第百十二幕 本
「……」
機械を破壊した私は近くの本棚に身と息を潜める。
仕掛けてくるならドンドン倒していってお互いの居場所を認知したいけど、そう簡単に動くウラノちゃんじゃないよね。
リスクを負うやり方をなるべくしないのが彼女。召喚したら即座に場所を変えたり手を変えたりして仕掛けてくるかも。
そう、例えば……。
「……!」
考えた瞬間、複数の本が降り注いで来た。
私は慌ててそれを避けていく。
その大きさは何れも二、三メートルくらい。重さも相応でズシン! ズシーン! と重鈍な音が響き渡る。
召喚出来る存在は一つの物語からだけど、具現化させた本は複数可能。それをどこからか降らせているんだ。
という事は私の居場所は既にバレている……!
「……?」
訳じゃないみたい。
最初の本は私の方に降ってきたけど、他は色んな方向に落ちてる。つまりある程度の当たりを付けて雑多に放っているという事だね。
自分の居場所を特定させない為に疎らに放っているだけかもしれないけど、どちらにしても私に当たらないなら問題無いや。
召喚はともかく、具現化させた本の射程距離はそんなに長くない。つまり、近くにウラノちゃんが居るという事。
それならやる事は一つ。
「“樹海創生”!」
辺り全体に植物を張り巡らせ、覆い尽くして埋め尽くすだけ。
近場に居るならこの縦横無尽の植物魔法も届く。遮蔽の本棚も近距離なら簡単に飲み込めるもん!
遠距離だと本棚が壊れたのを確認した瞬間に逃げられちゃうからね~。
「はいやぁ!」
「……! 騎士……!」
その瞬間、私の眼前には槍を持った騎士が。
騎士さんは植物を次々と切り裂いていくけど、つまりこれはウラノちゃんの方に植物が迫っているから影響を減らしているという事。
ウラノちゃんが居るのは──この先!
「見つけ……あれ?」
てなかった。
そこに置いてあったのは具現化させた本を開き、人影っぽく見せている物……これって……。
「囮よ」
「……!」
やっぱり……!
気を取られているうちに背後を取られた……!
わざわざ声掛けしなければ見つからなかったかもしれないけど、攻撃を仕掛けたらあまり関係無い。だって私の周りは植物で囲んでいるから。
近くに居れば分かるもんね。狙いは振り向き様の一撃……!
「“本の衝突”」
「……っ」
正面から本が迫り、咄嗟にガードを固めるけど吹き飛ばされてしまった。
本ってそう言う使い方するかな~。特にウラノちゃんは本を大事にしてると思うけど、自分の魔法とか魔力の本は別なんだろうね……!
飛ばされる私の視界にはパラパラと魔導書を開くウラノちゃんの姿が。
「物語──“追跡者”」
「……」
(来た……!)
召喚されたのはナイフを持ち、顔をマスクで隠した存在。周りの植物を切り裂きながら一瞬にして私との距離を詰め寄り、振りかぶった。
その瞬間に樹で貫いて破壊。立て続けに大きな本が撃ち出され、私は本棚に隠れながら回避。ズズーン! と地響きが起こるけど当たってはいない。
後ろに回り込み、ウラノちゃんの姿を捉えて無数の木々を放出。巨大な本でそれは防がれ、魔力を込める気配を感じ取った。
……あれ今、私魔力を知覚した?
「物語──“天候の秘密”」
「おとぎ話とかじゃなくて、天文とか気象の図鑑や教科書……!?」
「教科書でも図鑑でも一纏めに“本”よ」
「それはそうだけど、それって物語なの!?」
「雨水が地上に落ちて天へ帰るまでの所謂ストーリーじゃない」
「そ、そうかも……」
解釈を広げたら確かに教科書とか図鑑でも一つの物語になっているかもしれない。何度か言うように魔法ってそう言うモノだもんね。
白紙のキャンパスに自分の思い描く魔法を記す。それによって体を流れる魔力が性質を変化させて自分に合った力となる。
ウラノちゃんの感性なら、普通は物語って思われないような本もお話になるんだ。
暴風が吹き抜けて私の体は飛ばされ、雷鳴が響き渡る。植物で全身を覆ってなんとか防いでいるけど、これじゃいつまで経ってもどうにもならない。
あ、それと雷が鳴ったら本来は樹の近くとかに居るのはダメだからね。私の植物は魔力だからなんとかなってるだけ……って、焦り過ぎて要らない解説を思考しちゃった……!
早くこの状況を打開しないと!
「“リーフカッター”!」
「“本の虫”」
「……っ。文字通り……!」
切れ味抜群の葉っぱを放ち、それは本に足が生えた虫っぽい物に食べられちゃった。もはやこれって本魔法なの!?
