第十二幕 慣れた二日目
──“翌日”。
朝、私は窓から差し込む細い日の光に照らされて目覚めた。
暖かな陽気。穏やかな空気。
いつもと違う景色に一瞬戸惑いながら、私は学校に入学したんだと思い出して伸びをする。
手で口を覆ってあくびをし、少し目覚めるまでボーッとする。
そうしてしばらくベッドの上で微睡んでいたが、私は時計を見て脳を覚醒させた。
「あ、もうこんな時間……!」
自宅学習の時みたいにゆっくり寝てはいられないんだね。結構忙しないかも。
大急ぎで起き上がって顔を洗い、制服に着替えて髪をくくる。鏡を見て左右に軽く頭を振り、寝癖などがついていないのを確認した後で机の方に行ってママとティナに挨拶をした。
「おはよう。二人とも!」
『ええ、おはよう。ティーナ』
『おはようティーナ!』
今日も二人は元気いっぱい。私も健康的に過ごせている。
まあティナは私なんだけどね! そんなこんなで朝仕度を終え、まずは朝食の為に食堂に向かおーっと。
まだ授業開始までは一時間くらいあるし、食事を摂ってからも三十分は休めそう。
あれ? 既に顔は洗って歯も磨いたけど、朝ごはんの後でってのもなんか変。ま、いっか。
そんな事を考えながら自室の扉を開けて外へ。目の前に広がるは長い廊下! ──……はっ、そう言えば……!
「ど、どうしよう。ボルカちゃんが居ないから私達だけで行く事になりそう……!」
昨日までのようにボルカちゃんの姿はない。たぶん部屋に居るんだろうけど、まだ寝ているだろうって言う確信はある!
だから必然的に私達は三人で行動。しかもママとティナとはなるべく学院内で話さないように言われてるから、実質一人……!
「こ、これは中々の試練だね……」
ゴクリ……と生唾を飲む。
なんやかんやボルカちゃんが面倒を見てくれたからママやティナともあまり話さずに乗り越えられた。けど今は……!
友達って言える人も少ないし、人見知りな私には難所だよぉ……。
「けど、やるんだ私。いつまでも人にばかり頼っていられない……! やるぞー!」
「──ごきげんよう。何を一人でお話ししてるのかしら……?」
「うひゃおう!?」
び、びびび、びっくりした!
覚悟を決める私に話し掛けてくるは一人で席に座ってたり、ボルカちゃんに詳しい金髪ロールの子。
えーと、名前は……。
「金髪ロール子ちゃん!」
「違いましてよ。と言うかアナタ、自己紹介で名前を覚えたのではなくて?」
「ア……ハハハ……その髪型が印象的で……あとボルカちゃんに詳しいところとか」
「とんだ偏見ですわね。私は貴女の名前を覚えていますわよ? ティーナさん」
「ごめんなさ……あ、ルーチェちゃんだ!」
「と、唐突に思い出したわね。そう、私はルーチェ・ゴルド・シルヴィア。改めてよろしくてよ」
他の印象が強過ぎると名前が抜けちゃう事もあるよね。
取り敢えず今度は忘れないよ。ルーチェちゃん。しっかり覚えた!
