第百七十八幕 寮散歩
──シトシトと降り注ぐ水滴。一定のリズムで天から落ち、世界を鈍色に染める。
今日の天候は雨。“魔専アステリア女学院”にも雨脚が訪れ、ちょっと陰鬱だけど落ち着く空気を醸し出していた。
「今日は雨じゃ遊びに行けないね~」
「そうだなぁ。ま、店に行くなら道中以外はあんまり関係無いけどなぁ」
「アハハ……でもそこまでして行く理由も無いね」
「そりゃそうだな。特に欲しい物も無いし」
雨なのでお出かけは控え、私とボルカちゃんは自室でのんびりと過ごしていた。
ここはボルカちゃんの部屋であり、日持ちするお菓子などを摘まんで過ごす。
彼女曰く、こんな時の為に予めそう言った物を置いてあるらしい。あまり食べ過ぎると太っちゃうから私は控えめ。ボルカちゃんは元々の運動量が高いのでたくさん食べてもその分をすぐに消費しちゃうんだって。
「ま、こうして部屋で駄弁ってるのも良いけど、動かないと体が鈍っちまう。寮内の探索くらいしておこーぜー」
「うん。お菓子も食べちゃったし、少し歩こっか」
「何か新しい事が起こるかもしんねぇぞ!」
「起こるかなぁ~?」
ずっとお話ししてるのも悪くないけど、せっかくだから寮内を見て回る事にした。
もうここに住んで一年と一ヶ月以上。流石に知らない場所なんて無いと思うけど、新しい発見があるかもしれないからと行ってみる。
お菓子を片付け、私達はボルカちゃんの部屋を出た。
「どこ行こっか?」
「取り敢えず一通りグルッと回ろーぜ。っても見慣れた雰囲気の場所だけどなぁ~」
見慣れた渡り廊下に見慣れた寮部屋。休日の生徒達がそれぞれ友達と仲良く話している平和な光景。
最近はこんな日々と練習試合の繰り返しで休めてるような休めてないような変な感じ。でもバランス良く過ごせていると思うよー。
来月には改めて練習試合が行われるからそれにも集中しておかないとねー。
「にしても、ティーナと会ってから一年と一ヶ月かぁ。随分雰囲気も変わったよなぁ~」
「えー? そうかな?」
「そうだぜ。最初は人見知りで内気かと思いきや、今じゃ初対面でも話し掛けていくもんな。これが本来のティーナなんだって思ったぜ」
「最初はそりゃ緊張していたから……。ボルカちゃんは初めて会った時から全然変わってないね~。寧ろ磨きが掛かってるかも」
「それって褒めてんのか……?」
色々あって一年が経った。もしかしたら来年も再来年も同じ会話をしているかもね。
特に中身がある訳じゃなく、実りもない他愛ない当たり障りもないけど私にとっては楽しい会話。
こう言う一時が一番楽しいのかもしれないね。
──“図書室”。
「さて、最初のスポットはビブリーも愛用している寮の図書室だ」
「そう言えばこの学院って至るところに図書室あるよねぇ」
「一応進学校だからなぁ。しかも文武両道を謳ってるし、設備も相応って訳だ」
「全寮制なのも拍車が掛かってるもんねぇ。徹底してるって感じ」
「転移の魔道具があるから休日とかに実家に帰ってる生徒も多いし、窮屈な感じは無いよな~」
「ふふ、そうだね」
“魔専アステリア女学院”には図書室が多い。単純に勉強出来る場所が沢山あるって認識で良いかも。
全寮制の割には門限まで猶予があったり、そもそも基本的に生徒が自由に出来てるから過ごしやすくもある。
「ま、今日は本を読む気にもなれないし、次の場所に行こうぜー」
「雨の日こそ本を読むべきなんじゃないかな……私は全然構わないけどねぇ」
「いやいや、雨の日こそ鈍らないように動くべきだろー。ま、アタシの性分がそれ寄りってだけなんだけどなー」
「改めて考えると私って結構真逆だもんねぇ~。それでこんなに仲良くなれるなんて」
「友人や恋人には自分には無いところを求める人も多いって言うし、それなのかもな」
「アハハ。確かにそれはあるかも。恋人についてはまだ分からない時期だけどね~」
「早い人は初等部で彼氏が居るとか聞くしな~。ヤベーだろ。アタシも将来的にお嫁に行く事になんのかな?」
「どうだろうね。ボルカちゃんが奥さんになったら旦那さんが振り回される構図は思い浮かぶけど」
「おいおい。アタシはそんなにお転婆かぁ?」
「どちらかと言えばそうなんじゃないかな?」
「そうかー……取り敢えず、今は全然気にする事も無い問題だ。将来の事は将来考えっか。女学院だし出会いは少ないしな」
「独身の先生方も多いもんね~」
話が二転三転と変わりながら渡り廊下を歩く。
将来の事なんて全然考えてなかった。私達は中等部の二年生だから今後大事になってくるんだろうねぇ。特になりたい職業もまだ分からないし、先延ばしにして良いかな。クラスメイトの子達は既に考えてる人も多いみたいだけどねぇ。
