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【第12回 ネット小説大賞受賞】稀代の悪女は、猫となり愛を知る。  作者: 清澄 セイ


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不器用な男と女

 ふいに悪寒を感じた私は、ゆっくりと瞼を持ち上げる。ぼうっとする頭と揺らぐ視界の中で、自分の置かれた状況を少しずつ思い出す。

 クリストフがいないことに浮かれ、ユリやレオニルと共に庭園を散策していた。そして、群生していたまたたびをバスケットいっぱいに摘んでから、ベンチに座って微睡んで……。

「目が覚めましたか?オフィーリア」

 たとえ寝惚け眼だろうと、この無駄に男前な声を聞き間違えるはずがない。

「……なぜ、殿下がこちらに」

「少し前に軍事会議が終わったので」

 そういうことを聞いているのではないと、私は思わず苛立ちを眉間に含ませる。クリストフに寝姿を見られた屈辱もさることながら、現在進行形でいわゆる膝枕なるものをされているというのが納得出来ない。

 辺りを見回すまでもなくユリやレオニルの気配は感じられず、この男が命じたに違いないと下から視線を突き刺した。

「そんなに睨まないで」

「退いてください」

「起き上がれば?」

「覗き込まれているので無理です」

 撫でつけられた橄欖色の髪と、澄んだ緑水晶の瞳。凛々しい眉は大きすぎない目とバランスが取れていて、真っ直ぐ通った鼻筋と形の良い唇も、小顔の中にきちんと収まっている。健康的な色の肌と、血管の浮き出た首筋。その下に続く胸や腹は見事に引き締まっているのだろうと、容易に想像が吐く。

 ほとんどの女が、鍛え上げられた彼の肉体に強く抱かれたいと願い、そして散る。あいにく今の私にはそういった欲もないし、せいぜいその鋼の筋肉で盾として活躍してくれという感情くらいしか湧かない。

「殿下の太腿が硬いせいで、首を痛めました」

「嘘ばっかり。涎を垂らして気持ちよさそうに寝ていたくせに」

「私は、そのようにはしたない女ではありませんわ」

「はは、さすがだねオフィーリアは」

 しっし、と野良猫でも追い払うように手を振ると、クリストフはそれを掴んでぐいっと強引に引き上げる。そのせいで、強制的に彼の胸元に飛び込む羽目になった。

「……やっぱり、想像通りね」

「もしかして、僕の夢を見た?」

「いいえ、まったく」

 鋼のような体を押し返しながら、崩れたツインテールを手で撫でつける。私のアイデンティティが、こんな男のせいで乱されるなんてとんでもない。

「涎は冗談だけど、気持ちよさそうに寝てたのは本当だよ」

「このオフィーリア・デズモンド一生の不覚ですわ」

 ちらと視線を下にやれば、転がったバスケットとあちこちに散乱したまたたびの葉。どうやら私としたことが、この木の魔力には抗えなかったようだ。

「……非常に残念だけれど、あれは一本残らず抜いた方が賢明ね」

 オフィーリアの忠告は正しかったと、私は項垂れる。

「またたびが滋養強壮に良いという話は聞いたことがあるが、貴女のように熟睡してしまう女性は初めて見ました」

「ご存知ですか?殿下のお嫌いな猫は、この葉を大変好むそうですよ。もしや私の前世は、猫だったのかもしれませんわ」

 萎びた一枚を拾い上げ、これ見よがしに唇を寄せてみせる。余裕に満ちていたクリストフの片頬が、ひくりと反応を示した。

「嫌いではありません、苦手だというだけです」

「どちらにせよ、あまり不用意に私に触れない方が良いかと。殿下の凛々しいお顔を爪研ぎと勘違いして、爪を立てたくなりそうですから」

 またたびの甘い香りに、再び脳がくらりと揺れる。少なくともこの国にいる間は私にとって毒にしかならないと、掌に乗せたそれを吹き荒ぶ風に乗せて遠くへ飛ばした。

「オフィーリアは凛としていて美しいが、寝顔はあどけなくて可愛らしいのですね」

「それは殿下の勘違いでは?」

「いいえ。可愛らしくて、無防備でした」

 射抜くように私を見下ろしながら、何の前触れもなく私の首元に手を掛ける。ごつごつとした大きなそれは、一本一本がまるで太縄のよう。

「いくらまたたびに酔ったとはいえ、少し気を抜きすぎだ。この細い首は、大抵の男ならば簡単にへし折れる」

「……そんなこと、貴方に言われずとも承知しているわ。いつだって私の足下には、大口を開けた大蛇が舌舐めずりをしているって」

 先ほどまでのふざけた空気は跡形もなく消え去り、今対峙しているのは数多の視線を潜り抜けた勇敢な騎士。やらねばやられる死の淵で、その肢体を傷だらけにしながら国の為に命を賭けている。

「陽の光が暖かかったから、仕方ないの」

「昼寝をするには寒過ぎます」

「まるで意地悪な継母のようですね」

 これでもかと鼻に皺を寄せると、彼は観念した様子でぱっと手を離した。

「今回は多めに見るけれど、僕以外の前では警戒心を解かないで」


――私にとってはある意味、貴方が一番の天敵よ。


 声を大にして言いたくなるのを、なんとはなしに飲み込んだ。


「オフィーリアが言ったんだ、自分を生きる理由にしろと」

「あれに特別な意味はありません」

「僕にとっては人生を揺るがす言葉だった」

 そんなものは知らないと突っぱねるよりも先に、クリストフの頭がことりと私の肩に乗せられた。

「早く、力が欲しいです」

「国王に相応しいのは貴方様であると、いずれ古狸達も認めざるを得なくなるでしょう」

「ははっ、古狸は言い得て妙だ」

 静かに立腹していたかと思えば、今は声を出して笑う。それが肩を伝って妙にくすぐったく、私は身を捩らせた。

「次は僕の番です」

「それは殿下が勝手に」

「寒いから、少しだけ」

 またたびの葉はすっかり風に吹かれて散り散りになり、甘い残り香さえ感じられないというのに。本当ならばこんな男は突き飛ばしてやりたいが、どうやら私の頭はまだぼんやりと曇っているらしい。

「……夢なんて、見たくなかったわ」

 人間の耳には届かないほどの声で呟いて、深い溜息を吐き出す。いつの間にか太陽は姿を隠し、代わりに灰色の雲が視界いっぱいに広がっていた。

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