「ルーチェちゃんはこんな所で何してるの?」
「こんな所って、此処は寮なのですから私が居るのも普通でしょう。それに、知り合いと会ったら挨拶するのも普通です事よ」
「あ、そだ。おはよう。ルーチェちゃん!」
「ええ」
相槌を打って返してくれた。
ルーチェちゃんは既にごきげんようで挨拶してたもんね。
ボルカちゃんが居なくて不安だったけど、知ってる人が居て良かったぁ~。
「それで、ボルカさんはいらっしゃらないのですね。あの方、いつも遅刻ギリギリですから」
「あ、やっぱりそんな感じなんだ。うん。それで私は一人(ママ達も居るけど)だからなんか行動するのが不安で……」
ボルカちゃんの認識は私の思った通りみたい。
だけどやっぱり単独行動は不安がある私。ルーチェちゃんは小首を傾げて疑問符を浮かべる。
「不安? 一体何が不安なのかしら」
「ほら、一人で行動ってなんか怖くて……」
「そうかしら? そりゃ夜道などの一人歩きや魔物の巣窟に投げ出されたら怖いけれど、敵意なんて何もない学院内で怖がる道理なんて無くってよ」
「私は人見知りもするし……自意識過剰なのは分かってるけど、色々と……言葉にするのは難しいんだけどね」
「ふうん?」
一人が平気な人には分からない疑問かな。誰かと居ないと心細くなる。
いや、私は一人じゃない。ママやティナが居るから……だけどなんだか心がざわめくの。
「ルーチェちゃんはスゴいなぁ。その胆力に憧れちゃう」
「そ、そうかしら?」
「うん! 色々と詳しいし、品のある立ち振舞いとかカッコいい!」
「……そ、そこまで言われると悪くないわね……どうでしょう。一緒に朝食でも」
「ホント!? 是非お願いするよ!」
「は、激しいですわティーナさん……!」
ルーチェちゃんの手を握ってブンブンと上下に振る。
嬉しくなっちゃった。不安だったのもあるけど、もしかしたらまたお友達が増えるかもしれないから。それが何より嬉しい!
「じゃ、行こ! ルーチェちゃん!」
「わっ! あ、貴女、距離が近付くとグイグイ来るタイプね……」
手を引き、軽い足取りで廊下を行く。
走り出したい気持ちだったけど、廊下を走るのはダメな事だもんね。
食堂へと入り、私とルーチェちゃんは朝食を摂り終えた。
その後私は図書館によって植物の図鑑を借りる。それから少し休憩し、教室へと向かった。
「おはよ~。ティーナ~」
「おはよう。ボルカちゃん」
「パン数切れ……それでは力が出ません事よボルカさん」
「んあ? 君は金髪ロールの……」
「ルーチェです。と言うか、私のイメージってこの髪型しかありませんの!?」
眠そうにあくびをしながら朝食のパンを齧るボルカちゃんと挨拶をし、彼女はルーチェちゃんの存在にも気付いた。
私達はあのまま一緒に教室に行き、ボルカちゃんが来るまで話していたのだ。
「ボルカちゃん昨日は早く来てたのに遅刻ギリギリだね……」
「初日はちゃんとしようって気持ちだったからな~。もう大丈夫だろって感じだ」
「まだ二日目……しかも初日も寝ていたような……」
時間にルーズなボルカちゃんは席に着き、そのまま就寝した。……って、
「そろそろ先生来ちゃうよ~!」
「パンも食べ掛けで寝てますの……」
寝る子は育つって言うけど、それとこれとはまた別ベクトルな気もする。
そんな朝のやり取りをしていると、教室の扉が開いた。
「よーし、席に着けお前ら~。そして席に着いても寝るな~。まだ朝だぞ~シャキッとしろシャキッと~!」
「ボ、ボルカちゃん先生来たよ……!」
「んにゃ……? ふわぁ。春の陽気は罪深いなぁ~」
「罪深いのは陽気に負けてるお前だ~。取り敢えずホームルームを始めるぞ~」
先生も慣れた対応。初等部から知ってたんだろうけど、教師と生徒のクラスがずっと一緒って訳でもないだろうし噂的な感じで広まっているのかもね。
元々ボルカちゃん自体が高等部の方まで名前が広がってる有名人だし。
そんなやり取りもあり、朝のホームルームは終了。一時間目は移動教室だから準備して行かなきゃね。
