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操り人形たる資質を持つ兄

 マシュー・ド・カルロイ・ベッセルという男は、本当に単純な男だ。正に甘ったれのお坊ちゃまそのもので、好き勝手を許す国王と、貴方が世界一よと褒めることしか知らない王妃のせいで、意外性も何もない駄目な人間へと成長を遂げている。

 クリストフはこの愚兄を反面教師とし、王族という立場を悪用する考えはなく、生粋の優しさから国や民を憂いて、他者の為に自らの拳を振るうことのできる稀有な男だ。自己犠牲の精神が強過ぎるきらいがあり、以前それについて本人に言いたい放題ぶつけた時も、ただ黙って受け入れていた。

 私が今後この国での平穏な暮らしを手に入れる為には、王はクリストフ以外にあり得ない。彼と違い、ただオフィーリアの為。他の人間がどのような暮らしをしようが興味はないが、ルカやスピナのことを考えると、治安の回復も悪くはないだろう。


(クリストフには、冷静な臣下が必要になるわ。まだまだ甘いところも正さなければならないし、この先戦争がおきたとしても、もう先陣を切ることはできないもの)


 今目の前にいるのはマシューであるというのに、なぜだか頭の中の私はしきりにクリストフを案じていた。

「おい、俺の話を聞いているのか。オフィーリア・デズモンド」

「ええ、もちろんです。殿下を御前にして、他のことなど考えていられません」

 食堂にて、クリストフも含め三人で食事を済ませた後。視線のみでマシューを誘い出すと、この男はいとも簡単についてきた。妻を持つ身でありながら、他の女に手を出すことをほんの少しも悪びれはしない。

 マシューの宮殿に招かれた私は、私室とは違う部屋の一室に通され、やたらと座り心地の悪いソファに座っている。図々しくもオフィーリアの隣に座り、いやらしい手付きで腰を抱く。

「マシュー殿下は、指先までお美しいのですね」

 さり気なくその手を退かし、適当に褒めた。

「クリストフ様とは、随分と違いますわ」

「ふん、あいつは戦うことしか脳のない愚図だからな。王族たるもの、見目を気遣わずしてどうするというのだ」

 己では何ひとつ成し遂げた経験のない、すらりとした指。体を近付けられる度に当たる、じゃらじゃらと鬱陶しい装飾品。シャツの上からでも分かる、大したことのない肉体。

「……本当に、その通りです」

 緑水晶の瞳を持つあの男には、無駄な装飾品など必要ない。

「殿下ほど寛容な男性を、私は知りません。クリストフ様は、殿下とは違い私の願いを聞き入れてはくださいませんでしたから」

「ああ、そうだろう。お前のような傷物の女にも、手を差し伸べてやるのだ。しっかり感謝して、守備良く振る舞え」

「ええ、おっしゃる通りに」

 にこりと微笑めば、マシューの鼻の下がだらしなく伸びる。妻が田舎臭く冴えない分、洗練された美しいオフィーリアを前に欲が止められないのだろう。

 彼女の容姿と、この私の色香。二つが合わされば、大抵の男を手玉に取れる。

「しかしお前、この間はクリストフを愛しているだのなんだのと言っていたくせに、もう心変わりをしたのか」

「クリストフ様は、殿下とは違い私の願いを叶えてくださいませんでした」

 クリストフが国王に助言し、私がこの男を唆した。あの狡猾なヴィンセントを、暗殺してしまえと。

「まぁ、あの男には散々煮湯を飲まされてきたからな。いずれ俺が王となった時、奴は必ず邪魔をするだろう。その前に消してしまえば、ロイヤルヘルムとの交渉も容易い」

 再び腰を抱かれるが、今は不快感に耐えなければならない。本来このような手は使いたくもないが、金と女に目がない阿呆には色仕掛けが最も効率的なのだ。


(ごめんなさいね、オフィーリア。ほんの少しだけ、我慢して)


 真っ白なこの手を、二度と血で汚させはしない。

「ヴィンセントを殺し、その罪をヘレナ・デズモンドに背負わせるとは。仮にもお前の妹だろう、怖い女だ」

「あの二人は、私を裏切りました。これは当然の報いですわ」

 私の提案は、この男にとっては甘い蜜。角砂糖に群がる蟻の一匹として、存分に働いてもらおう。

「お恥ずかしい話ですが、私など何もできない一介の令嬢に過ぎません。マシュー殿下のお力添えがなければ、ささやかな復讐さえ果たせないのです」

「俺は、強者に擦り寄る強かな女が嫌いではない。それにお前は、見た目もなかなかだ」

 湿った手で頭を撫でられると、思わず喉元に噛みついてやりたくなる。この男から流れ出る血は、さぞやどろりと粘ついていることだろう。

「特に、この見事な金髪。我が国の女達はどれも錆びついた華のない髪色ばかりで、近頃食傷気味だったのだ」

「殿下のお好みで、幸いです」

「よく見れば、瞳も金だったか」

 下卑た視線で顔を覗き込まれても、眉ひとつ動かさず艶やかに微笑む。オフィーリアの瞳は本来ヘーゼルだが、金色に輝く瞬間は決まって、アレクサンドラが顔を覗かせている時。

「もっと気に入っていただけるよう、精進いたしますわ」

 開いた瞳孔を隠すように、にこりと目を細めた。

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