でも口っぽい部分に当たらなければ虫の方が切断されていく。どっちもどっちだね。
「“ハエトリグサ”&“ウツボカズラ”!」
「連続して仕掛けられると大変ね」
ウラノちゃんの魔法には数秒くらいのチャージが必要。だから間髪入れず仕掛けられる私達の方が数秒分は有利。
虫を食べる植物で本の虫を消し去り、そこから更に魔力を込める。
「“フラワーロード”!」
「綺麗だけど、切れるわね」
お花を咲かせ、視覚を錯乱させて花弁でウラノちゃんに切り込む。ごめんね。
直撃は避けてるけど、地味な痛みは厳しいよ。
「でも手抜き。やれやれ。貴女の優しさ、勝負だと不利になるだけよ」
「だってぇ……好き好んでお友達を傷付けたくないよ」
「これはそう言うルール。手を抜くのはその方が失礼だわ」
「でも多分ウラノちゃんも結構加減してくれてるよね……」
「さあ、どうかしら」
そう、この勝負は気絶させるか降参させるか。なので私達には不向き。
だけどそれでもやらなくちゃいけないよね。それが試合のルール! 今に始まった事じゃない!
「分かった。じゃあ、ちゃんとやる……!」
「そうね。お互いにそうしましょうか」
魔力を込め、今一度臨戦態勢に入る。瞬間的に植物を伸ばし、ウラノちゃんは本でガード。瞬時に魔導書が開き、バサバサと本が鳥のように羽ばたいて迫ってくる。
これも本魔法の応用みたいだね。
「“ブックバード”」
「一つ一つは小さい……!」
「でも数は多いわ」
本の群れへ植物を放って打ち落としていき、そのままウラノちゃんへ嗾ける。
彼女は魔導書をパラパラと捲り、植物が触れた瞬間に消え去った。……え!?
「どういう事!?」
「物語──“マジシャン”。今貴女が倒したのは私の分身よ」
「それってマジシャン!?」
「変装スキルとイリュージョンね。“降下”」
「……!」
私の背後に現れたウラノちゃんは本を落とし、押し潰す。
なんとか植物で守ったけど、沢山の本がまた隙間から飛んできた……!
「でもこれなら防げる!」
「あらごめんなさい。それは私が投げた無地の本だったわ」
「……!?」
全てを叩き落としたけど、いくつかはこの図書館にある無地の本。そうなると本物は……!
「私の近く……!」
私へ直撃し、硬さと重さに吹き飛ばされる。
私も自然の多いステージならそうするけど、地形や物を巧みに利用してくるね。ここはまるでウラノちゃんのテリトリーみたい……!
「物語──“鬼”」
『ウオオオォォォォッ!!』
「……ッ!」
金棒を持った鬼さんが召喚され、倒れる私へ追撃。
転がるように避け、図書館の床が拉げて砕けた。あれを受けたら気絶じゃ済まない気がするんだけど……。
「しょうがない……あまりウラノちゃんは見失いたくないけど……!」
「……!」
『──!』
図書館全体に植物を敷き詰め、鬼さんを粉砕。本棚を崩して行き、無理矢理私のテリトリーへと塗り替えた。
本棚しかない図書館ステージ。前述したようにウラノちゃんの身を眩ませちゃうけど、このままだとやられてたのが私だから仕方無い。
その代わり、もうメチャクチャにしちゃうんだからね!
「“樹海暴走”!」
覆い尽くした植物を更に激しく動かし、辺りを全て破壊していく。
これにウラノちゃんが巻き込まれたら光になって転移する筈。もう倒れるまでやりまくるよ!
このままウラノちゃんを倒して──
「物語──“龍”」
『ガギャアアアァァァァッ!!』
「……!」
次の瞬間、植物が突き抜ける轟炎に焼き払われた。
なんとか私には当たらなかったけど、この力はウラノちゃんが現状で出せる最強の存在……!
魔力の消費もとても多い筈。つまり、
「これで決着を付けるつもり……だよね」
「そうなるわね。かなりの魔力を消費してしまったもの。龍が消されるまでがタイムリミット……と言ったところかしら」
『グルル……』
終わらせるつもり。だけどウラノちゃんは魔力を消費してるし、あまり大きくは動かない筈。
龍にだけ気を付ければ良いよね。植物で上手く拘束して彼女を倒せばそれで終了……!
「そうそう。今回は私も仕掛けるわよ」
『ガギャア!』
「……!」
龍が炎を吐き、守りの植物を焼失させる。その間にウラノちゃんが距離を詰め、魔導書から剣を取り出して振り抜いた。それを私は紙一重で躱す。余裕のある紙一重じゃないけどね。
でもこれって……!
「ウラノちゃん……武術の練習もしてたんだ……!」
「ええ。理論が分かればその通りに体を動かすだけである程度形になる。自分で行う戦闘も案外悪くないわね」
「スゴい飲み込みの早さ……流石だね」
ウラノちゃんはとても頭が良い。テストの順位は毎回一位。それは単純に物覚えが良いと言える事。
実践経験は少なくても、型に嵌めればある程度の動きが出来るんだ……。
あまり運動をしてなかったウラノちゃんだから熟練者相手には通用しない程度だけど、その分は強敵の龍がカバー。それでもイェラ先輩やバロン先輩レベルには通じないと思うけど、体術に長けた並みより上の人よりは遥かに強いよね。
「さて、此処からが本番よ。楽しみましょう?」
『グガァ……』
「……っ。そうだね……!」
相手は一人と一匹。対する私達は私とママとティナの三人。まだ戦ってないけど、ボルカちゃんを入れて四人かな。
数では勝っているけど、龍という存在が相手なら数人の差はあまり関係無い。それ程の相手。
私とウラノちゃんの試合。それは佳境へ差し掛かる。