「一時間目は“魔導化学”だっけ。魔導と化学って対になっているような気がするけど、一体どういう感じなんだろう」
「中等部からの新科目だからなぁ。アタシもよく分からないけど、ざっくり推測するなら何かしらの器機に魔法・魔術を掛け合わせる感じじゃないかな?」
「器機……ってどんな感じになるんだらう」
「うーんと……ま、それを学ぶ為の授業だな」
「あ、そっか。そりゃそうだよね」
結論から言えば、よく分からない。
その“よく分からない”を理解出来るようにするのが勉強だもんね。
少し歩いて魔導科学室に入り、初めて担任の先生以外の授業が始まった。
───
──
─
──“魔導化学”。
「以上、様々な元素はそのまま魔導にも流用出来ます。詳しい事は更に上の学年になってからやるので、中等部では今後も基礎を固めて行く方針です。とは言え、既に貴女達は魔力という物質の分解や構築を行って魔法・魔術が使えているので感覚を掴むのは早いでしょう」
そして魔導化学の授業が終わった。
まだ二日目。この授業としては一回目なので本当に簡易的な事だけをやった。
粒子の分解と再構築。魔力の役割。それら物質の性質や相互間等々。本当に二つを一つにまとめたみたいな学科だね。
化学を知る事で魔法・魔術のイメージの幅が広がって様々な用途に使える。それを中心と考え、各々の役割を改めて理解する為のものだったね。
魔導化学の授業が終わり、私達は教室へ。次の授業は語学かぁ。
魔導にも言霊ってものがあるらしいし、詠唱や呪文によってパワーアップがする事もあるみたいだからしっかりやらなきゃね!
──“語学”。
「そして魔王を連れた英雄達は──」
基本的な内容は音読。そうする事で単語の意味を理解したり、文章構築とか論展開とかの幅が広がる。
要するに使える言葉が増えるから相手によく伝えたり、さっきも思ったみたいに魔導関連にも役立つって事。
──“数学”。
「えー……この方程式ではxを代入し──」
数学の時間は単純な計算式や計算方法。特筆する点は無さそうかな。最初ってのもあるから初等部のお復習いが主な感じだし。
それでも魔導の次くらいには日常的に使うようになるからちゃんとやらなきゃね!
頭使うから三時間目の数学はお腹が減っちゃうけど……。
あ、それと魔法の着弾点とかも計算で割り出すから職種によっては一番重要かも。
──“生物”。
「──この様に、体の九割以上が水分のスライムは性質から湿地帯を好む傾向にある。基本的に大人しいから此方が仕掛けるか向こうが余程腹ペコじゃなければ襲われる事はないと思うけど、そう言う場所を通る機会があったら気を付けなさい。もし襲われたら火で蒸発させるか土で吸収するか風で乾かすかですね。水は養分を与えてしまいますが、動きが鈍くなるので逃げる時はアリです」
四時間目は生物。色んな種族が手を取り合って国という形を作ってからは人が襲われる事が数百年前に比べて減ったみたいだけど、それでも知能が低めの魔物は襲ってくるみたい。魔力の結界もあって学院内に危険な魔物は居ないらしいけど、外に出る時は気を付けないとね。
それはそれとしてお腹が鳴っちゃって凄く焦ったよ。隣のボルカちゃんはまた半分寝てたから聞かれてないと思うけど……。
何はともあれこれで午前中の教習は終わりだね!
「昼食行こうぜ。ティーナ」
「うん! あ、そうだ。もう一人誘っても良いかな?」
「ああ、いいぜ~」
お昼休憩になるとボルカちゃんの元気さ加減に拍車が掛かる。見てる分には楽しいけど。
そんな私が誘いたかったのは、今朝……厳密に言えば昨日からだけど、付き合いが出来たルーチェちゃん。
「どうかな? 一緒にご飯」
「ええ、構いません事よ」
「よろしくな!」
「ボルカさんまで……! ふふ、感激ですわ!」
無事誘うのに成功!
今日はルーチェちゃんの体力も考えて秘密の山じゃなくて食堂で食べる。
私とボルカちゃんはお弁当持ってきてないけど、ルーチェちゃんは持参しているみたい。見せて貰ったらスゴく豪勢なの!
