打ち明けたのは、己の為
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いつの間にか季節は移り変わりを見せ、初めてこの国を訪れた時には身に付けていなかった毛皮のストールを、なんとはなしに指でなぞる。その仕草を見たクリストフが、何も言わず自身の外套を私の肩にかけた。
「私は寒さが苦手なので、ベッセルの冬に耐えられるのか心配です」
王子からの施しに礼も言わず、当然のように親切を受け入れる。彼もそれが日常であるかのように、眉ひとつ動かすことはない。
「僕の部屋に移動しよう。今日は風が強いし、陽もあまりない」
「いいえ。一番気に入っている場所ですから、秘密を打ち明けるならここが良いわ」
クリストフが余計な気を回したせいで、わさわさとまたたびが生い茂っている。ユリがせっせと摘んで茶や酒に加工しているようだが、それでもとても追いつかない。
「隣に座っても?」
「ええ、もちろん」
それ以上食い下がることもなく、閑散とした庭に置かれるにしては随分と座り心地の良いソファに腰を下ろす。きっとこれも、クリストフの指示だろう。王宮内には美しいバラ園がいくつもあるというのに、好き好んでまたたびの群生を眺めにくる人間など、私以外にはいないのだから。
「今は枯れ木のように見えても、根は強く生きていて、初夏になると白くて控えめな可愛らしい花を咲かせてくれるのです」
いるはずのないオフィーリアの面影が、柔らかな微笑みが、目の前にあるような気がしてならない。彼女からは常、またたびを過剰に摂取してはならないと強く止められていたから、今の私を見ればきっと困惑の表情を見せるだろうと、思わず頬が緩む。
――あらあら、猫ちゃん。好きなのは分かるけど、少しだけにしておきましょうね。代わりに、お膝においで。
「馬鹿よね、本当に。大人しく体を丸めていた私も、同じだけれど」
クリストフなどまるで見えていない振る舞いで、そっと首を右に傾ける。ごつごつとした広い肩は居心地が悪く、彼女の柔らかな腿とは比べ物にならない。
「……オフィーリア」
「一国の王子の肩に寄りかかるなど、とても不敬な行いですわね」
「いや、構わない」
クリストフは説明すらしない私に催促をすることもなく、ただ静かにその鼓動を速めた。
「頭のおかしい女だと、そう思うでしょう?」
「僕にとっては、あまり重要でない質問だ」
「まぁ、所詮はただの契約相手ですものね」
だったらなぜ、口車に乗ろうと思ったのか。その答えを、自分自身の中から探す気にはとてもなれない。
「かつては悪魔と呼ばれた私が、こんな風に穏やかな日々を過ごすことが出来ているのも、クリストフ殿下のおかげです」
普段なら決して口にしない台詞を吐いてしまうのも、目の前で風に揺れるまたたびの香りのせいだ。
「貴方の従者であるレオニル・ドルクが、正体を明かした時にこう言いました。この私が、事前調査とはまったく異なる人物であり、誤解していたと」
「……ええ、そうです。僕は兄から継承権を奪う為ならば、手段を選ばないと決めていましたから」
「オフィーリア・デズモンドがただの日陰者でなかったことに、さぞや驚いたでしょう。それがマイナスとなったか、あるいはその逆かは分かりませんけれど」
もたれた頭はそのままに、視線だけをちらりと上に向ける。
「中身は別の人間だと言ったら、貴方は信じてくださいますか?」
「ああ、信じる」
間髪入れずにそう口にしたクリストフに、私は鼻先から嘲笑を返した。
「つまらない反応だわ。もっと取り乱していただきたかったのに」
「お望みとあらば、今からでも」
「いいえ、結構よ」
居心地の悪い肩から離れ、ぐうっと伸びをしてみせる。やはり今の私には、逞しい男の体よりも柔い女の膝枕が必要だと改めて思う。
あれだけ美男と甘い夜を過ごしてきたこの私が、それを悔いる日が来ようとは。
いつかあの世でオフィーリアに出会えた時には、過去の過ちをわざわざ話す必要もないだろう。
「オフィーリア・デズモンドは私の素敵な飼い主様でしたの。何の因果か、今はこうして彼女の体を借りていますが、本人ではありません」
「飼い主とは、どういう?」
「そのままの意味ですわ、殿下」
器と精神が別の人間であるという点でも十分虚言と捉えられるだろうに、さらに子どもが見る夢のような話まで付け加えられる。
すべてはオフィーリアの妄想であり、長らく辛い環境に身を置いていたせいで、精神的な病に罹ってしまったのだと、誰もがそう思うだろう。
元々狂っているヴィンセントは、例外として置いておくことにして。




