第十五幕 初試合
──“ダイバース会場、観客席前”。
「「「わあああああっっっ!!!」」」
「……!? ……わぁ……」
転移するや否や、聞こえてきたのは盛大な歓声。……って、どういう事なの……?
お客さんくらいは居ると思うけど、思った以上に多い……!
観客席の前には映像伝達の魔道具からなるモニターが展開されており、そこには今回のステージとなる場所の様子が映っている。全方位からお客さん達が見れる構造で、会場の出入口には売店とか色々あった。
なに……コレ……?
「フフ、気圧されてるわね。無理もないわ。これ程のお客さんに見られる経験なんて無い筈だもの」
「少し多過ぎませんか……? プロとかの試合じゃなくて学生の練習試合で……」
「そうね。けど此処ではこれが普通よ。まだ入部は決まっていないとしても、将来的に大スターが生まれるかもしれない。そして魔専アステリア女学院はプロの排出率が高かったり、別の分野での魔法業に置ける功績が大きかったりする。……だから将来を期待して観戦する人は多いのよ。元々ゲーム自体が一大イベントですものね」
諸々の理由からなるお客さんの数。それにしてもスゴい……。
見れば何らかの記録を取ってる人も居るね。ダイバースだけじゃなくて他の業界からスカウトが来たりしてるんだ……。
後はライバルになりそうな人達とかかな。
「……っ」
「緊張してんなー」
「ボ、ボルカちゃんは平気なんだ……」
「まあなー。幼少期とかに試合を見たりしたし、こうなる事は把握済みだからなー。元々プレッシャーとか気にしないタイプなんだアタシは」
ボルカちゃんは本当にスゴいなぁ……。私もこんな胆力が欲しい。
私も頑張らなきゃ……!
そして私達はまず舞台的な所に呼ばれた。
『ご来場の皆様、お待たせしました! それでは今回の参加者を発表しまーす!』
「「「わあああああああ!!!」」」
アナウンスと共に私達へ再び大きな歓声が向けられる。
司会者まで居るんだ……。本当に大きな影響が及ぶんだね……。軽い気持ちで参加したのが恥ずかしいよぉ……。
『えー、その前に今回参加予定だった二人は用事により不参加となります』
「「「えええぇぇぇえええ……!?」」」
不参加の二人。私達と一緒にやる予定だった人達だね。それについてお客さん達は落胆し、司会者はマイクを天に掲げて話す。
「しかァし! そんな皆様に朗報です! なんとなんとなんとォ! あの魔専アステリア女学院理事長の娘にして生徒会長! その他多数の役職に付いているダイバース部の部長、ルミエル・セイブ・アステリアさんが参加する事になりましたァァァッ!!!」
「「「どわああああああ!!!」」」
「ひっ……!?」
ルミエル先輩の参加により、落胆していたお客さん達が一気に盛り上がって場が沸き立つ。
スゴい人気……。先輩ってホントにどこまで顔が広いの……?
『彼女だけじゃありませんよ! 今回のルールはチーム戦! アステリア女学院からは期待の新星である新入生二人、ティーナ・ロスト・ルミナスさんとご存知の方も居るでしょう、ボルカ・フレムさんの参戦だァァァ!!!』
「「「わあああああああ!!!」」」
「「「ヒュー! ヒュー!」」」
私達の紹介があり、また盛大な歓声が上がった。
私はともかく、ボルカちゃんもこんなに有名人なんだ……。学院内だけじゃなくて全国区に顔が広がってるなんて……。
『対する“アテナロア学園”からは“闘王”の異名を持つ強き女性、バロン・ノヴェルさん! 及びそのチームメイトが──』
そしてバロンさん達の紹介が。
学校名は数千年前には実在したとか言われるオリュンポス十二神、学芸や戦いの女神“アテナ”が由来なんだね。
けどバロンさんってそんな学園で闘王って呼ばれる程の人なんだ……。これってかなり強いんじゃ……。
うぅ……もっと不安になってきた。
「さ、控え室に行きましょうか。二人とも」
「は、はい……!」
「はーい」
「クク、お前を倒してやるぞ! ルミエル……!」
「お手柔らかにね」
紹介が終わり、私達は一度控え室へ。
内装は余計な物が置かれていないシンプルな感じ。盗聴や盗撮の対策もしっかりと施されている安心設計。シャワーやトイレみたいなスペースも完備していて至れり尽くせりだね。
控え室内では時間制限があって、作戦会議出来る時間も限られてる。だけど既に昨日の時点で作戦的な物は決まっているし、後は相手の出方を窺って立ち回るだけ。
一日だけだけど特訓もしたし、臨機応変にやっていこう!
