第百七十二幕 不思議な学院
「此処か……」
「音楽はまだ聞こえるね……」
音楽室の前に行き、扉に聞き耳を立てて未だ流れる音楽を聴く。
リズミカルやアップテンポではない、一定のリズムで刻まれた静かな曲調。心が落ち着くようなメロディーが流れる。
まずは音を立てずにそっと扉を開き、小さな隙間から音楽室の様子を見てみる。
ここからじゃ全貌は見えないね。だけど大きく開け過ぎると音が出ちゃったり隙間が広がって気付かれる可能性は高い。
なので何とか目を凝らす。
「やっぱりよく見えないかも……」
「そんじゃ、ティーナと人形で視覚共有したらどうだー……?」
「この隙間じゃ入る事は出来ないよ~……」
「そうじゃなくて……糸を目一杯伸ばして音楽室の外から見るんだよー……」
「成る程……確かにそれは可能だねー……」
ヒソヒソ声で話、中の様子を窺う方法を考える。
確かにティナなら私達が動かずとも見る事が出来るもんね。何が居るのかを確認するだけだし、音の聞こえる場所と現在地は離れてるからそれが一番安全。
そうと決まり、私はティナを校舎の外に出して窓の方へと回り込ませた。
「どうだ? ティーナ」
「うん。よく見える……。でもまだ姿は確認出来ないからちょっと移動させるね」
目立たないようにはしつつ、ティナをゆっくりと移動させて音の出る方へ向かわせる。
~♪ ~♪ 鳴り響く綺麗な音色。その音の鳴る場所にあったモノは──
「……っ」
「……? どうした。ティーナ」
それを見、言葉が出なくなる。
ボルカちゃんが私に訊ね、ウラノちゃん達もそれについての返答を待つ。
私は見たまんまの物を答えた。
「……何も……無い……」
「何も……?」
見たモノは“無”。空席。なのに鳴り響く鍵盤。ただそれだけ。
じんわりと汗が流れ、暖かくなってきた季節にも関わらず寒気がする。
誰も居ないのに音は鳴り続ける。そんなの絶対に変。おかしい。違和感がある。
私達は息を飲んで静かに見守る……するとピタッ……とその音は止まった。
「……止まった……?」
「な、なあこれって……」
「バレた……のかな?」
お互いの顔を見つめて数秒だけ硬直し、ゴクリと生唾を飲み込む。
私達は振り向き、一気に走ってはいけないとされる廊下を走り抜けた。
それと同時にまた音が鳴り響く。
「なんでなんでなんで!? なんでこうなってるの!?」
「そんなのアタシも知るかァーッ! 見えれば攻撃のしようがあるけど、見えない相手と戦うのは準備が必要だ!」
「物騒!? なんで戦う事を前提にしてるのー!?」
走る。走る。走る。無我夢中で校内を一周し、私達はまた音楽室の前に戻ってきてしまった。
「ああ、そりゃそうだ。ただひたすらに走ったら戻ってくるよな普通……」
「そうだね……」
「無駄に走ってしまいましたわ……」
ぜぇ……はぁ……と息を切らし、また鳴り響く音楽を聴く。そして少し経ち、音は止んだ。
本当に何の現象……?
