第百十三幕 パレード
「行くわよ」
『ガギャア!』
「来る……!」
燃え盛る図書館の中で剣を構え、龍を背後に立つ姿はスゴく絵になる。
って、見惚れてる場合じゃないよね。今私は窮地に立たされてるんだもん。
既に臨戦態勢。なので彼女は仕掛けてきた。
「はっ」
「やあ!」
剣が振り下ろされ、樹の守りで防ぐ。そこを突き抜けるよう龍の炎が放たれた。
樹は消し炭となり、煤の中からウラノちゃんが姿を見せて剣尖が横切る。っ危ない……!
「反応速度は高いわよね。ティーナさん。感覚共有を繰り返したりしているから慣れたのかしら」
「あ、そうなのかも。自分でも意外と避けられてるな~って思ってたんだ」
「そう。それは良かったわね」
「わっ!?」
会話の途中でも構わず仕掛けてくる容赦の無さ。いつも冷静なウラノちゃんらしいけどね!
剣を避け、龍の爪が降ろされたからそれも躱した。
「本当に鋭い反応」
「私、体術もいけるのかも!」
「その為には更に鍛えなくてはいけないわね」
確かに私が知らないだけで私の反射神経は高くなっているかもしれない。
ティナとの感覚共有で速い世界を見たり、狙いを定めて広範囲の植物魔法を操ったりしているから状況判断能力が成長したのかもね。
「厄介な相手」
『ガギャア!』
「それは私のセリフ……!」
振り下ろされ、横に薙ぎ払い、手を持ち代えて背面突き。それを避けた先には龍の鉤爪が。
ウラノちゃんが近くに居る時は炎は吐かないみたいだね。自分が巻き込まれる可能性があるから。
それなら基本的に近くに陣取れば少しは優位に運べるかも。
「……」
『グギャア!』
「……っ」
優位に運べるってだけで、勝てる保証は無いんだけどね。
巧みな剣捌きに龍との連携。それだけで十分過ぎる力を発揮する。
剣を躱しても爪が来るし、尾とか牙とか龍は全身が凶器その物。図書館内では大き過ぎる体も、龍自身が本棚を含めて焼き払った事であまりデメリットになってない。
このままじゃ押し切られちゃう……!
「だったら……!」
「更なる植物の展開。ワンパターンね」
「結局ワンパターンが最適解になると思うんだ!」
植物を伸ばし、相手の動きを制限させる。
足元の根っことか頭上付近の枝とか、地味に嫌な場所に生える事で気が散ると思うよ! それに、ウラノちゃんの近くに顕現させたからさっきみたいに炎で焼き払うのも一苦労なハズ……!
「確かに厄介ではあるわね。この木々全てが意思を持って仕掛けてくる。館内じゃより制限されて動きにくいわ。けどま、まとめて蹴散らせば済む話よ」
『ガギャアアア!』
「体だけで……!」
龍の体は鋼鉄以上の硬度がある。だからどんな武器も通じないって伝承があるんだよね。
植物魔法もかなり頑丈に創っているけど、鱗の一枚一枚が高い硬度を誇って刃物みたいに鋭利だから体当たりするだけで植物が破壊されちゃうんだ。
でも、破壊されるのは今に始まった話じゃないもんね。あくまで私に有利な環境を作る要因だから!