「さて、実は昨日の作戦は四人での立ち回りだったけど、三人になってしまったわね。けど大丈夫。やる事は変わらないわ。元々少人数でも数が増えてもやれるような作戦だったから」
「ちゃんと考えているんですね……」
「ふふ、そうね。風邪引いたり家庭の事情で参加出来なくなるというのは少なくない事態なの。だから戦略を練る時は誤差数人でも成立するような作戦を考えるようにしているわ」
昨日の前提だと複数人でのものだったみたい。サプライズ的な感じにしたかったから私達には教えられなかったんだね。
だけど特訓も私達二人だけで行えるような事だったから、数の調整は簡単なんだって。
「じゃあ改めて──」
それから今回の戦法が伝えられる。
三人というのは少ないようで実はあまり不利じゃないみたい。
そりゃ数十人とかが相手だと大変だけど、それぞれの役割分担が綺麗に適うから今回みたいな一人二人の差なら問題無いらしいね。
「──さて、ステージに上がりましょうか」
「「はい!」」
作戦会議が終わり、今回の舞台となるステージへ。
転移の魔道具は控え室に置かれているのでそこから移動可能。ルミエルさんの指示の元、時間が来たら触れてテレポートした。
*****
──“ステージ・森と川”。
「わあ……」
転移し、涼しい風に当てられた髪の乱れを抑える。
目を開けるとそこには視界いっぱいの深緑が広がっており、ザアザアと風によって葉の擦れる音が聞こえてきた。
涼しげな風が運ぶのは微かな木の匂い。
視界の端から端までを染める緑の景色は目に痛い程で、射し込む木漏れ日で一瞬目を眩ませた。
その光景に思わず見とれてしまうけど、いつまでも惚けていられないと気を取り直す。
「ここが今回のステージ……!」
「ええそうね。シンプルな作りの森と川ステージ。ここに川は見えないけど、耳を済ませばせせらぎが聞こえてくるでしょう?」
「本当だ……」
目を閉じて済ませれば遠くで川が流れているのが分かった。
おっと、また気を抜いちゃった。ここは既に戦地。気を付けないと。アテナロア学園の人達はもう動き出していると思うし、私達も行動を開始しよう。
「それじゃ作戦通り、ティーナさんとボルカさんのツーマンセルで動いて頂戴。私は単独で囮と陽動を引き受けるわ」
「はい! 気を付けてください!」
「貴女達も気を付けなさい。バロンさんは強敵よ。まずは場所を確認したいからティーナさん。お願いね」
「分かりました!」
二手に分かれての行動。それも作戦の一つ。罠を張る時間もないから出たとこ勝負になりそうかな。
本来なら私とボルカちゃん。そして来る予定だった二人のチームになる筈だったけど、急用が入っちゃったなら仕方無いよね。私が頑張って先輩の負担を少しでも減らそう!
私はティナを取り出し、視覚と聴覚を結合させた。
「お願いね。ティナ」
『うん! ティナに任せてよ!』
魔力の糸を伸ばし、ティナを先行させる。
相手の動向はティナで窺う方針。感覚共有があるからその場から移動しなくても情報を集められる。そして私達が動けば更に広い範囲が分かる。
まずはグルッと見て回るのが良いよね。文字通り!
