第百二十八幕 年の終わり
──“数日後・日の下”。
パーティーから数日経ったある日、私達はレモンさんの誘いで日の下の神社に来ていた。
なんでも年明けと言う概念を持ち込んだのは英雄よりも前の時代のヒノモトの偉人らしく、それによって数千年前から年末年始という事柄が行われるようになったとか。
世界に歴史ありだね~。
なので私達は発祥の地で国同士も近いからとやって来たのだ。
「来たか。ティーナ殿ら」
「あ、レモンさーん!」
時間帯は既に夜更け。日付が変わった直後にやるものなんだって。
私達を迎えてくれたレモンさんはヒノモトでの正装とされる“着物”を身に付けており、私達も今日買ったそれを着用していた。
「寒いね~。この着物って服、風通しが良くて今の時間帯には冷えるかも」
「一応冬用に厚手の物としているが、それでも寒いのは仕方無いな。そう言う季節。そこの屋台にて甘酒でも購入しようか」
「甘酒……って、お酒!? 私達の年齢的にお酒はちょっと……」
「案ずるな。禁止となる成分は入っていない。米麹や米を使った甘い飲料だ」
「そ、そうなんだ」
「なら安心だなー」
早速レモンさんに誘われ、甘酒を一口。ンクッと飲み込む。
「あ、熱っ!?」
「ふっ、確かに熱々の物が多いからよく冷まさなくてはならないな」
「あ、けどほんのりと甘くて美味しい……体も温まるね!」
「そうだろう? 匂いなどが苦手な者も居るが、そうでないなら身を温めるには良い物ぞ」
それはとても熱かったけど、美味しくもあった。
飲み物なのに食感もある不思議な感覚。だけど私は好きな感じ。
体を温めた所で今回の目的を達成しよっと。
「それで、ヒノモトでの作法はどんな感じなの?」
「お詣りだ。金銭を賽銭箱に入れ、二礼二拍手一礼をし、祈る。内容は自身の願いから神仏への労りと様々。そこの主によっては入れる金銭によって叶う願いの大きさも決まったりする」
「へえ……」
レモンさんの説明を聞き、私の脳裏には前に旅行に来た時、迷った出来事が思い浮かんでいた。
確かその時の巫女様も似たような事を言っていたなぁ。
そう言えば、あそこには神社は無かったけど、もしかして今ならまた現れていたりしないかなー。……なんてね。
「如何した?」
「あ、実は前に一度……」
「フム、それは面妖な」
ボーッとする私の事を気に掛けてくれたレモンさんに話してみる。
流石のレモンさんも心当たりはないみたいだね。
その後、私はお金を入れて言われた通りの事をした。ボルカちゃん達も同様。私のお願い事は“みんなと楽しく過ごせますように”。
そして一通り終わった辺りでレモンさんは口を開いた。
「ティーナ殿。宜しければ先程の話題に挙げた場所へ案内してくれぬか? 何故か無性に気になるのだ」
「別にいいけど……ボルカちゃん達は?」
「アタシも構わねえぜ! 確かに気になるしな!」
「私もですわ! ティーナさんがお会いしたと言う巫女様にも会ってみたいですもの!」
「私も。神社仏閣には興味があるわ。前にティーナさんが居た場所には何もなかったけれど、魔力によって隠されている可能性もあるものね」
明日も部活動はお休み。なので私が前に来た場所へ行ってみる事にした。
と言っても一回来ただけだから詳しい場所は分からないけど、何となくの感覚で赴く。
「この通りを行った記憶はあるような……うーん、きっかりしてるのに何か複雑な道筋……。しかもスゴく薄暗い」
「城下町は碁盤の目と言う在り方を採用していてな。基本的に直線だが、曲がり角は多かったりするんだ。それに街灯は少なく、灯籠の明かりくらいしかない。だがこの辺りの地形はよく知っている。大凡のヒントをくれれば推察して見せよう」
「そっか。えーと、確かそこにあったのは」
朧気な記憶を探り、覚えている事は全てレモンさんに話す。
その記憶を頼りに碁盤の目と言われる道を進み、前に来た商店へと辿り着く。流石に今の時間帯にはやってないけどね。
