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可哀想な令嬢に、終止符を

 やはり、馬車も船旅もこの体には合わない。アレクサンドラだった頃は平気だったが、やはり猫としての体質が染み付いているせいなのか。便利な体であると同時に、こうした弊害もあるのが解せない。

 それもこれも、元凶はあの男だ。大人しくヘレナに刺されていればいいものを、女々しく逃げおおせるなど本当に忌々しい。

「ユリ、どうかしら?私って、黒が似合わない?」

「まさか!オフィーリア様は、どんなお色のドレスでも本当にお美しいです!」

「ふふっ、そうよね」

 数日もすれば体調も回復し、食欲もすっかり元に戻った。ユリに用意させた黒のドレスは、シンプルでありながらオフィーリアの白い肌を一層輝かせている。普段よりも血色が悪く見えるような化粧を施してはいるが、いついかなる時もオフィーリアの美しさは健在だ。

 ドレスと同じ黒のトークハットは、いつものツインテールでは少々浮いてしまう為、ユリが低い位置で違和感のないよう結い直した。

 久方ぶりの母国はこれと言って目新しい変化も見つからず、ヴィンセントの死を悼むような雰囲気も既にない。


(私だけが喪に服した装いをしているなんて、皮肉なものね)


 毎日を必死に生きる民にとっては、忌中だからとそれに合わせた服を新たに仕立てる余裕などないのだろう。それに、ベッセルからこの国まで三十日以上かかっているのだから、周囲から見れば私の方がなにを今さらという風に見えても仕方ない。

「平気か?オフィーリア」

「あら。この私が世間の評価を気にするとでも?」

 クリストフが連れてきた大仰な数の護衛に囲まれながらも、台詞とは裏腹に瞳に涙を浮かべる。漆黒のドレスに身を包み、青白い顔をして目元にハンカチを添えれば、あっという間に悲劇のヒロインの出来上がり。

 妹と婚約者が不貞関係にあり、さらに痴情のもつれで両名共命を失う結果となった。遊学中のオフィーリアにはどうすることも出来ず、ただ悲しみに暮れるだけ。

「昔から、演技は得意なの。愛する妹と恋人の為に、涙が枯れ果てるまで泣き続けてみせますわ」

「不本意だが、僕もそれに合わせよう」

 すでにシナリオは完璧。本来であればすべてをベッセルで済ませるつもりだったが、この際思いきりやってやろうと開き直った。

 オフィーリアが本来享受するはずだったものをすべて手にしてから、この国を捨てても遅くはないと。

「まぁ、懐かしの我が家だわ」

 悲壮の令嬢を演じている私に寄り添うようにして、クリストフが腰に手を回す。当初は「オフィーリアに触れるな」と手の甲をつねってやったが、最近では仕方なく受け入れている。もちろん、安堵など感じるはずもない。まったく、微塵も、これっぽっちも。

 王城へと上がるよりも先に、デズモンド家へと立ち寄った。きつい香草の香りと、無駄に豪奢な門構えが私を出迎える。足を一歩ずつ前へと進めるたびに、オフィーリアの体に力が入るのを感じた。


(……そうね。貴女にとってここは、地獄でしかなかったものね)


 半ば無意識に唇を噛み締めると、尖った犬歯が薄い唇を傷付ける。この体を大切にしたいが、今は怒りが先に立ち冷静になれない。

 優しく弱いオフィーリアは、デズモンド侯爵家では異質の存在だった。正統な血筋を持つ長女であるにも関わらず、ただ搾取され踏みつけられる苦痛の日々。彼女の中では、猫ちゃんと過ごした数年の記憶は消えているのだろうか、それとも。

「……心配しないで、オフィーリア」

 漆黒の手袋越しに、自身の頬をそっと撫でる。

「私は、幸運を呼ぶジンジャーキャットよ。必ず、貴女の元に幸せを運んであげるから」

 体から少しずつ力が抜けていき、噛んでいた唇も解かれた。顔を上げ、背筋をのばし、金の瞳で屋敷を見上げる。

「貴女は、それに相応しい人間よ」

 恐れることなど、何もない。このアレクサンドラ・レイクシスを魅了した令嬢など、後にも先にもたった一人だけ。

「強い貴方も魅力的だが、ほんの少しで良いから僕にも出番を分けてくれないか?」

 すっかり元通りの私に、頭上から苦笑が降ってくる。

「あら、もちろんですわ。これから殿下には、たくさんの仕事が待っていますから」

「それは良かった、まだ役に立てるようで」

 私の体が強張っていたことに、気付いていたのだろう。低声を無理矢理明るく伸ばし、調子を外してみせる。腰に回された手は、いつも通りごつごつとしていて無駄に温かい。

「私の側から、離れないでくださいね?」

 上目遣いにふわりと頬を緩めると、彼の掌がさらに熱を帯びたので、笑顔を見せたことを後悔したのだった。

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