その一連を見届け、一人だけ息を切らしていないウラノちゃんは音楽室の扉に手を掛けた。
「ちょ、ちょっとウラノちゃん……!?」
「何する気だビブリー……!?」
「そっとして置いた方がよろしくなくて……!?」
「……いえ、もう謎は解けたよ」
「「「………!?」」」
その言葉に私達は驚愕の表情を浮かべ、恐る恐るウラノちゃんの後を追って鍵盤の前へ。
変わらず音は鳴り響き、ウラノちゃんはその鍵盤を抑えた。すると──
「……音が……止まった……」
「みたいだな」
何事も無かったかのように音が止まり、私達の声以外の静寂が辺りを包み込む。
一体どういう事? そんな疑問を浮かべる中、ウラノちゃんはしゃがんだ。
「やっぱり。この鍵盤、結構長く使われていて経年劣化している。だから声や振動で揺れ、まるで誰も居ないのに音楽が鳴っているかのような現象が起こったのよ」
「け、経年劣化!?」
「んな単純な……あ……けどそっか」
鍵盤の音が一時的に止まった時の事を思えば、みんなが息を飲んで黙り込んだ時。タイミングがタイミングだったからこの世のモノじゃない何かに見つかったかと思ったけど、鳴る要因の振動が消えたから止まったんだ。
そんな簡単な事だったんだね~。
「なーんだ。大した事無かったぜー。少しはビビったけど、逃げてる途中にサーチの魔術を用いて居場所を突き止めてやろうと思ったんだが、無駄に終わったかー」
「本当に倒そうとしていたんだ……」
「物騒ね。幽霊が可哀想」
安堵と同時にボルカちゃんは炎の探知機を消し去る。
こんなに好戦的だともしお化けとかが居ても近付いて来ないかもね……。
そんなこんなで音楽室の怪は杞憂に終わった。
「んじゃ次だ次。逃げ回ってまた時間が経ったけど、お陰でより雰囲気が出たぜ」
「あ、ホントだ。もうこんなに暗い。寮の門限まではあるから大丈夫だけど」
「ま、何も無さそうだったらさっさと移動して時間を節約すっか」
「もう終わりにしませんの? 私疲れましたわ」
「何言ってるのルーチェさん。夜はまだまだこれからじゃない」
「ウ、ウラノさん。そんな性格でしたっけ?」
「そう言う日もあるのよ」
まだ明るかった夕焼けも暗がりを帯び始め、よりムードが高まる。
残りを見て回るとして、一時間くらいで終わるかな。
ウラノちゃんも珍しく更に催促してるし、時間が時間なので少し早めに見て回る事になった。
──“教室”。
「ま、当然何も無いかー」
「元々はここからスタートだったもんね~」
私達の教室に戻って調べてみるけど何もなく、ササッと次へ赴く事にした。
──“美術室”。
「ここじゃ作品とかが動いたりこっちを見たりするって言うけど……」
「何も無さそうですわね」
次に来たのは美術室。図工室も兼任だね。
先輩達や後輩達の作品が並んでいるので中に入る事は出来ないけど、外から分かるような以上も無かった。
──“渡り廊下”。
「ここでも人影の噂だっけ?」
「だなー。んで、踊り場にある鏡に悪魔が映るとか」
「魔族と悪魔は交流があると言いますし、変な噂ですわ」
悪魔を見た事はないけど、悪魔のお偉いさんは魔族のお偉いさんやかつての英雄達と親交があると言う。
なのでこの噂は信憑性に欠けるね。と言うか、悪魔さん達ならたまたま近道する為に鏡の中を通ってもおかしくないもん。
──“食堂”。
「此処も何もなぁし」
「雰囲気はあるけどねー」
寮ではなく校舎の食堂。どんな噂があるのかはよく分からないけど、人影を見たとかそう言う声がチラホラ。でも何も無い。
と言うか、多分人影ってここにある観葉植物の影がそれっぽく見えただけみたい。まさに今現在がそんな感じだもん。薄暗いと誰か居るって思っちゃうよね。
ボルカちゃんの聞いた話じゃ、レモンさんの居るヒノモトでも柳の木が幽霊に見えるって噂があるみたい。
まあ、植物も生き物なのには変わりないから当たらずとも遠からずって感じかな。
──“校庭”。
「誰も居ない筈の校庭でランニングしてる影があるって言うけど、そんな影は見えないな」
「英雄の銅像が動くって噂もあるよね~。そんな気配は無いけど」
校庭と運動場を同時に見てみる。かなり広いから一番時間は掛かっちゃったけど不思議な事は何も起こらなかった。
そしていよいよラスト。
──“魔導実技ルーム”。
「魔導室とは何が違うんだろう?」
「魔導の特訓中に亡くなってしまった人の霊が出るらしいわ。その無念で遊び相手を求めているとか」
「“魔専アステリア女学院”で死亡事故の前例なんて無いんじゃなかったか?」
「有らぬ存ぜぬ噂が自然に立った感じですわね~」
「校内じゃなくて、外での生徒の死亡事故はいくつかあるけれどね」
最後に訪れたのは魔導実技ルーム。俗に言う体育館。
事故があって~的な噂が流れてるらしいけど、そんな記録はどこにもないみたい。隠蔽している的な感じで広まっちゃってそうなったのかな。
ウラノちゃんが言うには校内関係無い部分らしいし、清廉潔白にそんな噂が立つのは寧ろ失礼だよね。
「なーんだ。結局何も無かったな~」
「そうだね~。やっぱり七不思議なんて噂が独り歩きしただけのものだったんだ~」
「全くですわ!」
「そうね。何も起こらなくて残念」
まだまだ探してない場所はあるかもしれないけど、さっきも言ったように時間が時間。なので私達は一先ず帰る事にした。
本当に何も起こらなかったね~。強いて言えば音楽室だけど、それはウラノちゃんがあっさり見破っちゃったし、全部がただの噂でしかないと理解した。
「──コラァ! こんな時間まで此処で何してた!?」
「げ、ヤベ。ついに見つかっちゃったか……」
「あー、確かに魔導実技ルーム。実技の先生なら校舎を閉めた後にも寄るよね」
そして先生に見つかり、完全に終止符を打たれる。
この先生は去年の担任だった教師であり、生徒への理解が深いから話せば分かってくれそうな人だね~。良かった……のかな?
