愛しい人と過ごす時を、思い浮かべながら
「オフィーリア、気分はどうだ?」
「はい、悪くはありません」
落ち着いたベージュのドレスに、クリストフの瞳の色と同じ緑水晶のペンダントを身に付けた私は、差し出された腕に自身のそれを絡めながら、優雅に微笑んだ。
国王との謁見を終えたばかりの彼は、私を見るなり表情を和らげる。
「クリストフ殿下こそ、お疲れ様でございました」
「ああ。今の国王陛下には、やはり昔のような畏怖を感じなかった。万事、こちらの思惑通りに話を進めることができたよ」
「それは何よりでございます」
食堂へと足を進めながら、私達は自然に顔を寄せ合う。決して恋人同士がする動作ではなく、ただ大声で話す内容ではないからというだけ。
「では、ここからは私の出番となりますわね」
「……本当は、あまり気が進まない」
「とはいえ、適任者は私しかいませんもの」
この後の流れを思い出しているのか、クリストフの腕にぎゅうっと力が込もる。心なしか手の甲に血管が浮き出ているように見えるのは、おそらく私の気のせいだろう。
「ご安心ください。数多の男性達を懐柔してきたこの私にかかれば、マシュー殿下など赤子も同然。泣いた子を寝かしつけるよりもずっと早く、意のままに操ってみせますわ」
ほくそ笑む私とは対照的に、クリストフの空気は重苦しいまま。少しでも安心させようと放った言葉は、どうやら彼にとっては少々刺激が強過ぎたらしい。
「ちっとも嬉しくない」
「まぁ、過去の話ですから」
「そんな貴女に、僕などが勝てるはずもない」
「あら、それは違いますわ」
大男がしゅんと項垂れる様子は、なかなか悪くない。組まれた腕をそのままに、ほんの少し擦り寄ってやれば、簡単に彼の頬が染まる。
「殿下のような方は、初めてです。私の経験が貴方に生かせるとは、思えませんもの」
「僕が、初めて?」
「ええ、貴方が初めてよ」
そう言って頷けば、形の良い唇がふにゃりと緩み、途端に空気が甘く変わる。
あの日あの場所で真実を打ち明けてから、私とこの男の関係は確実に変化した。
心の底から私の話を信用しているかどうかは知らないが、それはさほど重要ではない。嘘だろうが本当だろうが、私がクリストフに対して少しでも心の中を見せたという事実が、彼の感情を揺さぶったのだろう。
そしてまた私も、話した後の彼がどういう反応を見せるのか、大方の予想がついていたとはいえ、ここまで受け入れられるとは思っていなかった。
(今は、この関係を楽しみましょう)
束の間の、偽りの恋人。オフィーリアの大切な体を傷付けることなどするはずもないが、優しい男を知らずに死んだ彼女への、ほんの少しの手向として。どうせ、この先長くは続かないのだから。
「クリストフ殿下は、とても可愛らしいわ」
「そんなこと、初めて言われた」
「この先、私と同じことを思う女性がきっと現れるはず。貴方には、淑やかで慎ましい方よりも私のような気の強いタイプが合っていると思います」
戦場で容赦なく敵を撃ち倒してきた男を、可愛いと愛でる女はそう多くない。ましてや、女など見下されて当然の貴族社会においては、殊更に。
「現れなければ、ずっと貴女がいてくれる?」
「軽々しくそんなことを言って、計画が完了するよりも先に私を捨てたくなっても、知りませんから」
「オフィーリア……」
この体は、あの子のもの。アレクサンドラがどれだけ拒絶しようとも、持ち主の本能には抗えない。
「……ちっ」
甘い声で名前を呼ばれ無駄に高鳴った心臓を無理矢理押さえつけながら、一国の第二王子に向かって舌打ちをかます。オフィーリアは、私のものだ。この男がどれだけ素晴らしかろうが、絶対に渡してたまるものか。
「やはり、殿下は私の敵です」
「えっ、いきなりそんな」
「ライバルに問答は無用ですわね」
急に態度を変え、ふんとそっぽを向いて歩き出す。そんな私にクリストフは驚き、慌てて後ろをついてくる。
「貴女は本当に、猫のような人だ」
「そんなのは当たり前よ」
「ははっ、確かに」
楽しげに笑うその声すら不快で、思いきり顔を顰めてみせる。束の間の恋人関係を楽しむだのなんだのと思っていた少し前の自分に腹を立てながら、私はツインテールをぶんぶんと揺らしながら、食堂へと向かうのだった。




