深夜二時を回って会社を出れば、電車も深夜バスもないから、仕方ないのでタクシーを掴まえるが、会社はタクシー代を出してくれない、多分
時代は平成になったばかり。
私の会社は、いわゆるブラック企業ではなかった、多分。
当時、私は二十代の女子だったが、その時も今も、庇護欲をそそられるタイプではない。かといって、バリキャリでもない。今も昔も、ただのドンくさい女子だ。
深夜二時まで仕事をしていたのは、もちろん、純粋に私の仕事能力の問題だ。
当時、女子があまり夜遅く残ると叱られたので、サービス残業になったが、それでもブラック企業ではなかった、と思う。
私が遅くまで残っていたのは、絶望的にコミュ障だからだ。
私は……おそらく多くの日本人がそうかもしれないが、人に質問ができない。わからないことを「わからない」と宣言できない。
これはコミュ障というより、見栄っ張りなのかもしれない。
質問ができないまま仕事をする……その結果が、深夜二時までの残業となるのだ。
二十代コミュ障女子にとって、タクシーに乗るのはものすごくハードルが高いが、それでも私はタクシーに乗った。そこらのビジネスホテルに泊まったほうが安上がりかもしれないが、コミュ障女子にとって、それはもっともっとハードルが高い。
ということで、私は深夜二時、タクシーに乗った。
コミュ障女子には、タクシーの運転手に道順を説明する、という能力はない。
だから、××町へ行ってください、で、あとは任せる。
繰り返すが、この話は平成はじめ、バブル崩壊後のことだ。当時はスマホもカーナビもなかった。
女子力ゼロで見た目はほぼババアだが、それでも二十代女子にとって、おじさんと密室で二人きりは……自意識過剰かもしれないが、やはり緊張する。
いわゆるタクシーの運転手と会話なんて、コミュ障にできるわけがない。だから、私は目を閉じて、眠るふりをした。深夜二時。この時間帯なら許されるはず。
が、その運転手はとーっても気のいい人だった。
デブスなコミュ障女子なんか放置してくれればいいのに、彼はサービス精神旺盛な人だった。
だから、彼はある大通りに差し掛かると言った。
「ここはね~、有名なところなんだよ」
コミュ障女子はあまり教養がない。賢くないのに○○大学に無理矢理入学した人間だから、大学受験に必要な知識で、脳はマックスなのだ。
「えー、なんで有名なんですかあ?」
教養深い運転手に、私は尊敬の念を込めて尋ねた。実際、こういう仕事の方の知識は深くて広いのだ。
「ああ、ここはねえ、江戸時代の処刑場だったんだよ」
・・・・・・深夜。動く密室で、私はおじさんと二人きり。
他に交通手段があれば、私は適当なところで下車しただろう。
が、深夜二時過ぎ。バスも電車も終わっている。私は彼に頼るしかないのだ。
「え~、それは怖いですね~」
私の見た目は女子力ゼロだが、声はなかなか女子力がある。「きゃあこわい~」と、精一杯可愛い声を出して怖がるフリをしてみたが、本気で怖かった。本気で怖かったからこそ、恐怖を覆い隠すため演技をしてみせた。
彼は本当にサービス精神が旺盛だった。平成はじめという大昔のことなので覚えていないが、処刑場は怨念がこもっているとか、そんなことを語っていた気がする。
が、話はそれだけにとどまらなかった。
「おじさんさ、千葉の病院で女の子を一人乗っけたのよ。で、△△へ行ってくれって言われたんだ。ずいぶん遠いところだから不思議に思ったけど、まあ乗せたわけね」
勘のいい方は、この話のオチがわかっただろう。
が、鈍い私は、なんか難しそうな話だなあと、ボンヤリ聞き流していた。
「で、女の子の家に着いたわけ。女の子が『親からお金をもらってくる』って言うから待ってたんだ。でもさあ、全然、戻ってこないんだ」
もう結末は見えてきたが、続けよう。
「いつまでも戻らないから、俺、家のピンポンを押したんだ。その子の親らしい人が出てきたから、事情を話したんだ。そしたらね、親が言うんだ」
親のセリフ、大方の人には予想通りだろうが、私には予想外だった。
「『今、娘のお葬式を済ませたところです』ってね」
・・・・・・深夜二時半を回ったところだろうか。
そのあとも、サービス精神旺盛な運転手は、いろいろ話してくれた。多分、私は「えー!」「うっそー」「こわーい」を連発していたと思うが、はっきり覚えていない。
無事、我が家に到着した。
私は心の底から安堵を覚えた。
が、サービス精神旺盛な運転手に、私はとどめを刺された。
「おじさんさあ、喉乾いちゃった。奢るからさ、今からコーヒー、一緒に飲まない?」
なんと返したか、私ははっきり覚えていない。多分、笑顔をキープして「あー、コーヒー飲めないんで~」と言ったのではないかと思う。
令和時代。そんなサービス精神旺盛な運転手はいないだろう。
そもそも、そんな時間まで働く人も僅かだろう。
働き方改革でリモートワークの時代だ。
うん。
平成のはじまり、まだバブルの残滓が香る時代。今となっては、ただ懐かしい。
あの彼は、さすがにタクシーの運転はしていないだろうが、もしかすると、介護ヘルパーさんに怪談を聞かせて楽しませているのかもしれない。
そうであってほしい。
でなければ……私ひとりが怖い思いをしたことになる。それはあまりに理不尽すぎるではないか!
二十代女子にとって決して安くないタクシー代(おそらく五~六千円)を払ったのだから!
どこがホラーだって? いや、二十代女子が深夜二時に、三十分以上、脱出不可能な密室で延々とおじさんから怪談を聞かされたのだ。充分、ホラーではないか。断じてこの話は、カテゴリーエラーではない。
え? タイトルと話が噛み合ってない? すいません。単に長文タイトルの小説を書きたかったんです。