「“プラントコントロール”!」
「周りの植物を操る……さっき言った通りね。意思を持って仕掛ける植物類」
蔦や枝が伸び、ウラノちゃんと龍の拘束を試みる。当然抵抗して次々と切り裂かれるけど、元々魔力からなる植物。散った魔力は場に漂い、少量だけど私に返還される。
無制限って程便利じゃなくても、かなり効果的な力だと思うよ。
「せめて数は減らしましょうか」
『カッ━━!』
龍が口を開き、火炎を放射して前方の植物達を焼き払った。
そう、ウラノちゃんの近くにある植物が無事なだけで影響が無い物は消されちゃう。こんなに一気に消されたら魔力の供給も追い付かないし、その分苦労する事になる。
既に独立しているウラノちゃんの龍と剣は召喚時以外に関係無いけど、常に展開して仕掛け続けなくちゃならない私達の植物魔法は長引けば長引く程こっちが不利になっちゃうね。
勝負は早急に終わらせなきゃならない。
「“垂れ樹”!」
「枝による無数の鞭。他愛ないわ」
『ギャア!』
撓らせ、鞭のように打ち込む。けどそれは龍によって次々と破壊されてしまう。
でも問題無し。だって本命は──
「そこっ!」
「……! これは……ルミエル先輩がやってた……」
魔力を先行させ、上に気を取られているうちに足元から根を伸ばして絡み取る。
龍には依然として枝の雨を降らせ続けているからウラノちゃんだけを上手く拘束した。
後はその根を足から体の方へと這わせ、締め付けて意識を奪い去るだけ!
「そーれ!」
「……っ」
足元から太腿、下部、上半身へと根が上り、その体を拘束。もちろん両手はすぐに縛ったよ。
そのまま魔力調整で締め付けを強くし、ウラノちゃんの顔が紅潮する。確か血が溜まったりするとそうなるんだっけ。早く落とさなきゃ……!
「考えたわね……けど……!」
『ガギャア!』
「……! 自分ごと!?」
龍が火球を放ち、ウラノちゃんの拘束を無理矢理突破させた。
流石に威力は落としたみたいだけど、自分へのダメージも大きいんじゃ……!
ウラノちゃんはそこまでこの勝負に本気なんだ……!
「はっ」
「……っ」
煙の中から剣が伸び、私の体を掠って少し服が破ける。続け様に薙ぎ払い、飛び退くように回避。
これは危険……!
煙が晴れ、衣服はボロボロ。顔は煤まみれになったウラノちゃんの姿が。
「ウラノちゃん……その格好……」
「そうね。少し恥ずかしいけど、そんなに大きな肌や下着の露出が無いから続行出来るわ」
「そう言う問題じゃないよ……」
羞恥心が無い訳じゃないけど、少し見えてるくらいなら気にしないみたい。
私なら気になっちゃって集中出来ないかも。しかも大衆の面前で……。加えて言えば世界的に中継されている可能性もあるんだよね……。
そんな私の懸念は露知らず、ウラノちゃんは魔力を込めた……え? 龍を召喚して更に魔力を……!?
「“ブックバード”」
「……ッ!」
刹那に私の元へと突撃し、体が吹き飛ばされる。
周りには植物が張られているから倒れた際のダメージは少ないけど、オエ……思いっきり鳩尾に本の角が突き刺さって痛い……。涙まで出てきちゃった。痛みもあるけど、ショックによる影響かな……。
「ケホッ……龍を召喚したのにまだ魔法を使えるの……?」
「魔力総量も増えたもの。でもそれだけじゃ複数のブックバードは出せない。けれどさっき龍の炎を受けたんだもの。貴女と同じよ。魔力からなる召喚獣。全ては還元されないけど、一部魔力は私の体に戻るの。その分のモノね」
「なるほど……」
あの龍はウラノちゃんの魔力の塊。炎も当然魔力。だから私の破壊された植物魔法みたいな感じになるんだって。
これでウラノちゃんの場には龍と本の鳥さんが並んだ。龍と彼女だけでも苦戦してたのに更に増えちゃうなんて……。
「テーブルゲームでもアウトドアスポーツでも、基本的には自分の盤面が多い程有利になる。沢山持ってた方が負けなルールとかならそうじゃないけれど、場を制圧すればやりたい放題出来るでしょう?」
「……。テリトリーとかそう言う意味で言ってるなら、一応この場は私の植物魔法が取り囲んでいるんだけどね……!」
「そうね。でもそれは貴女が自分で操らなければならない。その分一部範囲は止まったまま動かない……よね?」
「……っ」
流石、よく見てるね。
ママの植物魔法は私の意思で操っている。だから細かい操作をする時は他が疎かになっちゃうし、基本的には大量に嗾ける方法で誤魔化しているの。
自立して動くウラノちゃんの本魔法に比べると脳の容量が足りなくなっちゃう。
だからやれる事は、こっちも自立させなきゃかな。
「“フォレストゴーレム”!」
『『『…………』』』
「複数のゴーレムで数の差を埋めようって訳。でも関係無いわ。元よりそれも植物。貴女の使う魔法は熟知しているもの」
『ガギャア!』
「一瞬で……!」
数の差を埋める為に作り出したゴーレム達が一瞬にして消されちゃった……。
そう、彼女に手の内はバレている。阻止されるのも想定内。ストックはまだまだあるよ。
『『『…………』』』
『『『…………』』』
『『『…………』』』
「あら、こんなに沢山。けど無意味よ」
『ギャア!』
次々とゴーレムを生み出し、それは次々と消されていく。
あの龍を何とかしない事には始まらない。だったらそれを遂行するだけ。植物魔法の解釈を更に広げる!
