第百二十九幕 不思議な楽園
「取り敢えず進んでみっか」
「うん……あ、念の為に目印として植物魔法を張っておくよ」
「賢明ね。よく分からない土地、何かしらの目印は必要だわ」
「柔らかい土ですわね」
「やや霧掛かってるな」
普通ならこのまま引き返す方がいいんだろうけど、何を思ったか私達は前へ進む事にした。
本当になんでだろう。元来た道を戻ると言う発想は浮かばなかった。
雲の道を進んで少し、目の前には大きな鳥居が佇んでいた。
それじゃここは神社とかそう言う場所なのかな?
「道なりは此処に通じてるけど、行くか?」
「行くしかないよね」
「一応鳥居の潜り方にも作法はあるわ」
「そうですの?」
「ウラノ殿はよく勉強しているな。入る前に一礼し、真ん中は通らず端を行く。地域差はあるが、それが基本的な作法としてある」
「「「へえ~」」」
ただ通るだけじゃなくてちゃんとした作法もあるんだね。
私達は言われた通り一礼し、端を通ってその中へと入る。霧が濃い道だけど、どこからか音楽のような音が聞こえてきた。
進むにつれて次第に霧が晴れ、目の前には大きな橋がある。そこに踏み入った瞬間、音がよりハッキリ聞こえる。
「な、なんだろう……」
「祭りか?」
「確かにヒノモトで祭りの際に使われるような音だな」
タンタンタタタン太鼓の音、ピューピューヒョロロと笛が鳴る。
そして提灯ぶら下がり、大きな文字が迎い出た。
静寂だった道は一瞬にして賑わいを見せ、辺りには和服姿の人々が道を行き交う。
何故か全員半透明だけど、それまた何故か気にする事は無いと思ってしまった。
和服の男性、和服の女性。そして白い化粧をした人も居た。
辺りの木々や草花は音で揺れ、人が行き交う風圧で揺れる。
「なに……ここ?」
「突然人が現れたように見えたな」
目の前に現れた、沢山の人達。
辺りは喧騒に包まれており、徳利にお酒を注いだりお団子を食べたり桜の花が散っていたり、今の季節では有り得ない世界が広がっていた。
不思議な場所。私達はそこを歩み行く。
「おや、こんな所に珍しいお客様だな」
「本当だ。ヒノモトの方から迷い込んで来たみたいだ」
「ヒノモトの方にはクシナダ様が赴いていたな」
「付いてきてしまったと言う訳か」
「これは難儀な。とは言え、表世界からの来客は久し振りだ」
「今でも交友があるのは唯一魔物の国に残ったエ……っと、今はエルマさんだったか。彼女だけだからな」
「子孫は残っているけどね~」
「実績を思えばあの子達も後々此処へ来る事になるだろうね」
な、なんかよく分からない会話がされている……。
何これ……夢? でも別に何がどうと言う会話は聞こえて来ず、私達が久し振りの来客と言う事だけが分かった。
取り敢えず警戒はされていない。歓迎ムードって程じゃないかもしれないけど、結構受け入れられているね。
「ボ、ボルカちゃん……」
「楽しそうな雰囲気はあるけど、それはそれとして色々ありそうだな」
「つまり何があるんですの? しかし、色んな方達に見られておりますわ……」
「けど変な会話。私達とは別次元で話しているみたい」
「服装はヒノモトの者達に近しいが、見覚えの無い存在だ」
見られているだけで私達に何をしようと言う気もないみたい。
そもそもで一瞥だけしてすぐに視線を変えているもんね。本当にただの通りすがりって感じ。
「折角の目出度い日だ。お嬢ちゃん達も一緒に飲まなーい?」
「え? マジすか。いただきまーす!」
「ちょっとボルカちゃん!?」
「アッハッハ。景気が良いねー」
するとお姉さんっぽい人が私達を誘う。けど流石に知らない人から物を貰う訳にもいかないし、ここはボルカちゃんを止めた。
悪意は感じないけど、不可解な事が多過ぎるもん……。
そのお姉さんの付き添いの人も彼女を止めていた。
「ちょっと、此処の飲食物は……!」
「おっと、そうだった。まだ早いか。ごめーん。やっぱり今の無しで!」
「……? ウーッス。なんだったんだろうな?」
