第十七幕 計略
「ドリャア!」
「……っ」
「“ファイアウィップ”!」
竹が振り下ろされ、私が植物の壁でガード。横からボルカちゃんが炎の鞭を放ち、バロンさんの竹を縛り付けた。
「得物は厄介そうだから無くして貰うよセンパイ!」
「ハッ、そんなものくれてやる! オレは肉弾戦ならなんでも御座れだからな!」
竹を奪い、空中で焼失。その間にバロンさんは私達の眼前へ迫り、幾度目かの拳を振り下ろして大地を砕いた。
相変わらずの破壊力。まるで今までのダメージが効いていないみたいだけど、そんな事は無いよね。
あの植物の質量やボルカちゃんの炎を受けたとして、魔力でガードしていても流石にノーダメージは無い筈だもん。
だから攻め続けるのが得策!
「それ!」
「“ファイア”!」
「何度目だ。既に慣れたぞ!」
植物を押し付け、炎魔法が植物ごと燃え盛って焼き払う。それは腕力で引き千切られた。
正面からじゃ確かにあまり効果は無い。だから私達はまた背を向ける。
「ボルカちゃん。次の作戦!」
「よし分かった!」
「また逃げるのか。しかも一定の距離を空けて自分達の攻撃は届くようにしつつ、ルミエルの元にオレを行かせない魂胆みてェだ」
もうバレちゃったかな。推察の小さな声だから私達の方には聞こえないけど、流石にわざとらし過ぎたね。
だけど放置も出来ない筈。バロンさんの仲間達がどのレベルかは分からないけど、ママの植物魔法の範囲を知った今、遠くから森全体を飲み込む事も可能だもん。
「ハッ、乗ってやるよ!」
「来るしかないもんね!」
「行くぞティーナ!」
踏み込み、私達の元へ直進。私はボルカちゃんに手を引かれ、彼女の炎魔術で噴出して加速。一定の距離を空けたまま様子を窺う。
(炎魔術で加速しながらオレの速度に合わせるか。周りの植物は既に向こうの手中にあって少しずつ距離が置かれて行くな。だからと言って視線を外したり、仲間達の方へ行くのは危険。植物の多様性からして野放しにするとどんな罠が張られるか……堪ったものじゃねェな)
さっきまで大きな声を上げていたバロンさんだけど急に静かになった。
何かを思案中かな? 実力者なのは分かり切っているし、積み重ねた経験もあるから油断は出来ないね。
ちゃんと下準備をしておかなきゃ!
(どちらにせよこの間隔は問題だ。先ずは距離を詰める!)
「……!」
もう一歩踏み込み、大地を巻き上げながら更に加速して私達の方へ。
だったらこっちも仕掛けなきゃ。もうちょっと準備したかったけど仕方無い!
「“植物の罠”!」
「罠を張るなら隠れて張った方が良いぜ!」
目の前に罠を張るけど軽々と突破される。
当たり前だね。だけどこれに懲りずまだまだ仕掛ける!
「“ススキ”!」
「あ? こんなの肌がちょっとチクチクするだけで痛みも何も無ェだろ!」
ススキ畑を生やし、バロンさんの足止め……が出来ないのは分かってる。だけど自動的に足止めは可能になるよ!
「……!」
次の瞬間、ススキの穂が発火した。
移動はボルカちゃんの炎魔術。ススキの燃えやすさを思えば飛んでるだけで散った火の粉から移って燃え盛るよね!
「ススキ畑が火畑に衣替えか。考えたが、オレには無意味だ!」
「なんて肺活量……!」
「全身を魔力で強化してるからなー。常人の何十倍の身体能力だ」
バロンさんが息を吹き掛け、自分の通り道の炎を消し去った。
だけど一瞬でも足止め出来たから私の算段も付いた。
「“茨の道”!」
「薔薇か」
通り道へ鋭いトゲと良い香りを放つ薔薇を生み出した。
この道はスゴく痛いよ! しかも魔力で強化してあるから硬度は鉄並みにはなってるかも!
(ただの薔薇じゃねェな。魔力強化が施されてやがる。こりゃ刺さる)
予想通りバロンさんでも足止めされた。
後は上手く誘い込んで──
「んじゃ、跳ぶか」
「……!」
「ははっ。なんて身体能力」
踏み込み、数百メートルは広がっている薔薇の絨毯を幅跳びで飛び越えた。
思わずボルカちゃんも笑う。だけど本当にスゴい……。対策に上部にも薔薇を仕掛けたけど、もう遅いね。
「もうすぐで追い付くぜ!」
「……っ」
跳躍分の時間は稼げたけど、また踏み込んで加速。時速一〇〇キロは出ているかも……!
なんとか間に合わないかな……!