今すぐその姿になる訳じゃないから考えても仕方無いし、下準備する事も特に無い。今は雑談混じりにのんびり寮内をお散歩するだけで満足かな。
──“売店”。
「本店よりは流石に少ないけど、寮内でも色々買えるのって便利だよねぇ」
「ロビーにあるから人通りも多いし、ご令嬢が多いこの寮の売店はお店の人にとってかなり優良なんだとさー。休みは少ないけど平日の昼間は寮生が居ないからほぼ休みみたいなもんだし、確かに良いかもなぁ。アタシも将来“魔専アステリア女学院”の店員になろっかなー」
「制度的に女性の店員さんしか入れないし、ボルカちゃんの元気さならピッタリかもね~。学院内や外にあるお店より人気になっちゃうかも」
「へへ。そしたら最高売り上げを更新出来るかもしれないな」
ここの女子寮には売店も完備している。
と言っても本当にちょっとした物くらいしか売ってないんだけど、近いしそれなりに長時間開かれてるから人気なお店だよ。
ちょっと喉が乾いたり小腹が空いた時は私もお世話になってるんだ~♪
──“食堂”。
「此処にもよく来るよな~。シェフが全員超一流だから、気分転換とかを除けばこの食堂で食べない理由が無いレベルだ。その分値段は張るけど、学生には割引されてるし良心的だぜ!」
「美味しいよね~。この食堂のご飯。種類も豊富だし、ちょっとした高級レストランクラス。日替わりメニューは毎日の楽しみの一つ!」
「ハハ、なんかアタシ達学院のPRみたいな言い回しだなー」
「ふふ、そうだね~」
食堂は学院内の物とほとんど同じ。慣れ親しんだ場所と言うのもあり、平日の昼食でも利用している人は多い。
栄養バランスは体を作るのに大事な要素。だから“魔専アステリア女学院”は食事にかなり気を使ってるんだ~。
──“浴場”。
「此処に至っては毎日入ってるもんな~」
「寮部屋にもお風呂はあるけど、やっぱりみんなで一緒に入るのは楽しいもんね~」
今の時間帯は流石に人は少ないけど、朝から夜まで、結構な時間空いてるこのお風呂。入れないのは夜中から朝方くらいかな? 平日は昼間もだけどね。
今日は休日で、雨なのもあってそれなりに居る方かもね~。
──“運動ルーム”。
「ここはあまり利用した事ないかも」
「基本的に部活動で体動かしてるもんな~。休日で雨の日の今日とかは人も多いな」
ここは運動用のお部屋。
色々な魔道具が揃っていて、効率的に体を動かせるの。寮生は無料で、時期によっては一般解放もしているんだって。
部活動で運動して、その上で休日は自主トレとかしないでのんびり過ごす私達は利用しないけど、人は結構居た。
運動部の子達だけじゃなくて文化部の生徒も運動不足を解消する為に利用しているね。
──“音楽室”。
「今は音楽関連のどこかの部活動が使ってるっぽいな~」
「寮にも音楽室があったんだね~」
学院内とはまた違う音楽室もある。ここも基本的にはそれ関連の部活動の人達が自主練している感じかな。
──“ラウンジ”。
「いやー。歩き回るだけで結構運動になんな~」
「それだけこの寮が広いって事だよね~。まだ全部を見てないし、意外とまだ知らない場所も色々あったよ」
「だろー? だから言っただろ。新しい発見があるかもしれないってな!」
「ふふ、本当にその通りだったね!」
魔導ルームや多目的ルーム。その他諸々まだ見て回れてない部屋は色々ある。
だけどそろそろ良い時間なので私とボルカちゃんはロビー・ラウンジでソファーに座って休憩しながら話す。
基本的にいつも使っている場所しか行かないから、一年間居てもまだ行ってない部屋は沢山あるのが分かったね。
他の部活動も無いレベルの休日の時は“魔専アステリア女学院”の校舎が完全に閉められるから、その分の設備がそのまま寮にあるって感じ。もはや寮って括りから抜け出してるんじゃないかと思うレベル。ちょっとしたレジャー施設だね。
ちゃんと生徒達の部屋は関係者以外立ち入り禁止になってるから安心。破ったら即座に魔導が放たれて一生の出禁だからわざわざそんなリスクを冒して入ってくる人は居ないの。安心安全設計って事。
「取り敢えず今日はこれくらいにしとくかぁ。丁度良い時間だしな」
「そうだねぇ。そろそろ夕飯になるし、それまでのんびり過ごしてよっか」
「だな。これだけ動けば運動不足も解消されてるし、後は時間一杯過ごすか」
「ボルカちゃんは運動不足って程不足してないと思うけどな~」
何はともあれ、一年間生活した寮を改めて探索した結果、色々と発見があった。見て回るだけで楽しいね。
今日の休日は今までと少し違う感じに過ごしてたけど、私は結構満足してるよ。楽しかったもん!
これで休日は終わり。また明日から一週間の学院生活が始まるね。それもまた楽しみ!
今週もまた充実して過ごせるのだった。




