第百七十九幕 練習試合・その4
──“魔物の国”。
「今日こそはよろしくね! シュティルさん!」
「ああ。今日こそは歓迎するよ。ティーナ。“魔専アステリア女学院”の面々」
数週間後、私達は再びシュティルさん達の居る魔物の国に来ていた。
そう、今日は約束の練習試合当日。前回は“ゴブローク”の人達に邪魔されて私とシュティルさんは参加出来なかったけど、今日こそはやれると信じたい。
「あれから大丈夫だった?」
「ああ。お陰様でな。“ゴブローク”にはあれ以降一度も絡まれていない。たまに来るチーム関係無いならず者達も容易く追い返せる」
「それは良かったけど、来るは来るんだね……」
「まあそういう国だからな。日常で慣れてる」
「スゴいね……」
敵が来る事自体は日常茶飯事らしいけど、その頻度は減ったとの事。
それは良い事なのかな……比較的良い事ではあるんだろうけど、やっぱり私達の国とは世界が違うのかも。
心身共に鍛えられる理由だね。
「それでは早速赴くとしよう。“神魔物エマテュポヌス”は前回と違う者達が相手になるが、“魔専アステリア女学院”はどうだ?」
「私以外は前と同じ子達が参加するよ」
「そうなのか。しかし、確かに見てみれば少人数。他のチームに比べて新入生は少ないのか?」
「アハハ……うん。入部前に篩に掛けちゃってね。ちょっと入部テストが厳しかったみたいで」
「それ故の少数精鋭か。確かに実力はある面々。人数が少ない方が機能する面もあり、回復魔法が使えれば体力的な心配も無い。君達には案外この方が合っているのかもしれぬな」
「うん。そうかも!」
他のチームに比べて人数は少ないけど、ダイバースはルール的に積極的に交代する必要もない競技。
あまり選手の交代を生かす事もないし、それによるデメリットもそんなにある訳じゃないからこれが“魔専アステリア女学院” 流で良いのかもね。
そんな事を話しつつ、私達は今回のステージにやって来た。
「今回も街ステージと言っておこうか。前回のステージとはまた別の魔力からなる街。前は低い建物が多かったが、今回はビル群や搭と言った高い建物の多い場所だ」
「高層建造物の多い街ステージ。戦略の幅は色々あるね」
「そうだな。──ルールは各々が的を体の何処かに隠し持ち、そこに攻撃が当たったら負けの単純なもの。しかし一撃で終了の危険性もある中々高難易度のゲームだ。互いに検討を祈る」
「うん。シュティルさん!」
ルールは的当てゲーム……って感じで良いかな。
事前に的になる物が渡され、それを守りながら戦うというもの。似たようなゲームはした事があるね。
早期決着もあれば思ったより時間が掛かる可能性もあるシビアなルール。今回も私やシュティルさんは大きく動かず、後輩達に委ねておく。
私達はステージに転移した。
*****
──“高層街ステージ”。
転移した先は説明通りのステージ。
周りには私を見下ろすような建物が立ち並んでおり、遮蔽も多くて視界はそんなに良くない。
そして転移場所は個別みたいだね。周りには誰も居ない。そうなると誰かと合流するのが先決かな。
これが練習試合じゃないなら先行して相手の戦力を減らすのもアリだけど、私が直接仕掛けたら後輩達の練習にならない。サポートを徹底して何かしらの手助けになるのが理想かな。
「それじゃ行こっか」
『ええ』『うん!』
誰も居ないならママやティナ達と作戦を立てながら移動する事も可能。実質的に私達は複数人だから個別転移もそんなに支障はない。
ティナと感覚を共有し、上空に飛ばして広範囲を確認。何人かの影は見つけた。
植物魔法でビルの上に移動し、体勢を低くしてその場所を見てみる。
今回は四足歩行の魔物達もチラホラ居るみたい。一先ず一番近い味方と合流したいところだね。
「あれは……」
『ディーネさんね』
『ディーネちゃんだー』
一番近場にちょっと不安そうな表情で周りの様子を窺うディーネちゃんの姿が。
近くに敵になる相手は居ないけど、取り敢えず合流しておこっか。
ビルから飛び降り、建物に蔦を引っ掻けて勢いを弱め着地。ディーネちゃんの元に向かった。
「オーイ! ディーネちゃん!」
「あ、ティーナ先輩。会えて良かったです。一人じゃ不安で……って、こんなに大声出したら誰かに見つかっちゃうんじゃ……」
「大丈夫。周りに敵が居ないのは確認済みだから」
「さ、流石の索敵能力ですね」
あくまでゲームの範疇だけど、戦場と言えば戦場であるこの場所。ディーネちゃんはやっぱり少し心細いって感じだった。
私にも分かる気持ちだなぁ。日常的に一人でゆっくり過ごすのは好きでも、周りが敵だらけってなったら不安だもんね。
私にはママやティナにボルカちゃんが居るから大丈夫だけど。
