求めるものは、王妃ではなく
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この復讐に終止符を打つ為、私はロイヤルヘルムへと帰国する運びとなった。クリストフはもちろんのこと、侍女ユリやクリストフの側近であるレオニル、私が拾った双子ルカとスピナも共に。
「まぁ、随分と賑やかになって。さすがオフィーリアだわ、愛される才能に長けているのね」
馴れ合いなど気味が悪いだけだと、今でもそう思う。私はただ、オフィーリアを幸せにできればそれでいい。
「貴女のそんな笑顔を、初めて見たな」
「あら。私、今笑っていたかしら」
「ああ、あまりに素敵で見惚れてしまった」
この男の隣に立ち、その腕を取ることに違和感を覚えなくなったのは、いつからだろう。季節は足早に過ぎ、私の心などお構いなしに世界を白銀に染めようとしている。
十分に暖めた馬車の中で、クリストフは長躯を丸めながらわざわざ私の隣に腰を下ろす。揺れと寒さが苦手な私を気遣ってか知らないが、無駄に体温が高くて心地良いのが余計に腹立たしい。
ふんと鼻を鳴らしながら、気にもしていない風にツインテールを揺らしてみせた。
「ヴィンセントを殺し損ねたのは残念ですが、貴方の兄については計画が順調に進んでいるようで一安心ですわ」
「ああ、オフィーリアのおかげで」
「私との出会いは、無能な男が舞台から降りる時期を少し早めただけに過ぎません。いずれは、クリストフ様が国をお納めになっていたかと」
「その時期というのが、とても重要だ。僕自身が生きているうちで、本当に良かった」
彼の兄であるマシューを蹴落とすのは、私にとっては容易いことだった。あの男に呼ばれた夜、酒と色香に酔わせて蝋印を盗み、ヘレナとマシューがやり取りをしていたという証拠をでっち上げた。
クリストフが何年も前から、あらゆる不正や暴状の数々を事細かに記録し、マシューを支持していた貴族や家人達を少しずつ抱き込んでいた為に、奴を庇う人間はほとんどいなかった。
「本来、厄介だったのは兄よりも父だったが、他国の王子暗殺に手を貸したともなれば、さすがに容認は難しい。自身の責を問われる前に、マシューを切り捨てる判断をしたようだ」
「国王陛下は貴方が力を持つことを恐れていたようですが、それにしてもとても王の器とは思えませんわ」
戦の才に長け、民からの支持も厚いクリストフを疎んでいたのだろうが、それも長くは続かない。
「殿下もご存知の通り、私は散歩が趣味なのです。ただ花を愛でているだけなのですが、いかんせん少々耳が良過ぎて聞きたくもない話が舞い込んできて、困っております」
わざとらしく眉を下げてみせながら、上目遣いに視線を送る。彼は一瞬思考を巡らせるような表情を見せたが、しばらくして大仰に溜息を吐いた。
「オフィーリア、貴女がまたたびを好きだと言うのは嘘なのか?」
「まさか。それも、本当ですのよ」
「……まったく、一瞬も目が離せない」
これまでクリストフを撒いたことなど、一度や二度ではない。彼は危険だからといつも渋い顔をしてみせるが、この私が他人からの指図で大人しくしているはずがない。
「国王陛下への不満の声が、想像以上でしたので。私はただ、皆様のお話しを聞いて相槌を打ちながら、時折ほんの少し助言をして差し上げていただけですわ」
「ここまで順調に事が運ぶなんておかしいと思っていたが、そういうことだったのか」
「殿下にはご理解いただけないでしょうが、人は意外と猫好きが多いのですよ」
ふふ、と含んだ笑みを浮かべると、クリストフは気に入らないと言いたげに唇を尖らせる。
「僕だって、嫌いというわけじゃない。ただ、苦手なだけだ」
「でしたら、この私自らが克服のお手伝いをしてさし上げましょう」
「……ああ、ぜひともお願いしようか」
いまだに不満そうな顔で、彼は私の自慢のツインテールをくるくると指に遊び出す。普段ならばその手を払いのけているところだが、珍しく可愛らしい反応をするクリストフに免じて、今だけは寛容な態度で多めに見てやろうと思う。
「なんにせよ、王位継承権が殿下に移ることは決まったも同然です。あとは現国王に反発する貴族を焚きつけ、生前退位の時期を早めるよう煽動するだけですわ」
「ははっ。僕の長年の野望を、貴女はいとも簡単に成し遂げてみせるのだな」
「あら、随分とご自身を過小評価なさるのですね。そんな気概では、傲慢で利己的な貴族や平和に飢えた民達を束ねることなど出来ませんわよ」
いつの間にか馬車の揺れも止み、今は海風がかたかたと窓にぶつかり音を立てている。
「港に到着したようですわ。ここから先は長旅になりますから、話の続きはまたゆっくりと」
「ああ、そうしよう」
私の髪から指を離したと思いきや、名残惜しげに視線を残す。まるで、遠い地へと向かう恋人との最後の時間を、いつまでも終わらせたくないとでも言いたげに。
「オフィーリア」
力強い目元は、それだけで人を惹きつける。この男はいずれ王となり、その隣には彼に相応しい女が立つ。悪を極めた女でも、猫の真似事をする女でもない、聡明で懐の深い王妃たる資質を持った、まだ見ぬ誰かが。
「何が合っても、僕が貴女を守ると誓おう」
熱い肌から匂い立つ、やけに落ち着く香り。一度覚えてしまえば、側にいなくともいつもどこからか風に乗って私の鼻をくすぐるのだから、厄介なものだ。
「貴方が守るのは、私ではなくこの国よ」
「それでも、絶対に手を離したりしない」
「さすが誠実な王子様は、義理堅いのね」
茶化すように笑ってみせても、クリストフの表情は揺らがないまま。お得意の舌打ちもなぜかその気になれず、ただ黙って視線を逸らすことしか出来なかった。




