第百十八幕 “蕾のお姫様”
《──それは暖かな春の陽気でした。色鮮やかな華々は可憐に咲き誇り、心躍る小鳥たちは軽やかにさえずり続けています。そんな春の日の昼下がり。一つの小さな蕾が新たに花開こうとしていたのです》
ナレーションと共に壇上には植物魔法からなる大きな蕾が置かれ、魔力を流し込んで花開く。
そこから私が飛び出した。
「うーん、いい天気だな~。今日はなんかステキなことが起こりそうな予感!」
腕を伸ばし、覚えたセリフを話す。
おとぎ話だから一つ一つのセリフはそんなに長くない。だけどその分量があるんだよね。
さて、続きをしなきゃ。
《蕾の中から出てきたのは小さな小さな、蕾よりも小さな女の子。春風を感じて気持ち良さそうに蕾の中で過ごします》
「あ、鳥さんだ。いいなー。ワタシも空を飛びたいなー」
《女の子は生まれた時からずっと蕾の中に居ます。その為、外の世界には強い憧れを持っていました。いつかは外の世界に行ってみたい。そう思いながら今日も空を眺めます》
「おやおや。どうしたんだい? ボーッとお空を見ていて」
「あ、白いネズミさん。実はね──」
《すると、そんな女の子に白いネズミが話しかけてきました。女の子は自分の気持ちをネズミに言い、ネズミは両手を開いて話します》
「それなら見に行けばいいじゃないか! その蕾からおりたら外の世界にいけるんだからね!」
「でも、外に出たことはないし、不安だな~って」
《そう、生まれて一度も蕾の外に出た事のない女の子は外に行くのが不安で不安で仕方ありません。ネズミさんはこう言いました》
「だったらボクに乗りなよ! このジマンの足でキミを遠くまでつれていってあげるよ!」
「え……?」
《ネズミさんの提案を聞き、女の子は言葉が返せなくなりました。しかし初めての外に行きたい気持ちはある。勇気を出して蕾から飛び降り、ネズミさんの背中に乗りました》
「ありがとう。ネズミさん」
「いいってことさ! それー!」
《ネズミさんに乗った女の子は初めて蕾の上以外の風を感じ、移り変わる景色を見ました》
「とても気持ちいい! これが走るってことなのね!」
「そうだよ! セカイはこんなに広いんだ!」
《冒険は順調に思えました。しかし、ネズミさんと女の子の前には大きな水たまりがあったのです》
その演出の為、裏方の人達が水魔法を使用。辺りは水に覆われた。
「大きな水たまり……キラキラしててキレイ。ネズミさん。なぜ止まったのかしら?」
「この先は海と呼ばれるところなんだ。ボクにはとても行けないよ」
《困り果ててしまった女の子。するとそこに、パシャッ! とお魚さんが顔を出したのです》
「どうしたんだい。ネズミくんに女の子!」
「はじめて外に出たんだけど、この先に進めないの」
《それを聞いたお魚さんは提案します》
「それじゃあここからはボクがキミを乗せていくよ!」
「それはいい! おサカナさんは泳ぐのがとても上手なんだ!」
《泳ぎが得意なお魚さん。ネズミさんの賛成もあり、女の子はキラキラ輝くお魚さんの鱗に掴まりました。ネズミさんにはお礼としてお家から持ってきた花びらをあげます》
「ありがとう。気をつけてね!」
「うん!」
「そーれ、いくよー!」
「わ、はやい~!」
「それにボクはもぐるのも得意なんだ!」
「わあ~!?」
《テンションが上がったお魚さんは潜ります。しかし女の子は息が出来ず、モガモガと苦しみ出します》
「あ、そうだった。上の人たちはこうなっちゃうんだ!」
《慌てたお魚さんは顔を出し、女の子は大きく息を吸います。お魚さんは謝りました》
「ごめんなさい」
「だいじょうぶ。でもお口がしょっぱい。雨とはちがうんだね」
「そうなんだ。海の水はしおが入っているんだよ!」
《初めての海。女の子には驚きの体験ばかりです。しばらく海を進むと、お魚さんは空を見上げました》
「わあ……」
「さすがのボクもこの上にはいけないな」
《目の前には切り立った崖があり、お魚さんと女の子は止まってしまいます》