「……! 左方向四〇〇メートル先に一つの人影が見えたよ! スゴい速さでこっちに来る!」
「それならバロンさんね。野生の勘と魔力による身体強化は凄まじいもの。影が一つという事は彼女が一人だけと考えた方が良さそうね」
「そうみたいです。上空から探してますけど他の人影は……あ、右方向に大きく旋回する三つの影がありました!」
「向こうの分かれ方もアタシ達に近いみたいだな。一人を陽動で、挟み撃ちの形で攻めてくる感じか。……どうしますか? 先輩」
「やる事は変わらないわ。なるべく有利を取れる状況で試合を運ぶ。貴女達は少し危険だけどバロンさんの方へ。私は三人の方に行くわ」
「一人でですか……」
「大丈夫よ。問題無いわ♪」
微笑んで返すルミエル先輩。
感覚共有でいち早く相手の位置を見つけられたのはいいけど、一人で三人も相手をさせるのは少し思うところもある。
だけど先輩は自信があるみたいだし、そう言う作戦だから引き留める訳にはいかない。
「それじゃ、作戦通り」
「はい……!」
「うっす!」
そして私達は別々に分かれて行動を起こす。
ティナは私の元に戻し、先程見つけたバロンさんの方に意識を向ける。結構な速度で向かってきていたし、四〇〇メートルくらいの距離ならすぐに詰め寄られるかな。
「なんだ。ルミエルじゃねェのか」
「……! 思ったより速い……!」
「こりゃ強敵だな……!」
警戒した直後に死角から回り込まれた。
途中で方向転換してこっちに来たみたい。反応が少し遅れちゃったけど、ボルカちゃんと背中合わせで待ち構えていたから対策は出来てる!
「オレの位置を知っていた? 探知系の魔法が使えんのか」
「教えてあげないよ! “ファイアボール”!」
「触媒は手……魔術師か……!」
ボルカちゃんは片手に込められた魔力を炎に変換し、バロンさん目掛けて投げるように放つ。
それを彼女は手で払い除けるように消し去り、その腹部に蹴りを突き刺した。
「……ッ!」
「ボルカちゃん!」
「まずは一人だ!」
蹴り飛ばされ、木々を薙ぎ払いながら遠方へ。
炎魔術を扇ぐだけで吹き消すなんて……。確かに手で扇いでも風は来るけど、なんて威力……!
「そして二人目!」
「ママ!」
『ええ。ティーナ』
「……!」
ママに魔力を込め、全方位に大木を生やした。
私を囲うように木々が出現し、バロンさんの拳をそのまま防いでその体を弾き飛ばす。
「なん言ー強度と成長性……そしてその魔力出力……! しかも高難易度の複合魔導である植物魔法……!」
弾かれたバロンさんは後方に回転しながら着地し、私は追撃するように無数の木々を嗾ける。
それらは拳で砕かれ、足で払われる。けどまだまだ打ち込み、前方に伸びる摩訶不思議な木の道が作られた。
「ど、どうかな……」
『質量で一気に押し出したけど、抵抗は続けていたものね。多分意識も保っているわ』
ママの言葉に頷く。
普通の人にパンチで大木を壊す力は無いけど、バロンさんは一線を画していたもんね。
魔力強化による攻撃だとしても他の人より圧倒的に強い。つまりまだ動けている。
次の瞬間に迷路は破られた。
「ハッハァッ! ルミエルと戦いたかったが、思わぬ収穫があるかもなァ!」
「やっぱりピンピンしてる……」
『油断は出来ないわね』
「うん……ママ……」
「何を一人で会話しているのか分からねェが、楽しめそうだ!」
一人……? 何を言っているんだろう。ここにママが居るのに。あ、そっか。声を聞いてないからお人形さんと話してるだけに見えるんだね。
元々ママの事は言わないようパパに言われてるし、その方がいいのかな?
直後、突き抜けるような火炎が横切った。
「……!」
「ハッ、流石は有名なボルカ・フレム。蹴り一発じゃ沈まねェか!」
「まあね。他校のセンパイ……!」
放ったのはボルカちゃん。ちょっと傷付いているけど、動ける範囲の負傷みたい。
私も改めてママに魔力を込め、バロンさんに向き直った。
「これならちったァ楽しめそうだ。さあ、やろうぜ!」
「うっ、スゴい威圧感……!」
「女の子ならもう少し言葉遣いに気を付けなよ。センパイ」
「ルミエルみたいな事言うなよ!」
「言われた事あるんだ」
「まァな……!」
つまらなそうな表情から一転、女の子らしくない獰猛な笑みを浮かべて高らかに話すバロンさん。
私の初めてのダイバース。勝てるかどうか以前に無事でいられるかな……。