「“フォレストビースト”!」
『『『ガギャア!』』』
「……獣。ゴーレムが作れるならおかしくないけど、どういう原理で動いているのかしら。ちゃんと鳴くなんて」
「単純な魔力操作だよ!」
「あら、教えてくれてありがとう」
植物から狼を作り出し、龍の元へと飛び掛からせる。
ゴーレムと違って機敏に動くから、視覚の翻弄は十分に出来ている!
「そして更に……!」
「赤い髪のお人形。炎魔法ね」
ボルカちゃんが炎を生み出し、周りの植物や本を燃やし尽くす。
その瞬間に暴風が吹き抜け、水も発生して一部炎が消え去った。
これも龍の力なのかな……!
「龍の伝承には水神のモノもチラホラ。植物は燃やし、炎は消す。貴女の魔法と私の魔法では私の方が有利なのよ」
「……っ。よく喋るね……珍しく。余裕の表れかな……!」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ。もっと理由は単純。貴女だから悠長にお話が出来るの。他の相手なら会話する事すら億劫ですぐに倒すわ」
「私だから余裕があるって事……」
「そうではないわね。言葉足らずだったわ。貴女が友人だから悠長にお話が出来るの」
「……そう、ありがとね……!」
よく口が回る理由は、私を友達だって認めてくれているから。それはとても嬉しいけど、このままじゃピンチは変わらない。
解釈の拡大。それが打開策。魔法はキャンパスの絵。やろうと思えばなんだって出来る……だから、なんでもする……!
魔力を込め、まずは種の爆弾をウラノちゃんへ射出!
「この程度? これなら簡単に避けられるわ」
「“爆裂”!」
「それを含めての簡単よ」
種が着弾前に破裂し、ウラノちゃんの体は龍が守る。
続けて私は魔力を込めた。
「“フレイムドール”!」
「……! 周りの炎を操った……? いえ、ゴーレムやビーストの応用ね。元々貴女が人形魔法使いだからこそ、何処かで魔力が繋がっていれば遠方の存在も操れる」
図書館内は私達の植物魔法で覆い尽くしている。だからこそ全てが私と繋がっていると言える。
植物も炎も操り、お人形さんみたいに踊らせる。私の基本を応用すれば、いくらでも兵力は増やせる!
「──“マジカルパレード”!」
『『『…………』』』
『ギャア!』『ギャア!』『ガア!』
『『『…………』』』
「派手な絵面。音が出るのは獣達だけみたいだけど」
ズンズンズズンとゴーレム達がステップを踏み、ガア! ギャア! ギャア! と動物達が共鳴。
鳴き声は上げない炎はメラメラメラメラ、ボオボオ、メラと音を鳴らす。
そう、ここはまるで私のステージ。植物が様々な姿に形を変え、炎が色々な形に変化する。
とても賑やかで楽しい楽しいパーティー会場。さあさあアナタも、Shall we dance?