「この辺り……このお店の方向に石の階段があって、向こうに見えるさっき居たのとは違う神社があったの」
「フム、此処が昔神社だったとは聞き覚えがないな。そも、神社なれば一商店を建てる為に崩さぬと思うが……」
あるのは前にも見た普通の商店。
けど確かに神聖な場所はそう簡単に崩さないよね。それに、山の上の神社だったから土とかに名残くらいはありそうだけど、そう言った物も見当たらない。暗くて見えにくいのは前提として、その上で手掛かりは無しかな。
「まあいい。無いなら探れば良いだけ。裏手に回るとしよう」
「か、勝手に入っちゃって良いの……!?」
「大丈夫だ。幼少期はよく町の裏道を出入りしていた」
「幼少期って……私達からしたら五年くらい前じゃない……? それにそんな理由……」
「ま、レモンが良いって言うんだし行こーぜ」
「そうですわ! 知的好奇心が唆られますの!」
「あまり気が乗らないけど、仕方無いわね」
「ウラノちゃんまで……。いいのかなぁ……?」
不安はあるけどレモンさんに付いていく。心の中でお邪魔しますとは言っておいたよ。
互いの姿がなんとか、辛うじて見えるくらいの暗さがある裏路地の軒下を通り、そのまま開けた場所へ。あっさりと通り抜けたけど、
「特に変わった物は無いな」
「そうだね。他の建物があるだけ。しかもスゴく狭い……」
「この場所の地図を見ても変わった所なんてないものね」
「いつのまにそんな物を……あ、私照らしますわ」
「ま、それを見たって言うティーナ自身が気のせいって考えてたり、何のあても無いのはそうだしな」
「うん。時間が巻き戻ったり明らかに現実じゃない感じと言うか、ボーッと歩いていたから夢でも見たんじゃないかなって」
そこには何もなかった。あるのは普通の壁って感じ。
小さな光魔法で照らした地図にある表記以上の物は無く、おかしな点も何も無し。実際の所、夢としか言い様がないような感覚だったもんね。
ここに居ても何も起こらないので帰ろうとした時、足元に置かれた物が目に入る。
「あれ……これ、なんだろ?」
「割れた……陶器?」
それは陶器のような何かが割れた物。
捨てられた物だとして、場所を思えば別に不思議じゃないけどそれは随分と古い代物だった。
土や泥の汚れ以外にも欠けたような形跡があったり、そもそも形が崩れた状態からして何年も経過しているような感じだ。
「とても古い代物ね。少なく見積もっても数百年以上経ってるわ」
「数百……何年どころじゃなかったんだ……」
「あくまで私の見立てよ」
「でも私より慧眼だから信憑性は高いよ」
本当に何百年も経っているんだろうね。ずっとここに落ちていたのかな? 何百年分風雨に晒されてこの程度の損傷だけって言うのは変かもしれないけど、真偽は分からないや。
私達も私達でこの狭い裏路地の中、よく踏まなかったよ。結構密集してるもんね。
「ま、何にせよ、やっぱり何も無さそうだな。明日辺りヒノモトの博物館にでもこの陶器を持ってって鑑定でもして貰うか?」
「それが良さそうだね。ウラノちゃんも目が肥えてるけど、本職じゃないもんね」
「そうね。専門家には遠く及ばないわ」
「それではこのまま帰りますの?」
「残念ながら、それしかないな。不思議な神社。一度確かめて見たかった」
手掛かりかどうかはさておき、年代の古い陶器は見つけたのでこれを鑑定してみる事になった。
これで私達の年末は終わりを迎え──
「──失礼します。その古びたお猪口ですけど、お返しくださいませんか?」
「……え?」
「……いつの間に……!?」
瞬間、お淑やかな女性が話し掛けてきた。
頭には簪のような物をしており、サラサラの黒い長髪。穏やかな表情で豪華な着物を身に纏っていた。
呆気に取られた私達はその人をボーッと眺め、女性は困り顔で言葉を続ける。
「あの……聞こえてますか? 返してくれませんか?」
「え? あ、はい。すみません。貴女の物だったとは。家宝か何かですか?」
「ありがとうございます。そんなところです。夫の持ち物でして」
「旦那さんの……?」
