第百三幕 超大玉転がし
《学院対抗ダイバース。中等部一年生vs中等部三年生、種目は超大玉転がしとなります》
「大玉転がしじゃなくて、“超”大玉転がしなんだ……」
「ま、普通のままじゃダイバースの競技にはならないしな~。特殊な玉が使われるぜ!」
「もう大凡の予想は出来てるんだけど……」
発表されたゲームは超大玉転がし。もう名前からして何をするかは分かっちゃうね。
私達はそのステージへ転移した。
ステージは平原って感じかな。原っぱにレーンがあって青い空が広がっている。
目の前にあるのは通常の競技よりも遥かに大きな玉。
「やっぱりこう言う事……この大きな玉をゴールまで転がして行くんだね……」
「何百キロあるんだろうな。流石にトンまではいかないと思うけど」
「形は丸いですけど、そう簡単には転がりませんわ」
「しかも遠方には斜面も見える。一苦労ね」
「魔法を使う事が前提になってるね。当たり前だけど」
在り方は予想通り、とてつもなく大きな玉をゴールまで運ぶというもの。
重さの程はボルカちゃんの言うように数百キロは越えてると思うけど、それだけなら問題無い。何百何千トンはありそうな神殿とか街とか持ち上げた事があるらしいから。私! 実際森は持ち上げてるもんね!
気持ちいい草原だけど、そろそろ動かなきゃ!
「それじゃあ玉の方は私が持つから、サポートよろしく!」
「おう! 任せとけ!」
「ティーナさんが適任ですわ!」
「頼んだわよ」
「映像では何度か見てるけど、目の当たりにするとスゴいねー。植物魔法」
植物を生やし、玉を持ち上げて移動の準備は完了。ボルカちゃん達がリタル先輩達への妨害役、兼、先輩達からの妨害を防ぐサポートに回ってくれた。
周りに警戒しつつ、レーンを進み行く。結構広い草原だけど、見晴らしも良いから先輩達が来たらすぐに分かるね。
陣形は前方に瞬発力のあるボルカちゃんと本人の希望でミナモさん。後方には多様の本魔法を使えて様々な状況に対応出来るウラノちゃんと回復とかサポート特化のルーチェちゃんで真ん中に私って感じ。
「……! ティーナ。前方に注意だ」
「……! 来たって事だね……!」
そして前を行くボルカちゃんから声が。彼女は瞬発力だけじゃなくて視力を含めた五感も何かもが上澄みだもんね。
相手の出方を窺うには適任。私達は臨戦態勢に入る。
「あれは……って、 リタル先輩じゃん!」
「え!? リタル先輩……だけって事?」
「ええ。そーみたいね」
私達の前に立ちはだかるのはリタル先輩が単独で。
私が言えた事じゃないけど、リタル先輩っておっとりしてるからスピード勝負の超大玉転がしって種目で足止めは難しいんじゃ……。
「行きますよぉ~」
「先輩の匂いを司る魔法。油断は出来ないな。先輩自身に戦闘手段は少ないから速攻で駆け抜ける事だけを考えよう!」
「うん!」
「オーケー!」
リタル先輩の魔法は様々な匂いを介して眠らせたり戦意喪失させたりと多種多様。だから既に何かしらは仕掛けられている事を前提とし、匂いが鼻腔から中枢へ入り込むよりも前に突破する事にした。
速度は重要。先輩の魔法は軽く吸うだけで絶大な効果が及ぶからね。だから私達は迅速に──
「こっちがゴールだなー!」
「さー! 行っちゃおーか!」
「さあ、早く向こうに行きましょう!」
「フフ、何もしてきませんでしたわね!」
「……え?」
そして、ボルカちゃん、ミナモさん、ウラノちゃんにルーチェちゃんの四人の様子が変わった。あらぬ方向に向かって進み出したのだ。と言うかグルグル同じ場所を回ってる……。
どういう事……? って、こんな事を出来るのはもう分かり切ってるよね。
「リタル先輩が何かをしたんですね……!」
「ふふふ~。ご名答~。“催眠香”。認識を変えたけどぉ……貴女には通じないんですねぇ~」
「催眠……」
催眠による認識の変化。四人は別々の方向に行っちゃって私だけが残ってしまった。確か、タマモさんが私には催眠とかの類いが効かないって言ってたよね……心が無いとかちょっとムッとする理由で。心が無いなんて事はそれこそ無いと思うけど、私って本当にそれ系は効かない体質なんだ。
それについては好都合。植物で大玉は支えているからそれも問題無い。けど、このままの状態で進むのは大変かな……。リタル先輩に足止めされてるから、向こうが先にゴールへって感じの作戦なんだね。
「すみません。先輩。力尽くで突破します!」
「分かったよぉ~。けど、私も簡単には通さないから~」
「うっ……普通に話してるだけで時間稼ぎが成立しちゃう……」
リタル先輩はゆったりとした話し方。だからこちらのペースが乱される感覚があった。
