第一幕 開演
──それはまるで、小さな舞踏会のようだった。
クルクルクルと箱に乗った小さなお人形が回る。
綺麗なドレスを着た小さな小さなお人形さん。クルリクルクル、クルクルリ。とってもとても楽しそう。
私も一緒に踊ろうかな。魔法の糸を使って一緒にクルクルクルリ、クルクルリ。
ベッドのお布団で寝ているママは楽しそうに踊る私とお人形さん達を見ていた。
「ふふ、上手ね。貴女には人形使いの才能があるわよ。ティーナ」
「ホント!? ママ!」
ティーナ。──“ティーナ・ロスト・ルミナス”。それが私の名前。
私は嬉しくなってママのベッドに飛び込む。ママは頭を撫でてくれた。
「ええ。私は嘘を吐かない。貴女に嘘なんて言った事ある?」
「えーと……ない! けど……ママ。まだ元気にならないの……?」
「うーんと……大丈夫! それも嘘じゃないわ! もうすぐ元気になるから!」
「もうすぐって……もう何年も……」
「大丈夫大丈夫! 安心しなさい!」
「ママ……」
ママは病気。ずっと悪い敵と戦っているんだってパパが言ってた。
けど、笑ってるし、元気だし、大丈夫だよね。きっと。だってママはウソつかないもん。
「だからね、もっと私に見せて頂戴。ティーナ! 貴女とお人形さん達。それを見たら早く元気になるから!」
「うん! いいよ! そーれ!」
『『…………』』
指揮者のように手を振り、指先から繋がる魔法の糸を持ち上げて二人のお人形さんが一緒に踊る。私も一緒にクルクル回る。
ママが元気になるんだもんね! 早く元気になってね! ママ!
「ふふ、素敵よ。ティーナ」
「うん! ママ! だからね……ママ……」
《──貴女が居てくれたから、私は幸せだったわ。今までありがとう》
「えーと……早く元気になってね!」
「ええ。すぐにでも元気になって、また昔みたいに、貴女やパパと一緒にみんなでお出掛けでもしましょうか♪」
「うん。ママ……」
《大丈夫だから。私が治るまで……私が居なくなっても、いつまでも明るい貴女で居て頂戴》
「……眠くなってきたわね……そろそろ寝ましょうか……。……おやすみなさい……ティーナ……また明日……」
「おやすみ……ママ……」
同じベッドの中。ママの手は細いけど温かい……。私をギュッとしてくれた。
《貴女を産んで……本当に良かったわ……──》
──その声は、遠く遠く、遠いお空高くに舞い上がる。もう、私に聞こえる事はない。
「うわーん! ママー!」
「リーナ……。……ティーナ……」
大きな箱に入ったママの前で、私は泣きじゃくる。パパが頭を撫でてくれるけど、何も感じない。目から水が溢れてる。少し、しょっぱい。
寂しい。悲しい。とても辛い。もうママには絶対に会えなくなった。
ママが居るのは大きな箱の中……ママもお人形さんになったのかな……? だけど土の中に入っちゃったらもう遊べないよ……。
また会いたいよ……ママ……。
「──クルリクルクル……クルクルリ……」
指先から垂れる魔法の糸でお人形さんを操り、楽しいダンスを踊らせる。
キレイなお人形さんは回って転んで起き上がる。薄暗い部屋の窓の外には雨が降っていた。
「ママのウソつき……」
『『…………』』
魔法の糸が切れ、お人形さん達が動かなくなる。少し寒い。私とママの部屋……ポツンと置かれたベッドにテーブル……ママはもう帰って来ない。
部屋の隅っこでうずくまる。おかしいな……窓閉めてるのに……私の服……ビショビショになっちゃった……。
「……おやすみの後は……おはようじゃなきゃダメなのに……」
見慣れたお部屋が広く感じる。元々広いけど……いつにも増してスゴく広い。こんなに広かったかな。
お洋服の入ったタンス。一緒に眠ったベッド。よく聞かせてくれた絵本がある棚。全部が私を見つめる。まるでお人形さんのお家みたい。
そう、お人形さん。ママもお人形さんになっちゃったんだね。それなら私もお人形さん。
ここは大きなお人形のお家。私達はみんなみんな、とても大きなお人形。
「──ねえ、ママ。これから何して遊ぶ? ━━そうね、それじゃワルツを踊りましょうか。──うん! じゃあ一緒に踊ろう! また昔みたいに、ずっと一緒にね! ━━ふふ、そうね。行くわよ。ティーナ!」
クルリクルクル、クル、クルリ。クルクルクルリ、クル、クルリ。
私達はお人形。楽しく踊るお人形。悲しい事なんて何もない。さあ一緒に踊りましょうか?
アナタと私は繋がってる。みんなもきっと繋がってる。魔法の糸で繋がってる。
クルクルクルリ、クルクルリ。クルリクルクル、クルクルリ。
此処は楽しい舞踏会。みんなもクルクル踊ってる。
──嗚呼、なんて楽しい素敵な一日なのでしょう。美しく仄暗い世界で私は踊る。