この崖は土魔法で造り出された物。こんな感じで演出担当は私以外にも何人か居るんだ。
と言うより、登場人物が少ないから演出か背景かに役が回っているって感じかな。
《このままでは進めません。どうしようかと考えていたところ、空からバサバサと音が聞こえてきました》
「どうしたんだい。こんなところで立ち止まって」
「あ、鳥さん」
《話し掛けてきたのはこの近くにお家がある青い鳥さんでした。女の子は事情を話、それならと返答します》
鳥さんの役の人は魔力を用いて浮遊。両手を動かして本当に飛んでいるみたいに見せる。
「ワタシのせなかに乗っていきなさい。こんなガケ、ヒューンヒョイで飛びこえちゃうよ!」
「それは名案だ! ボクは水の中しか進めないからね。鳥さんならどこまでも飛んでいけるよ!」
「ありがとう! 鳥さん」
《女の子はお魚さんにもお礼の花びらを付けた後、鳥さんに乗り、大きな崖をあっさりと越えてしまいます。流れる雲に青い空。飛び進んだ先には大きな森がありました》
「「「わあ……」」」
お客さんの方から声が上がる。
私がママを通して魔力を込め、壇上全体を植物で覆ったから。
本来魔法や魔術を使う時は杖であっても体の一部からであっても魔力を込め、一連の動作をしなくてはならない。
けれど人形魔法って事になっているママは遠距離から魔法を使う事が出来、動作を相手に見せずとも遠方から演出する事が出来るの。
こういう演出もスゴく練習したからね! 違和感無く扱えたよ!
「ここの森にはいろんなお友だちがいるんだ! くまさんにウサギさんにスライムさんにユニコーンさんにペガサスさん。みんながワイワイしているのよ!」
「それはとてもステキなところだね~」
《鳥さんの背に乗り、空から見下ろす森はとても大きく優しい緑で包まれていました。しかしそこに、思わぬ影が迫っていたのです》
「へいへーい! のんびり飛んでいるんじゃなーい! ですわ!」
「うわあ!(ですわって言っちゃってるよルーチェちゃん……)」
《それはこの辺りに棲むイジワルな黒い鳥でした。ぶつかられた鳥さんは大きく揺れ、女の子は手を離してしまい、そのまま地面へと落ちてしまいました》
「イタタ……ここは……」
《気が付くとそこは森の中。柔らかい葉っぱの上に落ちて無事でしたが、こんなに木が沢山あったら鳥さんからも見えません。女の子は途方に暮れてしまいました》
ブワァ……とまた魔力を込めて森を形成。私の下には大きな雑草を敷き、それっぽく見せる。
「うえーん。帰れなくなっちゃったよー」
《女の子は泣いてしまいます。するとそこに一つの声が掛かりました》
「どうしたんだい? そんなに泣いていて」
「……?」
《顔を上げた女の子に向け、男の子は話します》
「キミはどこから来たんだい?」
「ワタシは蕾の中から。アナタはどこから来たの?」
「ボクはこの樹で生まれたのさ! 言わばこの樹の王子様だね!」
《そうです。なんと話し掛けたのは樹の王国の王子様でした。そんな彼に返答しようとしますが、女の子は上手く言葉が出ません。それでも王子様は女の子の手を引きます》
「まあいいや。道に迷ったならボクについておいで。樹の王国に招待するよ!」
「うん……」
《ひとりぼっちで不安な女の子は王子様に付いて行き、樹の王国で歓迎されて少し落ち着きました。しかし見知らぬ土地。楽しいと感じていた女の子はやはり蕾の中に帰りたくなりました》
ここでナレーションをしていたウラノちゃんも入ってくる。
「帰りの支度ができました。王子様」
「ありがとう。ホントにもう帰ってしまうのかい? せっかく仲良しになれたのに」
「ごめんなさい。王子様。だけどワタシのお家には帰りたくなっちゃうの」
《名残惜しい王子様。しかし女の子の意思は固かったのです。だったらと王子様は提案しました》
ここにウラノちゃんは居るのにナレーションの声もする。本魔法から変声の天才を呼び出して立たせたんだって。考えたね!