「さ、さあ……ボルカちゃんの知らない人にもガンガン行ける性格は良いけど、流石に今回は落ち着こうよ……」
「それもそーだな。悪い悪い」
結果的に何も食さず何も飲まず。あの様子からしてもその方が正解だったみたい。
本当になんだろう。みんなニコニコしてるし、雰囲気も景色も良い。なのにずっと違和感が消えない。
そこにまたお姉さんが話し掛けてくる。
「それじゃあさ、一緒に話さなーい? 多分キミ達初めてでしょ? 色々と教えてあげるよ!」
「怪しさしかないけど……」
「悪意も無いんだよな~」
「それに、何も分からないのは事実ですわ」
「悪い人でも無さそうね……」
「行くしかないか。いざという時は斬り伏せよう」
「狂気の発想ですわ!?」
知る為には近付かなきゃならない。なので私達はその女性の元に近付いてみる。
女性は座る場所を空け、私達を入れてくれた。
と言うかこの服装……。
「何と言うか……スゴい薄着ですね……」
「そう? ふふ、でもこの方が踊りやすいんだ。私巫女とか踊り子やってるから」
「そ、そうなんですね……」
その女性の服装は布面積が薄い物であり、胸元が大胆に開いている。布の下に見える肌の色からはその豊満な肢体が透けて見えており、目のやり場に困るような格好だった。
踊り子だから踊りやすいとは言うけど、それとこれとはまた別な気がするんだけどなぁ。踊ったら絶対こぼれちゃうよね……。
「それで、見るからに怪しい私の誘いに乗ってくれたって事は聞きたい事がそのデメリットを上回ると言う訳だ。それはなんだい?」
「はい。それでは、ここは何と言う場所ですか?」
「地名を聞いているんだな? 此処は“高天原”だ」
「タカ……?」
「呼び方は媒体によって様々だ。好きに呼ぶと良い」
「は、はあ……」
この場所は“高天原”というらしい。
聞いた事無い地名で聞き馴染みも無い言い回し。日の下のそれに近いのかも。
これで地名は分かったけど、分かったところでどうしようもない。
「あの……自然と足がここに運ばれたんですけど、帰れますかね……?」
「大丈夫。此処に来てまだ何も口にしていないでしょ? だから問題無く帰れるよ」
「口に? 食べ物とかが関係あるんですか?」
「まあね。異界と言うのはそう言う物なの」
「異界……」
しれっとこの場所が私達の知る世界とは違う事が明かされた。
まさかね……って思いたいけど、周りの風景。そしてこの状況をなぜか受け入れちゃっている私達の感性から疑う余地が無かった。
「まさかアタシ達が異世界転生したとはな~」
「転生じゃ死んでる。転移……って程でもないわね。あの女性の後を追ったら迷い込んだって表現が正しいかも」
「なぜ落ち着いてられますの……しかし、私も変な感じはしませんわ」
「これまた面妖な。私もそう思ってしまうのがまた不可思議」
ボルカちゃん達もみんなが落ち着いている。この状況を変だと疑っている私の方が変みたい。寧ろなんで私は少しずつ落ち着きが無くなっているんだろう……。
これもまた不思議な感覚。
「……おや……金髪オッドアイのキミ……成る程ね」
「え? な、なんですか……!?」
「いや、色々と抱えているんだなって思ってね。まさか高次元の術すら干渉しない人間がまだ居たとは」
「……?」
何の事を話しているのか分からないけど、私が何か特殊なのかな?
そんな感じはしないけど……。感性も何もかも普通の人と変わらないと思うし。
「いや、まあこの話は置いておこうか。ちょっと重苦しい感じになっちゃったね。折角の年の瀬。祭りの夜。楽しく行こっか!」
「って、え!? 何をしてるんですか!?」
女性は急に立ち上がり、裳緒を解いてバッ! と着物をはだけさせた。
大きく揺れるそれが露になり、周りの人達はそちらに視線を向ける。
「いいぞー!」
「ハッハ! また舞ってくれるみたいだ!」
「よっ、高天原一の踊り子!」
周りには男性と思しき人も居る。なのに何の羞恥も無く脱ぎ捨て、クルッと一回転。
踊り子って言っていたけど、まさか、ええ!?