「全く。七不思議を探してただ? いつまでも戻らなくて心配だと──ウラノ・ビブロスから報告があったんだぞ」
「「「……。…………え?」」」
んん? どういう事? だってウラノちゃんなら七不思議を探し出した時からずっと一緒に居たけど……。
「そしたら門限ギリギリのこの時間に魔導実技ルームで三人だけで居て……何かあったらどうするつもりだったんだ!?」
「……え……三……人……?」
私達は顔を見合わせる。私、ボルカちゃん、ルーチェちゃんに……ホントだ……三人しか居ない。
すると先生の近くからウラノちゃんが現れた。
「貴女達……どうやって撒いたのかしら……音楽室から離れた時、流石に騒ぎ過ぎて先生に見つかってしまったと言うのに……」
「「「……え……」」」
先生に見つかった……?
ううん。そんな事は無い。音楽室から逃げた時誰にも会わなかったもん。
──……そう、放課後、教師陣はまだ各所に残っている状況で誰にも会わなかった……。
「……た、確かに……誰にも会わないのは変……」
「あんなにギャーギャー騒いで逃げ回ったのにな……」
「そう言えばそうでしたわ……」
おかしな事柄。そもそも考えてみたら更におかしい事があった。今の時間……。
「先生。門限ギリギリと申しましたよね……? どんなに長くても精々一、二時間しか校内を見てなかったと思いますけど……」
「何を言っているんだ? 今から三時間前くらいにウラノが私へ報告しに来て、教師一同で捜索してもうこの時間だぞ」
「ホントだ……」
先生が時計を見せる。本当に門限ギリギリの時間帯。
つまり、私達は四時間以上“魔専アステリア女学院”の校内に居たという事。思えば逃げ回った後のウラノちゃん、ちょっといつもと違かったような……。まさかね……。
先生は言葉を続けた。
「まあ、処罰については私の方で何とかしてやる。君達の成績なら軽い反省文を書くだけで済むだろうからな。授業態度は悪いボルカ・フレム以外」
「アタシだけッスか!?」
「案ずるな。反省文の量が他三人の三倍くらいになるだけだ」
「原稿用紙の基本的な数が400だから400×3で……1200文字はありますよ!?」
「それで済むなら安いものだろう期限は明日までだぞ」
「そんなー」
アハハ……でも本来ならもっと厳しい罰がありそうだし、それだけで済ませてくれるのは本当に優しいね。
何はともあれ、私達の“魔専アステリア女学院”七不思議調査。それはおそらく、一つだけ体験して終わりを迎えるのだった。
「はぁ……なんかドッと疲れちゃった……」
「だなぁ……ある意味目的は達成だけど……」
「ですわね……」
「私も体験したかったわ。残念」
色々な意味で疲れたけど、四時間以上動き回っていたらそりゃ疲れるよね~。
後は軽食でも食べてお風呂入って課題やって反省文書いて……やる事が多い。
それについて億劫に思いつつ、参加しちゃった罰として受け止め帰路に着くのだった。
『──楽しかったよ』
「……え?」
「どした? ティーナ」
「……。ううん、何でもない」
何か聞こえた気がしたけど、先生とみんなで話ながら戻ってるし、多分それの空耳的なものだよね。
体感時間は短い筈なんだけど、なんか長く感じた日は幕を降ろすのだった。
ふふ、なんか少しだけ体が軽くなった気もするな~。