「それじゃあ家までボクがついていくよ」
「ありがとう。王子様がいっしょなら頼もしいです!」
《優しい王子様は女の子を無視出来ず、数人の家来と共に蕾まで行く事になりました》
「無事だったんだね! 王子様もいっしょなんだ!」
「鳥さん! さっきはありがとう。ワタシは王子様とお家に帰るので、これはお礼です」
「わーい! キレイな花びらだー! おサカナさんにもつけてたねー!」
《その道中には鳥さんと再会し、お礼の花びらを渡して旅を再開。野を越え山を越え、海までやって来た女の子達。海を渡る為に船を用意し、全員で進みます》
また水魔法で海を再現し、植物魔法で造り出した小舟にみんなで乗り込んで進む演出。
そこに不穏なBGMが流れる。
「グハハハハーッ! 小さな船が見えると思ったら樹の王子様ではないかー! ちょうどいい! その船を沈めてやるぞー!」
「キミは近くの海を荒らす悪いモンスター! させないぞ!」
《現れたのは近海を荒らし回る良くない評判のモンスターでした。激しく波を立て、船を揺らします》
風魔法が使われ、嵐を再現。雷魔法を使える人は私のクラスに居ないけど、ウラノちゃんが本魔法で小さな雷を呼び出して演出する。
思ったけど、ナレーションに役に演出に……一番大変な役割ってウラノちゃんだね。このお芝居。
「くそー! このままでは船が沈んでしまう! これ以上の悪さをするなら倒してやるぞ!」
「見せてみろ! 樹の王子様よ!」
《悪さをやめないモンスターを前に、ついに怒った王子様。樹の剣を取り出し、その相手へ果敢に挑みます》
「やあ!」
「グハハハハー!」
作った剣を取り出し、ボルカちゃんは私達の植物魔法に乗って壇上を飛び回る。樹の王子様だから植物魔法を使える設定なんだ!
因みにモンスター役はアテレコ以外特に無く、魔力を集めてそれっぽく見せているだけ。
だから戦闘シーンはスゴく派手。壁から壁へと跳び移り、モンスターの目にも留まらない速度でその体を打ち抜いた。
「グアアア!」
「どうだ! これに懲りたらもう悪さはやめるんだ!」
「ぐぬぬ、だが、まだ終わっておらんぞ小僧ォ!」
《王子様に斬られたモンスターは逆上し、更に大きな嵐を起こします。流石の王子様もこれでは大変。形勢は不利になってしまいました》
「王子様ー!」
「離れるんだ! このモンスターは危険だ!」
《戦う力を持たない女の子にやれる事は無く、ただ見守るしかありません。王子様は傷付き、家来達も倒れていきました》
「みんなー!」
《すると次の瞬間、女の子の声と共に目映い光が放たれます》
ルーチェちゃんが裏方で光魔法を使用。壇上が目映い光に包まれた。
いよいよラストスパート!
