第百六十幕 新人代表戦・個人の部・決着
自分達が戦っていた相手を倒したレモンさんとシュティルさんは互いの位置を見定め、一気に駆け抜けて距離を詰め寄る。
レモンさんは草原を走り抜け、シュティルさんはコウモリのような翼を広げて森の中を低空飛行。
両者共に風を切って突き抜け、森と草原の中間の位置で鉢合わせた。
「はっ!」
「ふっ!」
出会うや否や木刀と掌が正面衝突を引き起こす。
それによって生じた衝撃波はまたもや草原を刈り、シュティルさんが掌でそのまま木刀を掴んで引き寄せる。同時にレモンさんへ蹴りを打ち付け吹き飛ばした。
レモンさんは転がるように飛ばされたけど、片手を地面に付けて跳躍。その反動で立ち上がって向き直る。
「……っ」
「近接武器を使わねばならぬからな。そう言う相手はやり易い。武器を奪えってしまえば成す術が無くなるのだから」
「そうか。しかし、武器を完璧に扱うには己の体を鍛える必要もある。生身でもやれるとは思わぬか?」
「言うて人間の範疇。混血と言う訳でも無かろう」
「それは違い無いが、純人間の最高到達点は現時点でイェラ・ミール殿。あの方なれば主にも勝利を収める事は容易い所業。故に、教授して貰った私もまた然りだ」
「確かめねば分かるまい」
木刀は取られちゃったけど、元々鍛えているから大して影響が及んでいる様子でもないみたい。
と言うかイェラ先輩に教授を受けたって……前のパーティーの時に少し戦っただけだけど、それで大丈夫なのかな?
「見せてやろう」
「……!」
その不安は杞憂に終わった。
踏み込んだレモンさんは掌底を打ち付けてシュティルさんの体勢を崩し、卍蹴りで側頭部を打ち抜く。
そのまま姿勢を戻して駆け、顎下に打ち上げ掌底を放って浮かせ、後ろ回し蹴りでその体を吹き飛ばした。
飛ばされたシュティルさんは森の方へ行き、レモンさんは衝撃で離した木刀を手に取り後を追う。私達は森の方のモニターに視線を移す。
「成る程。確かに純血でありながら普通の人間とは違うようだ」
「かつては人間が世界を支配していたらしいからな。単純に数が多いだけで魔族・幻獣・魔物を掌握出来る訳も無かろうて。即ち、鍛えればその分強くなれるのがこの世界の理よ」
「それもそうだな」
飛ばされたシュティルさんはそのままコウモリの翼を広げて空中を移動。その後を追うレモンさんは三角飛びで樹から樹へと渡り、空中のシュティルさんを叩き落とした。
荒い形で着地したシュティルさんは翼を格納し、近くの樹へ触れる。
「元より、数の差なれば単体でも何とかなるものだしな」
『『『…………』』』
「樹が……ティーナ殿のような事を出来るのか」
「あれ程までに規格外な事は出来ぬ。少しエキスを与え、操っただけに過ぎない。私はヴァンパイアだからな。生命なれば動植物問わず基本的には操れる。とは言え、契約や主従関係によってやれるかどうかの有無はあるがな」
触れた樹は脈打ち、メキメキと音を立てて動き出した。
確かにヴァンパイアは生物を操る力がある存在だけど、それって植物にも適用されるんだ……。
動き出した植物はレモンさんを取り囲み、彼女は木刀を振り抜いて一薙ぎでそれらを粉砕。距離を詰めて仕掛け、シュティルさんは跳躍して樹の上へと回避。その樹を一瞬で駆け登り、柄の部分で顎を打ち即座に持ち替えて上身の部分を叩き付けて突き落とす。
「私の僕達が一瞬で退場してしまったな。足止めも叶わなかった」
「量産兵と言うのはそういうものだろう。薙ぎ払れるのがオチだ」
シュティルさんが粉塵の中から膝を着く形で現れて立ち上がり、レモンさんは直ぐ様接近。木刀を横に払い、シュティルさんは仰け反るように避ける。
そのままの体勢でグルン! と身を捻り、回転によって威力を上げた拳を振るう。
レモンさんの髪に掠り、数本の毛が抜ける。次の瞬間には木刀と脚が激突してまた押し合いが発生した。
「ヴァンパイアの特性と言えばそうだが、気色悪いな。粘土が如く体の形も自由自在なのか?」
「ある程度はな。厳密に言えば骨や内臓を傷付けているが、持ち前の再生力でカバーしているに過ぎん」
「良い体だな。再生力が高くて無理な動きも可能になっている」
「まあ悪くはないな。寝違えたり筋肉痛になる心配も無い。日光に弱いのが難点だが、公の場には数日は持つ遮断のクリームを塗ってなんとかしている。住居は元々日の当たらぬ場所だしな」
