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【第12回 ネット小説大賞受賞】稀代の悪女は、猫となり愛を知る。  作者: 清澄 セイ


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さようなら、どうぞ地獄でお元気に

「オフィーリアに触るな、下衆が」

「ぐあぁ……っ!」

 音もなく現れたクリストフが、ホーネットの脇腹を思いきり蹴りつける。骨と皮だけの体は容易く吹き飛び、なす術もなく地に伏した。

「やっと地に頭を擦り付ける気になったのですね、お父様」

 先ほどの言葉の通りになり、私は満足げに微笑む。

「うぁ……、痛い、痛い……っ!誰だ、貴様ぁ……!」

「ふん。まるで斬りつけられたかのような痛がりようだな、だらしない」

 クリストフは珍しく瞳孔を開き、今にももうひと蹴りお見舞いしようと構えている。

「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。クリストフ殿下」

「当然だ、貴女を傷付ける者は誰であろうと許さない」

「ふふっ、頼もしい限りです」

 まるで恋人同士のように身を寄せ合う二人は、この荒んだ場にそぐわない雰囲気で視線を交わす。私がこの程度を御せないはずはないと分かっていながら、わざと派手に登場してみせるなど、随分と可愛らしいことをするものだ。

「で、殿下……、だと……?」

 ホーネットは脇腹を抱えながら、呻くように呟く。

「この方は、ベッセル王国第二王子クリストフ殿下ですわ」

 自分を蹴り飛ばした男の正体を知った瞬間、奴の目が媚びるようにくにゃりと曲がった。

「よくやったぞ、オフィーリア!ヴィンセントの子を孕むよりも、ずっと利になる!」

「まさか、ベッセルへ逃亡するおつもりで?」

「その手助けをする為に、ここへ来たのだろう」

 どこまでも、自分の妻や娘を道具としか思っていない。オフィーリアのぞんざいな扱いには腹が立つが、本来の私もこの男と大した違いはなかった。

「思い返してみれば、お父様は私をここまで育ててくれましたものね。それに対して、相応の恩を返すのは同然ですわ」

「ああ、オフィーリア。やっと理解したのか、それで良い」

 どこまでも都合のいい考え方をするホーネットに向かって、私は満足げに目を細める。対照的に瞳孔が開いたままのクリストフの脇腹を、肘で強めに突いた。


(まったく。私よりも、ずっと気が短いのだから)


 内心呆れつつも、自分の代わりに腹を立ててくれる存在がいるというのは、案外悪くない。

「ヘレナと私通していた殿下の子を孕んだという嘘は、あまりにも辛過ぎます。それにこれ以上、王家に対する侮辱を重ねない方が懸命です」

「ベッセルに居を構えることが出来るのならば、そんな芝居も必要はない」

 すっかり勝者の表情を浮かべるホーネットは、他国の王子を値踏みするかのような視線で舐め回しながら、それにしても……、と言葉を続ける。

「お前のような冴えない女が、まさか王子殿下を連れてくるとは」

「……冴えない女、だと」

 私の牽制でようやく落ち着きを取り戻したはずのクリストフが、再び額に青筋を立てる。

「これは失礼いたしました。殿下を御前にして、碌なご挨拶もせず取り乱した無礼、どうかお目溢しを」

「……ああ」

 この男は、人間性を除けばそれなりに商才のある領主であった。にも関わらず、相手の求めているものを察することが出来ないのは、落ちぶれてしまったせいだろうか。損失回避性が欠如し、碌な精査もせず目先の利益に飛びつく。急に現れた他国の王子が、無償で自身の身を助けてくれると、本気でそう考えているらしい。

「至らない娘ではありますが、どうか殿下の慰めになれば幸いでございます」

「……オフィーリア嬢は私にとって、唯一無二の人だ。下衆な物言いは控えてもらおうか」

「はは、それはそれは!貴方様ほどのお人にそのようにおっしゃっていただけて、父としても誇らしい限りです」

 奴が口を開くたびに、クリストフの鋼の拳がみしみしと音を立てている。まるで大型犬に「待て」の訓練を施しているようで、少し気分が晴れた。

「私は、貴方がオフィーリア嬢の父であるというだけで、我が国に迎え入れる十分な理由になる。しかし、国王陛下や私の兄にとってはそうではない、残念ながら」

「ええ、重々理解しております」

 わざと兄の名前まで連ねたのは、クリストフが第二王子であると強調する為。すでにマシューに権威などないが、あえて自分は最終決定権を持っていないと主張することで、他を納得させるには相応の対価が必要だと示唆している。

「ロイヤルヘルムとベッセルを別つ海域の海図を、こちらに渡してくれませんか?」

「オフィーリアから聞いたのですか?」

「それもありますが、デズモンド侯爵といえばいくつもの商船と独自の海図を持つ遣手として、我が国にもなが通っておりますゆえ」

 戦場で暴れ回るだけしか脳がないと思っていたが、案外口も良く回るらしい。

 思えばこの男は、まったく目立たないオフィーリアに白羽の矢を立てた慧眼の持ち主でもあった。加えて国王やマシューの臣下達も上手く抱き込んでいるのだから、ホーネットのような小物を操るなど造作もないことだろう。


(この私がクリストフに劣っているはずはないけれど、気を抜くとホーネットの首をへし折ってしまいそうなのよね)


 愛という感情はつくづく厄介な代物だと思いながらも、このもどかしさも嫌ではないから困ったものだ。

「何十年もかけて独自に調査し書かせた海図だ。あの複雑な海域において、これ以上のものは絶対に手に入らない」

「実に素晴らしい、それがあれば陛下や兄上も必ず貴方を歓迎するでしょう」

「生涯誰にも渡す気はなかったが、今はそうも言っていられない状況ですからな」

 今やクリストフへの警戒心はすっかり解け、自身の身はもう安全だと鷹を括っている。

「思えばヴィンセントは、最初から信用ならない蛇のように狡猾な男でした。いずれこの侯爵家を継ぐことになったとしても、全てを任せるつもりなど毛頭なかったのです」

「オフィーリア嬢を傷付けた罪は、死をもってしても償えるものではありません」

「まぁ、親の私から見てもヘレナは魅力に溢れた娘でしたので、オフィーリアよりもあの子を選ぶのは致したかないことかと。最初からヘレナを婚約者としていれば何も問題は起こらなかったのだろうが、いかんせん殿下ご自身の要望でしたから」

 小馬鹿にした物言いで、ホーネットはちらりとこちらに視線を移す。


(さっさとくたばれ、この業突張の糞爺め)


 それはそれは可憐に微笑んでみせると、なぜかクリストフの方が狐に抓まれたような表情を見せた。

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