集中しなきゃ。普通のエレメントも使えると思うけど、基本的には香料魔法で攻めて来る。隙を与えたら相手の思うつぼ。
だからここは、一気に仕掛ける。
「“樹海前進”!」
「あらあらぁ。いつも通り大量の植物で来ましたねぇ~」
取り敢えずここで完全に倒し切るのは難しい。だから私は植物でリタル先輩を押し出す形を作り出す。
当然のようにそれも想定内。だったらもう別の匂いが放たれているかもしれない。
「成る程! 此処にも障害物があるのか! だったら突破するのみ!」
「え!? ボルカちゃん!?」
するとその植物の波はボルカちゃんによって焼き消されてしまった。
そう、相手を操る催眠効果のある魔法の香料。即ち──
「敵を見つけましたわ! “光球”!」
「ちがっ……ルーチェちゃん!」
──私以外の全員が敵。
私が敵だと思われている。そう、普段から仲良しのみんなに……そう言う魔法なのは分かっているけど、実際にやられると悲しい……。
一先ずとして光球は植物魔法で守護。ルーチェちゃんとはダイバースの新人戦で戦っているからまだ相手のし易さもあるけど、問題は……。
「手強そうだな。アタシも加勢するぜ! “フレイムソード”!」
「ボルカちゃん……」
「さっさと突破しちゃいましょう。物語──“鬼”」
『ウオオオォォォォッ!』
「ウラノちゃん……」
「倒すよー!」
「ミナモさん……は面識まだ少ないからいいかな……良くはないけど」
他のみんな。
ボルカちゃんは炎の剣で植物を焼き切り、ウラノちゃんは本魔法から生み出した鬼さんで砕く。
ミナモさんは……なんだろう。水のレーザーみたいなやつで斬ってる。標的は何れも私。
それに加えてリタル先輩。みんなと戦うのは嫌だよ……ルール上仕方無くならまだしも、操られている状態でなんて……。
「少し可哀想でしたかねぇ~。降参するなら皆様の催眠を解きますよ~。私も勝ちたいので~」
「それは……ダメ……です。私達がみんなと勝ち上がってルミエル先輩達と戦うのですから……!」
リタル先輩の優しさか、辛いなら降参すれば解放されるとの事。
でもそれじゃ元も子も無い。みんなと勝つ為に一回戦を突破したんだもん。私情に任せて勝負を降りるのは、それこそボルカちゃん達に悪くなる。
それに元々、私はひとりぼっちじゃないから!
「ママ。みんなを止めよう」
『ええ、そうね。ティーナ』
「……出ましたね。特に深入りはしませんよぉ~」
まだママだけで良い。ボルカちゃんだとボルカちゃん達をより深く傷付けちゃう可能性があるから。
だから私は、ママとティナだけでなんとかする。要するに傷付けないように拘束すれば良いんだもんね!
「“フォレストスネーク”!」
『シャアッ!』
「周りの植物が集まって大きな蛇さんになりましたねぇ~」
フォレストゴーレムだと優しく包めない。だから拘束には向いている蛇さんを使ってみる。
蛇も怖いけど、それ系統の幻獣さんや魔物さん達の混血も通りで見かけたりするもんね。だから大丈夫!
「みんなを止めて!」
『シャッ!』
「蛇を召喚する魔法使いか!」
「私の本魔法に似ているわね」
「相手にとって不足はありませんわ!」
「やってやる!」
フォレストスネークは蛇腹を擦って直進し、ボルカちゃん達の周りを囲む。
どうやら植物魔法の一つって事は分からないみたい。珍しい魔法だとそれが切っ掛けになって催眠が解けちゃうのかな。それとも植物込みでの催眠……用心深いリタル先輩なら後者。前者の可能性も捨て切れないけど、認識を阻害されているなら練ったところでムダに終わっちゃうから深くは考えない!
「リタル先輩達自身も捕らえます! “森林生成”+“森林迷宮”!」
「おやおやぁ~。ステージ全体が森の迷路になってしまいましたねぇ」
戦っている間に先にゴールされたら意味がない。だからレーン及びステージ全体を森の迷宮とし、先輩達のチームを翻弄する。
これで先にゴールはされにくくなった筈。そのうちに勝負を付ける! ボルカちゃん達は時間の問題だけどフォレストスネークが止めてくれているからここは私が!
「先輩。容赦はしません!」
「良いですよぉ~。後輩達を操るなんて悪い事しちゃってるんですから~。その覚悟はちゃんとありますぅ~」
「うぅ……緊張感が無くなる話し方~」
「生まれつきなんだから仕方無いじゃないですかぁ~」
「それはそうなんですけどね……」
何はともあれ、超大玉転がし。妨害者、リタル先輩。香料魔法は多様だけど、攻撃には向かない。有利なのは私達の植物魔法。
ボルカちゃん達がフォレストスネークが抜け出す前にケリを付けなきゃ!
私達の学院対抗ダイバース二回戦、やっぱり強敵のリタル先輩との勝負が始まった!