「ここで、裸で踊るんですか!? 貴女は……!?」
「ふふ、私は……そうだね。ウズメとでも名乗っておこうかな。さあ、踊るよ!」
はだけさせた着物を翻し、羽を動かすように舞う。
羞恥的な格好。傍から見たらなんてハレンチな行為なんだろうと思われる。けれどその動きにはそう言った印象を与えず、気付けば華麗な舞いに目を奪われていた。
「キレイ……」
「それに楽しそうだ」
「あんな格好ですのに……」
「舞踊……本場の物は初めて見たわ」
「可憐な動きだ。この手のプロでもこのレベルに達する事なんぞ……」
──跳ぶ、羽ばたく、回る。言葉で動きを表せば至極単純な物になるけど、その舞いは……何だろう。言葉が出ない。
極めた踊りはこのレベルになるんだね。
しばらく見惚れていたらその時間は終わっていた。
「はあ、楽しかった♪ どうだった? お嬢ちゃん達!」
「スゴく良かったです!」
「黙り込んじまったよ!」
「とてもおキレイでしたわ!」
「素敵な踊りだったわ」
「見事であった」
ウズメさんは着物をはだけさせたまま、運動した事によって少し顔を紅潮させて訊ねた。
私達の感想は全員が高評価。当たり前だよね。時間が過ぎるのを忘れる程の踊りだったもん!
「って、時間! 今どれくらいなの!?」
「此処の場所は現世と時間の流れが違うから大丈夫だよ。けど、確かにキミ達はもうすぐ帰らなきゃならないかもね」
「そうなんですか?」
「そう言うルール。功績があればまた此処に来れるかもしれないよ」
「功績……?」
「それもまた世界のルール。今度は聖域に来ちゃったりするかもね~」
「聖域って……」
ここの住人だけあってウズメさんは色々と知っているみたい。でも私は話に付いて行けない。それに加えて帰り道なんて分からないし……。どうすれば良いんだろう。
「帰り方が分からないって感じだね。大丈夫。振り返らずに来た道を戻れば元居た場所に着くよ」
「振り返らず……振り返ったらどうなるんですか……?」
「神隠しに遭うね。だけど……キミだけは助かるかもしれない。呪い……ううん。加護があるからね」
「加護……?」
呪いとも聞こえたけど、加護って言い直したね。それじゃあ悪い事じゃないのかな?
でも私だけ帰れても意味がない。みんなが一緒じゃないと。ここは素直に従った方が良さそうだね。
「ん? 帰るのか?」
「今の話からしてそうでしょうね」
「とても危険な状況な筈ですけれど、冷静に頭が回りますわ」
「面妖な」
「行こっ! ボルカちゃん! みんな!」
ボルカちゃん達は相変わらず冷静なまま。単純にみんながスゴいって事なのかも。だって私は気が気じゃないもん……。
念の為にママの植物魔法でみんなを繋ぎ止め、目印の方向へ行く。
「それがキミの……いや、キミ自身が……。確かに大御神様が言った通り、複雑な状態みたいだ」
「え……?」
最後にウズメさんが何かを話していたけど、振り返っちゃダメみたいだからそちらを見れない。
このまま私達は進み、また鳥居を潜り抜ける。瞬間、視界が白く染まった。
*****
「……あれ?」
「……此処は……」
──気付いた時、私達はヒノモトの裏路地に戻っていた。と言うより商店の前かな。
暖かい空気が一変、肌寒さが広がる。時間も同じまま。さっきのは何だったんだろう……。
「あれ……アタシ達、何やってたんだっけ?」
「さ、さあ……分かりませんわ」
「頭がボーッとしている……」
「ウウム、記憶が曖昧だな……」
「え……?」
戻ったけど、ボルカちゃん達の様子が変。まるで夢から醒めたような、そんな感覚。
前と同じだ……。でも私はこんな風にならなかったよね……。何なんだろう……何もかも分からないや。
「夢でも見てたみたいだ。ティーナが言っていたのってこれの事か?」
「ううん。少し違うかも……だけど……多分同じなんだと思う」
「……?」
「発言に矛盾があるけど……そうとしか思えない状況ね」
夢のような場所。高天原だっけ……。色んな人が居て、楽しそうだった不思議な空間。
どういう世界だったのか分からないけど、おそらく“楽園”と呼べる所だったのかな。
不思議な年末。私達は変わった年明けを過ごしたのだった。




