第百九幕 最強vs最強
「“マジカルサーカス”♪」
「随分と殺伐としたサーカス団だ」
無数のナイフに火の輪、大きな鉄の車輪などを顕現させて放出し、イェラは木刀でそれらを弾き飛ばしていく。
流石の実力。多様の戦術で攻めてもその身を以てして防がれるわね。
「“ファイアボール”」
「威力は上級魔法と遜色無いが、初級魔法を中心に使っているのは当て付けか何かか?」
「違うわ。貴女を相手にそんな訳は無いでしょうに。様子見は何事に置いても大事という事よ」
大きな火球を放ち、イェラはそれを斬り伏せて私の眼前へ。
他の子達ならこの威力の初級魔法に驚くのだけれど、見慣れてるイェラはそうでもないわね。
木刀が打ち付けられ、魔力のクッションで弾くように防ぐ。そのまま後方へと飛び退き、一瞬で魔力を込めた。
「“ウォーターショット”」
「音より速いが……避けられぬ事はないな」
言われたので中級魔法へと以降。
秒速1.2㎞程の弾丸を撃ち込んだけれど、持ち前の反応速度で躱されちゃった。
音以上の速さを軽々避けるなんて相変わらずだわ。
けれど追撃は即座に。もう魔力は込めてある。
「“トルネード”」
「竜巻か。先程の者達のそれよりは凄まじいが、斬れぬ事はないな」
「普通斬る方がおかしいんだけれどね~」
ステージを埋め尽くし、暴風でコート外へ弾き出そうとしたけれど自分に降り掛かる風は斬り防がれた。
その間に詰め寄り、私の体がまた吹き飛ばされる。なので余風で自身の軌道を逸らし、コートの真ん中へと舞い戻る。
目前には既にイェラの姿が。本当に一息吐かせる暇すら与えない徹底振りね。
足場に魔力を込め、気休め程度に自分の周りを強度に極振りした特殊合金からなる壁で囲んだ。
「“鋼鉄の結晶”」
「硬いな。金剛石並みの強度に柔軟性を加え、より砕け難くしてある」
「それを容易く砕く貴女はなんなのよ~?」
「知っているだろう。イェラ・ミールだ」
「いや、そうなんだけれどね。相変わらず醍醐味を知らないわね~」
これもある意味テンプレかしら?
強固な守りを崩され、飛び退くように距離を置く。いっその事飛んでしまいましょうか。
魔力を込めて浮遊し、空から見下ろす。飛んでいてもコートの外に出たら負けだから、ラインが見えにくい分不利かもしれないわね。
でもこれで一方的に攻撃出来る環境が整ったわ。
「“マジカルクラスター”」
「響きの割に危ない攻撃だな」
大量の魔力を顕現させ、それを絨毯爆撃のように一斉投下。
コート内全てを爆風が飲み込み、傍から見たら焦土と化している状態。とは言え、イェラにこれはあまり効かないでしょうね。見た目的な演出は派手だけれど、結局の所狙い目は一人。1.6mくらいだもの。
あら、確かイェラの身長は人間の女の子にしてはもっと高かったわね。171㎝くらいだったかしら。
因みに私は身長166㎝くらいで、平均よりは上って感じね。
そんなプチ情報を挟みつつ、爆撃を抜け出したイェラを前に魔力の障壁を貼る。飛べなくても跳躍だけでこの距離を詰め寄るものね。ただ飛べるだけの子が相手なら油断して即座にやられちゃうわ。
「ハッ!」
「フフ……」
「……!」
壁は突き破られ、至近距離で魔弾を放出。イェラの体を吹き飛ばす。
このままラインの外に出てくれたら助かるけれど、そんなに甘くないわよね。
空気を蹴って勢いを殺し、着地と同時に今一度高速で私の元に来る。
わざわざ助走を付けなければ飛べないから空中戦は不利だと思われるでしょう。でも違うの。イェラはそのまま空気を踏みつけて浮き上がり、難なく空中戦を塾すんだもの。
「“マジカルソード”」
「剣と刀の戦いか。悪くない!」
「私の場合は自立型だから少し違うけれどね」
魔力からなる無数の刃に対し、イェラの武器は魔力強化で折れにくくした木刀のみ。
さて問題。どちらが有利でしょう。
A.──
「ハアッ!」
「“インパクト”」
──引き分け。
瞬きもする間も無く複数回斬り伏せて全ての刃が破壊される。それを見兼ね、私が魔力からなる衝撃波を放出して互いの体を吹き飛ばし、互いにコート上ラインギリギリで堪える。
常人なら此処でようやく一回の瞬きが終わるわね。中々速い攻防でしょう?