「な、なんだこれはー!?」
「キミはいったい……」
《その光に反応し、海全体は沢山の花々に包まれます。海の中では自由なモンスターも動きが制限され、さっきまでの猛攻は無くなりました。そしてそこに救援もやって来ます》
「あれだー! 王子様たちが戦ってる!」
「お花畑のおかげでボクも走れるよ!」
「海も残ってるからボクもいけるよ!」
《そこにやって来たのは女の子と一緒に旅をし、花びらを貰った動物達でした。青い鳥さんは空を舞って迫り、白いネズミさんはお花畑の走る。お魚さんは泳いでモンスターを取り囲みました》
「ぐおおおお! こんな小さなやつらが、このワタシに何をしたァァァ!?」
《お魚さんが水をかけて前を見えにくくし、その間に鳥さんがつついてネズミさんがかじる。視界が悪くなったモンスターは何が起こっているのか分からず、気付いた時には頭の高さが船に近付いていました。そこには樹と花に囲まれた王子様と女の子が立ちます》
「小さくても一人一人が集まれば、何倍もの力を出せるんだ!」
「この花は……!」
「ワタシがみんなと戦うの!」
「ぐ……矮小でか弱き小動物たちと、植物の精霊さんごときにこのワタシが……このワタシがァァァ━━ッ!!」
《王子様と女の子は剣を振り下ろし、モンスターの頭を刎ね飛ばします。絶叫と共に光となって消え去り、嵐は去りました》
光魔法と炎魔法を組み合わせ、快晴の青空を再現。
物語は終盤へと差し掛かる。
「ありがとう。みんなのおかげで助かったよ」
「へへへ。どうってことないさ!」
「キレイな花びらのお礼だよ♪」
「やったねみんな!」
《女の子はネズミさん、鳥さん、お魚さんにお礼を言い、せっかくだからとみんなで蕾に向かいます。ネズミさんはトコトコ歩き、鳥さんはバサバサと飛び回る。お魚さんは家来たちが水槽を作ってくれたので海の水を汲んでそこに入ります。楽しい道中を進み、女の子達はお花畑にやって来ました》
「やあ、帰ったのか! 蕾姫!」
「蕾姫!」
《出迎えたのはお花畑の住人達。そう、女の子は蕾のお姫様だったのです!》
「そうだったのか。だからキミは海にお花畑を咲かせることができたんだね」
「はい。黙っていてごめんなさい。お姫様は助けられるのが当たり前なので、アナタたちがどうなのか試したかったのです」
《お姫様が身分を隠して旅をしていた理由はこれまでに出会ったみんなと、身分関係無く仲良しになりたかったからなのです。そしてその答えは、もう言わなくても分かるでしょう》
「心配しなくても、困っているヒトが居たら助けるのは当たり前ですよ」
「そうだよお姫様ー!」
「失礼しちゃうわ」
「まったくだよー!」
「アハハ。ごめんなさい」
《形はどうあれ偽っていたのは事実。お姫様はウソをついたので謝ります。そんなお姫様を前に、王子様は樹のティアラを取り出しました》
「でもボクは初めて出会った時から考えていました。お姫様……いえ、その身分関係無く、ボクと結婚してください」
「うれしい! ワタシこそよろしくお願いします!」
《王子様は一目惚れでした。そしてお姫様も。プロポーズはすんなり受け入れ、周りのみんなは祝福しました》
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「ありがとう! みんな!」
《王子様とお姫様は手を繋ぎ、蕾の中へと入って行きます。そして乗った時、蕾はなんとパカッと開き、大輪の花を咲かせたのでした》
ここで私は更に魔力を込め、蕾を顕現。そして大きな花を咲かせた。
そのまま壇上を大小様々。色鮮やかなお花畑に変え、お客さん達からは感嘆の声が上がる。
《それはまるで、二人の行く末を世界が祝福しているかのよう。その花は枯れる事無く永遠に咲き誇り、樹の王子様と蕾のお姫様は末永く幸せに暮らすのでした。めでたし、めでたし》
それと同時に緞帳が下り、会場は拍手に包まれる。
閉まり切った所で座り込み一息吐いた。
「はあ……緊張した~」
「やったな。ティーナ」
「うん。ボルカちゃん」
「見事でしたわ!」
「貴女の役も板についてたわよ」
「それって貶してません事!?」
「アハハ……」
互いに労るように話、クラスメイトのみんなともお話しする。
学院祭・三日目。これで私達の演劇は無事に終わりを迎えるのだった。