「ドラムのゴーレム!」
「重い一撃……!」
「ダンサーのビースト!」
「素早い動き……!」
「証明のフレイム!」
「熱い炎……! って、何故かしら。私が合いの手を入れてるみたい……調子が狂うわね……!」
そう、ウラノちゃんの召喚した子達が盤面を埋めたなら、それを塗り替えるだけ。
パレードの最中に攻撃を仕掛け、ゴーレムが巨腕を下ろし、ビーストが爪や牙で切り刻む。炎によって本の鳥達は焼け落ちて、残るは龍とウラノちゃん!
「埒が明かないわ。明らかに何かをされている。消し去りなさい!」
『ガギャアアアァァァッ!』
龍を操り、火炎でゴーレム達とビースト達を焼き尽くし、暴風と水でフレイムドールを消し去った。
薄々感付いてるみたい。流石のウラノちゃんだね。でも既に私は仕掛け終えている。ウラノちゃんがお話をしてくれたから、その間に仕込みは終わったの。
龍の暴れによって種が明かされちゃうけど、その時は決着の瞬間。
「……! この植物……幻覚作用のある……!」
「リタル先輩の催眠香を参考にしたの。だからウラノちゃんは今、錯乱状態にある」
「いつの間に……! ……! いえ、さっきの種爆弾……!」
「早っ!? もうバレちゃった……けど、一歩遅かったかもね……!」
「……っ」
さっき放った種爆弾にはそれを仕組んでいた。“種”とだけ言って“何の種”かは教えてないもんね。
自然界には破裂して繁殖する植物もある。植物魔法でそれを再現し、幻覚と錯乱の種を仕込んだ。応用と解釈の拡大。それが決め手だもんね!
「まだよ! だったらまとめて吹き飛ばせば良いだけ!」
『グギャアアアアァァァァァッッッ!!!』
「……!」
龍が塒を巻き、火炎を吐きながら周りを焼き尽くす。
幻覚の樹も他の植物も、炎でさえも消し去られた。
ウラノちゃんらしくない力業だけど、今の状況ならそれが最適解。全てを消しちゃえばこれ以上の進展が無くなるから!
「トドメよ!」
『ガァ!』
龍を差し向け、突進するように風を切って勢いよく迫り来る。
それによって私は、
「──言ったでしょ……一歩遅かった……って!」
「……!?」
──勝利を確信した。
「……ッ! これは……!」
ウラノちゃんの足元から生える植物。それが一気に体へ巻き付き、私の体は龍の突進を受けて吹き飛んだ。
痛い……スゴく痛い……けど、樹でガードしたから辛うじて意識は失わない。
「これも……仕込んでいたのね……!」
「ケホッ……うん……正解……冷静なウラノちゃんでも追い詰められたら最後に焦りを見せて、龍を自分から引き離すって思ったの……つまり完全に勘と運任せだけど……その通りに行動してくれた……!」
「様々な植物や炎を一気に嗾け、私の思考を鈍らせた……極め付けは幻覚作用のある植物……もしかしたらまた何かをされているのかもしれないと言う疑問が私の脳裏を過り……私はより焦ってしまったのね……」
「うん……ウラノちゃんはとても冷静で頭も良いから……とにかく滅茶苦茶にしなくちゃ追い詰められなかったの……」
「フフ……そう。この植物の毛には麻痺する作用があるみたい……的確に仕留めようと……しているのね……」
「ウラノちゃん相手だもん……裏の裏の裏を掻いて念には念を入れなくちゃ勝てないと思ったから」
「やれやれ……最後の方で一瞬でも冷静さを欠いた私の負けって……事……」
意識を失い、龍と剣が消え去る。私は図書館ステージから会場へと転移。その瞬間に司会者さんの声が聞こえた。
《“魔専アステリア女学院”同士の対決! 勝者! ティーナ・ロスト・ルミナスゥゥゥッ!!!》
「「「ワアアアァァァァッッッ!!!」」」
そして私は、何とか一瞬の差でウラノちゃんに勝利するのだった。