さて、これで数百メートルの距離が空けられた。イェラなら一瞬で来ちゃうから着地の瞬間に準備は終えているわ。
「ハッ!」
「“魔拘束”」
「なんだ今更、この程度!」
足に魔力を込め、根を張るように散らし、イェラの全方位を囲んだ。
けれど容易く魔力は切断され、彼女は木刀を振り翳した。
その隙を突き、背後から別の魔力を伸ばす。
「フッ、その程度の技。見抜けないと思ったか!」
「でしょうね」
隠し魔力は見抜かれた。けれどそれも承知の上。イェラに通じるとは思わなかったわ。
だから隠し球は更に用意してあるの。
追加の魔力が彼女の体へ伸び行く。
「それも見抜いている!」
「あらそうなの」
そしてそれも防がれる。勿論私も分かっていたわ。
だから更なる魔力を伸ばし、
「それにも気付いている!」
「そうよねぇ~」
イェラに防がれ、勿論それも──
「……ルミ……流石にそろそろしつこいぞ。どんだけ私を拘束したいんだ」
「だって屈強な貴女が縛られる姿を見たいだもの。仕方無いじゃない」
「何がどう仕方無いのか簡潔に説明して欲しいところだな」
それから数十回のやり取りを終えた辺りでイェラからツッコミが入った。
彼女を物理的に縛り付けたい。そんな人は他にも居ると思うわ。私は束縛系のそれじゃないけれどね。ただ眺めたいだけ。
「じゃあ今度プライベートで頼もうかしら」
「誰がするか!」
さて、冗談は置いておきましょうか。
実際の理由で言えば拘束したらすぐにコートの外に出せるからという事。
縛られたイェラを見たいという行動理念は全体の三割……四割くらいね。
でもそれが叶わないなら、別の方法でコートの外に出しましょうか。
「所謂……ステージギミックね」
「魔力エネルギーの込められた球体が複数か」
包囲するように魔力の罠を設置する。
これら一つ一つは突破の難しいステージギミック。イェラなら一呼吸もせず全てを破壊してしまうから即座に使用。
「“ギミック”」
「……!」
私の背後の魔力が爆ぜ、吹き抜ける暴風によってイェラの体を押し出す。
一瞬にしてラインギリギリまで移動し、木刀を地面に突き刺して固定。だったらと水のギミックが起動し、ウォーターカッターでイェラの居る地面その物を切り離した。
魔力からなるこのコートは例え地面が無くなっても位置に留まるからラインの場所は変わらず分かるの。
だから遠慮なくやれる。
「こちらとしても一気に決めなくてはならないか」
「あら、抉った地面をそのまま足場に。来たわね」
浮き上がった地面を踏み砕いて加速し、私の眼前へ迫る。
次なるギミックを発動させ、地面の壁を顕現。それを軟化させてゴムの如し。突っ込んだイェラを弾くように吹き飛ばす予定だったけれど、
「先程の金剛石で無駄だったのだ。今回も駄目だろう」
「そうみたいね。柔らかいし木刀だから大丈夫かしらって思ったのに」
「フッ、木刀へ纏う魔力の性質くらいは変えられる。この木刀も私に掛かれば本物の刃に等しいぞ」
「魔力量は少ないけれど、魔力の性質くらいは変えられるものね。他の子達ですら火とか水に変えているんだもの」
「そう言う事だ!」
イェラが使える魔力は限られている。だからこそ木刀に如何様な魔力を纏わせるかで戦法が変わる。
ゴムを切り裂いて突き抜けたイェラはそのまま木刀を振り下ろし、最後のギミックが発動した。
「……! 火か……!」
「そ。私の得意分野。苦手な分野はないけれど、最も得意なのが火よ」
火炎にそのまま飲み込まれるイェラ。でもこれだけじゃダメなのは分かり切っている。
本命は目映い炎によって視界を悪くし、ラインの外へ追い出す事。その為には一旦コートの中心へ。そうしなくては私の方が押し出されちゃうから。
さて、トドメと行きましょうか。
──お互いにね。
「──“魔王の力”!」
「──“勇者の剣”!」
お互いに力を顕現。けれど視認出来なければ形容も出来ない。概念のような力。
何が起こっているのか、何があったのかは私達にしか分からない。それについてはお客さん達に悪いわね。