「フッ、私の国とは真逆だ。日の下は太陽信仰の国。まあ宗派は絞らず、神仏を信ずるも信じぬも自由の何でも御座れだが、日の当たる場所が多い」
「ヴァンパイアには生きにくい場所だ」
「だが、そろそろ桜の花が見頃の季節。どうだ? 試合が終わったら一つ花見にでも」
「フム、そう言った場は嫌いじゃない。検討しておこう」
押し合いの最中にも関わらず、雑談染みた会話を執り行う。
その会話中も互いに鬩ぎ合っていたりとよく体力が持つなぁと思う。
そしてヴァンパイアのシュティルさんは特殊なクリームを塗って日の当たる場所に出ている事も分かった。
便利な世の中だねぇ~。
「さて、軽い口約束も終えた。続きと……いや、終わらせに掛かろうぞ」
「奇遇だな。私も丁度そう思っていた」
それだけ交わし、両者は力を込める。
終わらせに掛かる。もう決着を狙っているみたい。確かに長引くと回復しないレモンさんが不利になっちゃうもんね。
会場も息を飲んでその顛末を見届ける。
「……!」
「……!」
無言で駆け出し、木刀と腕が幾度目かの衝突を引き起こす。
互いに距離を置き、刹那の間隔で攻防を繰り広げる。
木刀にて側頭部を打ち抜き血が流れ、掌が掠って念力で吹き飛ばされる。しかし互いに倒れる気配は無く、更に速く鋭く鬩ぎ合う。
「傷の程を思えば君の方がダメージが蓄積、継続するように思えるがな」
「フッ、それは再生してから考えてみよ」
「……!」
頭が再生し、なぜかシュティルさんの方がフラついた。
傷口だった場所に触れ、彼女は理解したように小さく笑う。
「そうか。血と再生の過程でクリームが剥げてしまったか……」
「ご丁寧に説明してくれたお陰よ。まあ、遅かれ早かれではあったがな」
「まあ、後々普通に気付く事だろう。それを狙ってくる輩も少なからず居たが、そもそも私に攻撃を届かせる事が可能な者の方が稀だからな」
受けた傷口が再生したからこそ、そこに塗ってあった日光遮断のクリームは取れてしまう。血でも少し落ちちゃうと言う、それを狙っての攻撃。
昼間に戦闘があればそんな感じで対策が出来るんだ。今後戦う機会もあるかもしれないし、参考になるかも……!
「此処からは一撃一撃の重みが違う。どちらが耐えるかの立ち合いと行こうぞ」
「望むところだ……!」
両者は一息吐き、一瞬で互いに一撃を与えた。
シュティルさんの掌がレモンさんの腹部に当たって衝撃波が突き抜け吐血し、木刀による一撃が頬を砕いて再生。日光によるダメージで煙が立ち上る。
そう言った攻防の繰り返し。打ち、突き、放ち、吹き飛ばす。一撃を確実に与え与えられ、確かな傷となる。余波で木々は砕け、地面には穴が空く。
両者は大地を踏み砕き、顔が数センチの距離まで近付いた。
「これで──」
「──終わりだ」
胴体が打ち抜かれ、シュティルさんも吐血。再生していても血は流れるんだね。
レモンさんの顔には掌があり、衝撃波が脳天を突き抜けた。
互いに少しだけ動きが止まり、前のめりに倒れる。両者の顔と胸が軽く当たってうつ伏せ、そのまま動かなくなる。
ど、どうなったんだろう……。
「……あ……」
次の瞬間、先にレモンさんが転移。シュティルさんの体が再生し、数秒後に転移した。
つまりこれは──
《──勝者ァァァッ!! “神魔物エマテュポヌゥゥゥス”ッ!! シュティル・ローゼ選手ゥゥゥッッ!!! なんとなんとなんとォォォ!!! 僅か数秒!! たった数秒の差による、両者譲らぬ戦闘の末に決着とォォォ!! ンなりましとぅあァァァッッッ!!!》
「「「どわああああああああああァァァァァァッッッ!!!!!!!!!」」」
「「「うおおおおおおおおオオオォォォォォォッッッ!!!!!!!!!」」」
『『『グギャアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!!!!!』』』
『『『キュオオオオオオオォォォォォォンンンッッッ!!!!!!!!!』』』
一際大きな大歓声が会場を包み込む。
これにて試合の決着。レモンさんとシュティルさんによる互角の激しい戦い。それは数秒の差により、惜しくもレモンさんが敗れてしまうのだった。
スゴく白熱した戦いだったよ!




