゃんが同乗する。
シュティルさんはあまり無いって言うけど、この二人は結構楽しんでるよね~。斯く言う私も歩いているだけで楽しいけど。
そして補足を加えておくよ。ここに居るのは私とボルカちゃん、ルーチェちゃんにウラノちゃんだけで、メリア先輩やディーネちゃん達は自分達で行動しているの。
“神魔物エマテュポヌス”のキドナさんを筆頭に、チームの魔物達が安全保障付きで案内してくれてるから心配はしてないよ!
何はともあれ私達はシュティルさんの案内の元、ヴァンパイア族の街に向かうのだった。
*****
──“メラース・エリュトロス”。
「此処がヴァンパイア達の街、“メラース・エリュトロス”だ。フッ、ようこそお越し下さいました。“魔専アステリア女学院”の皆様方」
「アハハ……改めて言うんだ」
「新しい地に立った時は気分が大事だからな。因みにこの街の名が示す意味は“黒”と“赤”。我らヴァンパイア族のイメージカラーだな」
「成る程ねぇ。シュティルさんもここに住んでるの?」
「ああ。学校やチームの近くであり、行き来は楽だからな。まあ、私の血縁者達は私を含めて皆が自由。最近では寝泊まりも飲食もチームの拠点となる街で過ごす方が多くなっている」
「そうなんだ~」
ヴァンパイア達の街“メラース・エリュトロス”。
シュティルさん曰く、黒と赤そのままの意味らしい。
街の様子はと言うと、基本的に高貴な種族のヴァンパイア達が主体なので全体的に落ち着きがあるという感じがするね。
建物の造りはレンガや漆喰からなる物であり、景観自体は私達の人間の国と大きく変わらなかった。
でもやっぱり自然が多いと言う印象はあって、更に私達の国より大きなお屋敷やお城が多いね。
「全体的に高級そうな街並みだなー」
「私達ヴァンパイア族はプライドが高いからな。良く言えば誇りがある。住む場所からして高潔な印象を見受けられる場所にせねば低く見られてしまう。それはヴァンパイアにとって大問題だ」
「プライドに生きる一族か。大変だなー」
「俗に言う貴族階級もプライドは高いですものね。私も含め、誇りは大事にしておりますわよ!」
「平民出身である私やボルカさんには分からない張り合いね」
「私も貴族的な立ち位置とは思うけど、よく分からないなぁ。他の人の優位に立つと何があるんだろう?」
「フッ、下らん自尊心が満たされるという感じだ。それも面倒だから私はチームの街で過ごしているのさ」
「そうだったんだ……」
貴族街と言った街並み。プライドの高い存在は他の人より優位に立つと幸せなんだって。変な幸せ~。
シュティルさんも階級的には貴族……なんなら魔物の国を大きく仕切る存在なんだけど、本人はそんなに良く思ってないらしい。
それも多分血縁者さんの教育の賜物だよね。他の人を見下したりしない優しい性格はそこで作られたんだ。
「そう言えば、向こうに一際大きなお城が見えるね」
「ん? ああ、あれか」
そんな事を話していて、ふと逸らした視線の先にあった物は大樹が主体になり、成長した蔦が絡まってレンガでアンバランスに積み立てられている古いお城。
高所にあり、外からの侵入は難しそうな雰囲気だった。
それについてシュティルさんは説明してくれる。
「あの城は今はもう使われていない古城だ。英雄の時代に魔物の国を統治していた者が住居としていた場所らしいが、もはやただのオブジェクトと化している」
「魔物の国に歴史ありだね。でもあんなに立派なお城なのに次の偉い人とか誰も使わなかったんだ」
「管理する者が居なければ朽ちていくだけだからな。我らヴァンパイア族を除き、城を必要としている魔物は少ない。そもそも造りも数千年前の物と古く、今の時代には合わないのだろう」
「そうなんだ……」
棄てられた古城。数千年前の物で、管理されていないにも関わらずあそこまで形が残っているのはスゴく頑丈だった証拠。
なんなら蔦とかは目立つけど崩れてる場所も無く、今でも住めそうな雰囲気まであった。
まあでも殆どが大樹主体になっており、レンガ部分も僅かにしか残っていない。元々樹を基盤として建てたんだろうけど、それが成長して今に至るって感じだね。
「一説ではアンデッドモンスターの棲み処になっているとも聞く。我らヴァンパイアも分類はアンデッドだが、あそこに住む者は居ない。だが別の何かが棲み付いている可能性は十分にあり得るな」
「何かが……」
「そんなに緊張する必要もない。仮にモンスターが棲んでいたとして、現時点で何もしていないのだからな。変に刺激する必要も無かろう。元より根も葉もない噂に過ぎん事よ」
「へえ……」
アンデッドモンスター。確かに魔物の国はヴァンパイア以外にもゾンビとかグールとか様々なアンデッドが棲んでいる国だけど、あそこのお城もそうかもしれない可能性があった。
でもシュティルさんも言うように根拠も無いし、居てもこっちが仕掛けなきゃ大丈夫だと思うから平気かな。
そんな事を考える横で、ボルカちゃんが不敵に笑っていた。……って、これって……!