力のぶつかり合いが起こり、衝撃波が迸る。既にステージは完全消滅したけれど、魔力のラインだけは辛うじて残っている。
このステージ代は私が弁償しておきましょうか。
次の瞬間には辺りが静まり返り、チラリと下を見る。私の足元には魔力のラインが。ギリギリ越えてはいないわね。
遠方を見れば、イェラがラインを微妙に越えていた。私は視力も良いのよ。
そして気付いた時、私達は体育祭会場の“魔専アステリア女学院”に戻っていた。
司会役の子は少し呆気に取られ、音声伝達の魔道具を握り締める。
「“押し出しゲーム”勝者。高等部三年生。ルミエル・セイブ・アステリア率いるチーム。おめでとうございます!」
「「「ワアアアァァァァッ!!」」」
弾けるような声が響き渡る。体育祭の盛り上がりも悪くないわね。上々の賑わいだったわ。
私の元にはイェラが近付いていた。
「やれやれ。負けてしまったな。ルミ。去年の個人戦の時もそうだった」
「そうね。今回と同じく一進一退の戦い。連勝出来たのは運が良かったわ」
「運で負けたというのもやり場がなくてあまり好ましくないんだがな」
「フフ、でもそうとしか言えないんだもの。しょうがないじゃない。実力は本当に差が無いわ」
ゲーム後にはイェラと笑い合う。それもまた醍醐味。殺し合いじゃなくて試合なんだからね。
運に委ねるのは私としても不本意だけれど、それ以外に説明のしようが無いのよね。体育祭というだけあってお互いに本気を出さなかった。出せなかったんだもの。
何はともあれ、その後に閉会式が執り行われ、無事に今年の体育祭も終わっていったわ。
*****
「……はあ、スゴかったね~。先輩達の試合はいつ見ても開いた口が塞がらないよ~」
「だよなぁ。もう数時間前なのに、まだ余韻が残ってるぜ~」
体育祭から数時間後、私とボルカちゃんは一緒にお風呂に入って今日の感想を言い合っていた。
私達だけじゃなくて他の人達もその話で持ちきり。大きなイベントだったもんね~。
スゴく見応えがあったよ!
「フフ、楽しんで貰えて何よりだわ」
「後輩達にそう思って貰えるのは嬉しいな」
「ル、ルミエル先輩にイェラ先輩!?」
「おー、珍しくこの時間に風呂なんスね」
「「「きゃー! ルミエル様にナイト様よー!」」」
お風呂に入っていると、ルミエル先輩とイェラ先輩が。そして相変わらずイェラ先輩は愛称の“ナイト”で呼ばれてるね。
いつもは忙しいから今の時間帯に会う事は無いけど、今日は都合が良かったのかな。
「隣、良いかしら?」
「はい! 勿論です!」
ルミエル先輩とイェラ先輩が優雅に湯船へ浸かる。他の人達もなるべく近くの位置に陣取って少し息苦しいかも。
先輩はそんなギャラリーを気にせず口を開く。
「どうだった? 二人とも。今日の体育祭は」
「とても楽しかったです! 一年生の部では最優秀取れましたから! けど先輩に負けちゃったのは残念です……」
「楽しめたけど、悔しさもありますね~」
「フフ、私としても勝ちたいんだもの。仕方無いわよ。でも楽しんで貰えたなら何よりだわ」
ルミエル先輩は自身の腕を撫で、滑らかに擦る。
相変わらず綺麗なお肌。水滴が肩から流れて腋窩を通り、胸元へと落ちていく。
って、絵画や彫刻みたいで思わず見惚れちゃった。変に思われちゃうかもしれないからと別の場所へ視線を移す。
何にしても、今日も楽しかった~。
「ふふ、確かに楽しみました。満足です!」
「だな。もしいつかまた戦う事があったら、今度は負けませんよ!」
「そう。良かったわ! そして私としても負ける気は無いわよ」
「フッ、盛り上がっているな。元気なのは良い事だ」
周りの目を気にせず盛り上がっちゃった。でも周りの人達も今日の体育祭についての事をよく話していたから先輩達と私達の会話を筆頭にそれについての盛り上がりを見せている。
体を健康的に動かす体育祭。これも初めての経験だったけど、とても満足かなー!
お風呂と余韻に浸りつつ、今日も終わりを迎えるのだった。