「ボルカちゃん。大丈夫?」
「ああ。まだ魔力には余裕がある。何か策はあるか?」
「うん。やる事は同じ。次は右に行って」
「あいよ」
ティナを出し、動きを観察。もう私達から視線を外して仲間達の方に行く事はしないよねきっと。
だから更に速度を上げ、目的地へと突き進む。どうか気付かれませんように!
「テメェらの場所には、とっくに気付いているよ!」
「……! 早っ……!」
「身体能力もさることながらヤベーな!」
すぐ後ろまで引き寄せられちゃった。
バロンさんは石ころで牽制し、木々を倒壊させながら口を開く。
「テメェらの移動は火だろ!? 森ン中で火ィなんざ使ったら匂いや焦げ跡が残って目立つだろーが!」
「……っ」
炎の移動は速いけど、残す痕跡も多い。
だから距離を置いてもすぐに見付かっちゃう。
私はボルカちゃんに次の指示を出した。
「そこから感覚でいいから三百メートル進んだらまた右! そして更に五百メートルくらい後に右でお願い! そしたら後はひたすら真っ直ぐ!」
「右、右、直進だな。OK。ティーナはセンパイの足止めを引き続き頼む!」
「うん!」
作戦を伝え、加速して数秒後に右へ。
次に曲がるよりも前に私はママに魔力を込め、新たな植物を生み出した。
「やあ!」
「蔦か?」
「蔓です!」
それは単純な蔓。だけど強度はお墨付き。サルナシというキウイに似てる植物の蔓。
それを複数放出して魔力で強化。鉄のワイヤーにも比毛を取らない強度だよ! バロンさんの腕に絡め、逆に私達から離れられないようにした。
「“急成長”!」
「これで一方的に仕掛けるつもりか!? オレの方も条件は同じだ!」
周りの木々を集め、通り過ぎる速度を計算して丁度バロンさんの時にぶつかるよう調整。
彼女は蔓を更に巻き付け、木々を破壊しながら私達との距離を一気に詰め寄った。
「ボルカちゃん! 次!」
「ああ。右だな!」
そして方向転換。曲がる余波で繋がれたバロンさんは周りの木々にぶつかるけど、木の方が逆に壊れてしまう。
本当に頑丈な体だね……。立派に育った木の方が脆いって事だもん。
「何処へ行こうと同じ事! 捉えた!」
「“リーフガード”!」
「葉っぱに何が出来る!」
「「……ッ!」」
蔓を引かれ、バロンさんが一気に目の前に躍り出る。そのまま魔力で強化された拳が放たれ、私は魔力強化した葉で守護。
だけど衝撃までは消し去れず、鉄の味が混ざった空気が嘔吐感と共に口から漏れ、私ごとボルカちゃんも殴り飛ばされた。
「……ボルカ……ちゃん……後少し……上……」
「っああ……!」
「……!」
そして私は──作戦の成功に安堵する。
「薔薇の道……!? さっきの場所に来ていたのか……!」
──私とボルカちゃんは軌道を修正し、上下左右から敷き詰められた茨の道を抜け、パンチ直後で体勢を変えられなかったバロンさんだけが時速数百キロで鉄の硬度を誇るトゲに全身を切り刻まれる。
褐色の肌に切り傷が付き、過ぎた頃には全身から血を流して膝を着いていた。
「……ッ! まさか……あの速度で移動しながらこの範囲に戻ってこれたのか……? 一体どうやって……」
「……っ。ふふ、ティナの力だよ……ティナが目で見て位置調整しただけ……」
「あの状況で……。……! その人形……」
これはティナの功績。だけどティナは私で私がティーナでティナ。だから私の功績という事にして隠しながら話す。
方法は簡単。上空からティナに“私達”の動きを観察させて下方に広がる炎から位置を把握。そのまま茨の道へ誘導しただけ。
感覚共有の事は言っていないけど、戻したティナから気付かれちゃったかな?
「……そ、そうか……その人形にどうにかして自分達の位置を分かるように……」
「どうだろう……ね……」
視界がボヤけ、急激に意識が遠退く。バロンさんだけじゃなく、私達にもダメージは蓄積してたみたい。
特にボルカちゃんは何回か重い攻撃を食らってるもんね……。魔法の守り越しでこのダメージ。良くて相討ちってところかな……。
「……ッハ……見事だよ……中等部コンビ……」
「センパイも……ね……」
「ぁ……もう……ダメ……」
何となく分かる。自分の意識がなくなる瞬間。眠る時とは全く違う。ママが─くなる時もこんな感じだったのかな……。
ううん。何を言ってるんだろう……ママはずっと私の隣……。
『…………』
あれ……今は何もしゃべらないでただのお人形さんみたいに倒れているけど……ママにもダメージがいっただけだよね。だってママは元気だもん。悪い病気との勝負に勝ったんだもん……。そう……きっと……。
朦朧とする意識の中、その感覚が私の中から途絶えた。