「これ全部ルーチェちゃんが作ったの……!?」
「いいえ、いくつかは付き添いの使用人が」
「寮に居るの!?」
「それも違いますわ。お食事……昼食などに限って学院側から立ち入りの許可を得て作って貰ったんですの」
「それもスゴいよ……わざわざその為に呼ぶなんて……」
「見ての通りルーチェはお嬢様だからなぁ」
「だよねぇ。金髪ロールだもん」
「そうそう。金髪ロールだしな」
「アナタ方の金髪ロールに対する信頼はなんですの。と言うか、髪の色ならティーナさんも同じでなくて?」
ルーチェちゃんのみならず、付き添いの使用人さんが居る子もチラホラ。私の家にもお手伝いさんは居るけど、学院までは付いて来なかった。というより、この学院生活自体が私への試練みたいなものだからね。
魔法とかは使って良いとして、極力ママやティナと話さないようにさせる試練。
意図はよく分からないけど、取り敢えず他の人と一緒の時はあまり話さないようにしているよ。
昼食も終わり、午後の授業へ差し掛かる。
──“世界史”。
「四つの種族が手を取り合ってからは世界大戦も収束に向かい、星の危機は無くなった。が、細かい争いはチラホラ起こってな。大国同士の戦争が無くなっても近隣に位置する小国が──」
五時間目の世界史の時間。担当は私達の担任の先生。主にクラスで執り行う実技や歴史・世界史・地理とか、そっち方面の科目を受け持ってる。
昼食後の授業は相変わらず眠気。名付けるならお眠ムードが漂っていて教室内がホワホワしてた。
「コラー! 毎度毎度私の時間に眠るな貴様らー!」
「五限目に社会科を持ってくる方が悪いと思いまーす!」
「それは暴論だ! 文句なら学院長に言え!」
とまあ、先生も色々苦労してるみたい。
私も眠いけどなんとか堪え、時折ミミズが這ったような字になりながらもちゃんとノートを取って内容を頭に入れる。
──“魔導実技”。
「よーし、やるぞー!」
「「「おおおー!」」」
「……お前達……実技の時間になると気合いが入るな。その気力を私の担当教科にも分けて欲しいものだ」
六時間目は魔導の実技。ボルカちゃんを筆頭にクラスメイトのみんなは気合いを入れていた。
担当はそのまま継続して担任の先生だけど、やる気の違いに半ば呆れていた。
色々苦労してるねー。
内容はザックリと魔力の操作やほうきに乗っての飛行とか。別にほうきを使わなくても魔力操作に長けてるなら空を飛べるみたいだね。私にも出来るかな?
──“魔導薬学”
「遠出し、怪我をしたり病気になって医者に見せられない時に便利なのはその辺に生えている薬草だ。ポーションなどの材料になり、簡易的な医療魔法や魔術でも即効性のある薬が作れる。なので──」
今日の最後、七時間目は薬学。
今の時代でも遭難する事はあり、そう言う時に便利なんだって。
怪我とかは日常的にしそうだし、医療魔法は覚えておくと便利かも。特に私にはママの植物魔法があるもんね。ポーションの材料が生成出来たらたくさんの人を救えるかも。ママも……──あれ? ママはちゃんとここに居るよね。なに考えているんだろう。
授業に集中しなきゃ!
「ここまで。クラブやサークルがある者も無い者もちゃんと予習復習しろよ~」
授業。及び帰りのホームルームが終わり、教科書類を片付ける。
これで今日は終わり。だけどある意味本番はここから!
「行こっ。ボルカちゃん!」
「ふわぁ。っし、行くか~」
仮入部だけど、ダイバースの活動へ。
実践は明日だからこそ、今日中に手続きをして臨むんだ!
私とボルカちゃんは部活の方へと赴いた。
せっかくだからルーチェちゃんも誘ってみよっかな?