普通に考えて、こんなに古い代物は代々伝えられた何かと推測するのが当然。
だけどこの女性は旦那さんの物って言う。骨董品とかを集めるのが趣味の人なのかな? それなら合点がいくね。
「随分と古い物ですね」
「ええ。では、本当にありがとうございました」
「いえいえ……」
ペコリと女性は頭を下げ、私達は手を振って見送る。礼儀正しい人だね~。
女性はそのまま暗闇の中へ。そこで私は違和感に気付く。
(……あれ……? なんであの女性の姿がハッキリ見えたんだろう? ルーチェちゃんの光魔法で照らせる範囲は周りに配慮して私達の姿が見える程度に弱めてあるのに……それにあの豪華な着物で裏路地に来た筈なのに……汚れ一つ付いてない……と言うかこの暗がりで照明一つ持ってなかった……)
それは、女性の顔のみならず表情までハッキリと見えた事。そしてこの狭い裏路地にあんな服を着てたのに汚れが無かった事。
改めて考えると不思議な事ばかりだよね……。
「あの……!」
「……あれ?」
呼び止めようとした時、既に女性の姿は無かった。
ボルカちゃん達も不思議に思ってるみたい。当たり前だよね。そもそもの話で今の時間に人が居る事自体が変。
今日が特別な日だからいつもよりは夜更かししている人も居ると思うけど、わざわざ今探す必要は無い筈。
周りの家から明かりは見えないから、どこか別の場所から来たのが明白だもん。
それを見届け、ボルカちゃんは弾んだ声で私の手を引いた。
「何かワクワクすんな。追ってみようぜ!」
「え!? 追うってどこに!?」
「そりゃ真っ直ぐ、あの人が行った場所にだよ!」
「えぇ……何か怖いよ……」
「大丈夫だって! アタシ達は強いだろ!」
「そう言う問題!? あ、ボルカちゃん!」
「お二人とも!? 行ってしまいましたわ……」
「行くしかなさそうね」
「確かに私としても気になるからな。それに二人だけと言うのは不安もある」
ボルカちゃんに手を引かれたまま闇の方へ。後ろからルーチェちゃん達の声も届き、私達を追うのが分かった。
本当に大丈夫かな……。
「なあ、なんか道なり長くねえか?」
「そう言えば……」
「もう数分間は走ってますわ……」
「影になってる建物の長さからしてもおかしな距離ね」
「流石に此処までは長くないぞ」
不安を抱えたまま進み、数分後。走っているにも関わらず行きの時より長い裏路地に違和感を覚える。
しばらく暗闇を進むと、夜には有り得ない目映い光が前方に入った。
「「……!?」」
「「「………!」」」
その光に包まれ、私達の眼前には見た事の無い景色広がっていた。
「……これって……」
「雲……か?」
周りにあるは雲のような地面。しかし草花も咲いており、確かな自然がそこにあった。
遠方には洞窟みたいな物があったりそもそも此処がスゴい高所にあるみたいだったりと不思議な光景。形容するなら雲の中にある山岳地帯……みたいな感じかな。
「と言うか……まだ日の出まで時間あるよな?」
「うん……日付が変わってすぐに来たから……なのにここは昼間……?」
「時差と言うものはあるけど、同じ国のこの程度の距離でこんなに差があるのは変だわ」
「私達は一体どこに迷い込んでしまいましたの……?」
「さあ……一つだけ言えるのは、此処は私達の知る日の下の町ではないという事だ」
辿り着いた場所、雲に囲まれた不思議な草原。
あの女性の姿は無く、行くあても何もない。でも別に怖いという感覚は無かった。
感想を言うなら空気が澄んでいて綺麗。暑過ぎず寒過ぎず、丁度良い気温。その他にも色々あるけど、環境が整っていてとても過ごしやすい場所という事は間違いない。
「どうなっちゃうんだろう。私達……」
「ッハハ、帰れるかも分かんないけど、なんか心が踊るな!」
「呑気ですわね……」
「でもこの空気、自然とそう言う気持ちになるかも……」
「桃源郷が如く美しいな」
不安も恐怖も無く、落ち着く空間。
年末のとある時間帯、私達は不思議な世界に迷い込んだ。