「だったらさ。行って見よーぜ! 確認しにさ!」
「ちょ、ちょっとボルカちゃん!? 確認したとして、もし本当に誰かが眠っていたらどうするの!? 本とかでよくあるけど、踏み入っただけで起きちゃうよ!?」
「その時はその時だ! 何かさ、未知への好奇心とかそう言うのって胸が踊るだろ!?」
「踊らないよ! そもそも前の七不思議捜索で本当に起こっちゃったし、その時はなんとも無かったから良かったけど、今度こそ何かあるかも……!」
「へーきへーき! 問題無いさ!」
「根拠の無い自信!?」
ボルカちゃんはあの古城に行く気満々だった。
本当に好奇心の塊である彼女。定期的に提案しては実際に何かが起こっちゃう実績があるし、絶対今回も何かある!
シュティルさんはボルカちゃんに言葉を発した。
「下手に刺激しない方が良いと言っただろう。居なかったら杞憂だが、魔物の国と言うのは本当に名前の通りなのだぞ? 国の地下か海底か廃墟か、封印された危険なモンスターが眠っている可能性は大いにある」
「だからワクワクするんじゃないか! 未知への探求、まだ見ぬ世界! せっかく魔物の国に来たんだから何もしないのは勿体無いって!」
「そう言う問題ではないのだがな」
引く気配が無いボルカちゃん。こういう時って強情だよね……。そこも良い所なんだけど、そんな事するのはちょっと問題。
魔物の国では基本的に自己責任だから別に立ち入り禁止とかでもないらしいけど、私達にとっては問題しかない。もう今回の会話で何回問題って言ったかな。
「うーん、しゃあねぇ。じゃあアタシだけで見てくるよ。自己責任ってならちゃんとそうするからさ」
「それはもっと問題! 一人で出歩く事すら危険極まりないよ!? あ、シュティルさん。ごめんなさい。自分の国を……」
「いや、我が国だがそれには同意だ。法はあれど従わない者は多い。彼処の山など確実に法の管轄外だしな」
私達が行かないならとボルカちゃんは一人で行こうとする。
何をそんなに惹かれるのか分からないけど、前の様子が少し変だった時のボルカちゃんこんな事言ってたっけ……。
─
──
───
【なんかな、アタシ。最近廃墟とかそう言った場所に惹かれるんだ。何故かは分からないけど、おそらくこれは前世の記憶……前世にて激しい戦いの末に辿り着いた場所が廃墟街だったんだと思うぜ?】
【何言ってるの?】
───
──
─
そんな事があり、無性に廃墟が気になる衝動に駆られてるとか。前の七不思議騒動もその一環。
もう本当によく分からない事だけど、ボルカちゃんには惹かれるモノがあるのかもしれない。
「……うぅ、流石に一人にはさせられないし、私も行くよ」
「ん? いや、別にマジでアタシ一人でも行くぜ? 気が乗らないようだし、無理強いはしないさ」
「それでもやっぱり心配。何かある可能性はあるし、一人より二人でしょ?」
「そうか?」
そうなってくると放っておけない。危険がありそうな場所に親友を一人で行かせるなんてとても出来ないよ。
そんな私の言葉に続き、他のみんなも口を開いた。
「それならば私も行きますわ。貴女達だけでも不安ですもの」
「だったら私も行こう。当人の自己責任だとしても、客人を放置する訳には行かぬからな。地の利もある。仮に何かしらが起こっても対処は可能だ」
「やれやれ。なんかこれは行く流れね。私も行ってあげるわ」
本当にみんなは友達思いの良い人達だね。誰も放っておくって考えは持たなかった。
「別に無理しなくて良いんだぜ? アタシの独り善がりに付き合わなくたってな。なんなら善では確実に無い」
「そんな訳にはいかないよ。友達だもん」
「ですわ!」
「ああ」
「……そうね」
「へへっ。そう言われるとなんかちょっと嬉しいな」
少し照れ臭そうにするボルカちゃん。本当に一人で行くつもりだったけど、やっぱりみんなと行けるのは嬉しいみたい。
何はともあれ、私達は魔物の国にて誰も居ない古城に行く事になった。