「つまりある程度の位置は把握したって事ですか?」
「この近辺はねぇ~。一番近くに居たのがディーネちゃんだったからここに来たけど、少し行った所には相手の魔物達も居たよ」
「これが代表戦にまで残った実力者……!」
「そんな大袈裟じゃないって~。取り敢えず相手の的に攻撃を当てなきゃならないね。私は今回サポート役に徹するから、ディーネちゃんの意見をどうぞ!」
「意見……作戦ですね。それなら今思い付いたのを」
「おお、もうあるんだ! 流っ石! 教えて教えて!」
ディーネちゃんは頭の回転が早い。今までの練習試合を見ていても作戦を決めたりするのは彼女の役割が多い。
それに加えて持ち前の魔力もあり、サポートにも前線にも回れる器用さはダイバースの試合でとても重宝されると思う。
そんなディーネちゃんは作戦を話した。
「それではまず──」
「OK!」
そして言われた作戦を遂行。
ティナと感覚共有して空中に飛ばし、周りの様子を確認。
近いところだと北側に一つ。西側に二つの敵が居た。
味方の方も探し、北西に味方は二人。東側に残りの一人を確認。これで味方の数は全員分を把握する。それを聞いたディーネちゃんは言葉を続ける。
「では北側を狙います。更に詳しい位置を教えて下さい」
「オッケー。場所を言えば──」
方角だけじゃなく私の場所から見た詳細を教える。ディーネちゃんはそこに向けて魔力を込めていた。
「では、作戦を遂行します」
「やっちゃってー!」
掌に魔力が集まり、それが水に変換される。その水は徐々に纏まり、一つの塊となった。
そこから更に巨大化させ、ディーネちゃんは口を開く。
「“水通砲”!」
瞬間、水球がジェット噴射のように放たれ、目の前の建物を粉砕して直進。
次々と巻き込んで巨大化した水の塊は北側に居る一つの敵に直撃した。
『……!? これは……!』
魔物だけあって大きさは三、四メートルくらいあるけど水球の範囲は十メートル以上。全身が容易く飲み込まれて的も消失。開始すぐに相手を一匹倒す事に成功した。
「それでは作戦通りそこに向かいます」
「よしきた!」
植物で私達を囲み、乗り物として移動。
既に倒すべき敵は居ないけど、ここまでがディーネちゃんの作戦になる。
その狙いはすぐに分かるよ!
『……成る程な』
『まんまと誘い出された訳だ』
「フッ、考えたな」
『しかし、たった一人の差で何が出来るのか』
「あくまで的を狙うだけなので大丈夫です!」
「流石ですわね。ディーネさん」
「上手く集めたものだ」
「ウチが一番遠くに居たからちょっと疲れたー」
「作戦成功だね!」
その場所に集った、参加選手全員。
そう、それがディーネちゃんの考えた即行の作戦。
敵の位置を特定し、そこに大きな魔術を仕掛ける。それによって複数の建物は崩れ落ち、近くに誰かが居る事の証明とする。
後はその場所目掛けて集まれば自然と敵も味方も全員が揃うって魂胆。
しかも相手を減らす事にも成功した為、こちらに有利な状況が作り出されたの。
数の少ない方を狙ったのは私達の仲間が近くに居て、より確実に相手の一人は持っていく為。どう転んでも5vs4の構図を作り出す事がこの作戦の本筋だった。
更に言えば私とシュティルさんはあくまでサポートに回る感じだから、経験も似たり寄ったりな新入生同士の戦いが主体になるね。
「まあ、作戦の概要はある程度理解した。私が味方の誰かと先に合流してしまえば君達の方が不利になっていたしな」
「はい……! そこも考慮しました! シュティルさん!」
「私達の後輩スゴいでしょー!」
「ああ。良い後輩だ」
シュティルさんは気配から存在を探る事が出来る。なのでティナの感覚共有よりも先に相手の方が先に揃ってしまう可能性もあった。
けれどそれを考慮した上でディーネちゃんが作戦を組み立て、同じタイミングで全員を集める事に成功。結果として有利な状況のまま決戦に持ち込めるって訳。
した事と言えばディーネちゃんが水魔術を放っただけなんだけど、それによって私達に有利な状況のまま戦えるから本当にスゴいよ!
「では、的当てゲーム開始と行こうか」
「望むところだよ!」
「はい!」
『我らが勝利する!』
互いに力を込め、臨戦態勢に入る。
私とシュティルさんもお互いのサポートに向けて集中力を高める。シュティルさんの手札は多いもんね。単純な身体能力から念力による天候操作や生き物操作等々。ヴァンパイア族自体が器用万能の化身みたいな存在だからサポート中心としても強敵になるのは間違いない。
私達“魔専アステリア女学院”とシュティルさん達“神魔物エマテュポヌス”のメンバーによる的当てゲーム。大会前最後の練習試合が開始した。




