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捨てられた妹

 再び来賓室に戻った時、そこは竜巻でも起きたのかと思うほどの惨状だった。レオニルの指示で部屋の清掃は禁じられ、粉々に砕けた茶器や調度品、千切られた花、踏みつけられた高級な菓子などなど、とにかく目も当てられない状態に。

「ヘレナ様が突然暴れ出して……!」

 私の姿を見るなり、青白い顔をしたユリが掛けてくる。彼女の背に手をやりながら、静かにこくりと頷いた。内心「しでかしたのがヴィンセントだったら良かったのに」と舌打ちをしながら。

「ご厚意で貴国への遊学をさせていただいたにも関わらず、このような事態を起こしてしまい万謝申し上げます」

 こちらをちらと見もせず、雑然とした部屋の中央に立つヴィンセントは、淡々と形だけの詫を述べる。ぼんやりと白く浮いて見えるほどに、この男はいかなる状況下においても美しい。

「まさか、すべてヘレナ嬢のせいだと?」

「ええ、そうです。私は一切関与しておりません。婚約者を手に掛ける道理もなければ、彼女を選ぶ利もありませんので」

「愛していらっしゃったのでは?」

 クリストフの言葉に、ヴィンセントはようやくこちらに視線を寄越す。黒曜石の瞳の奥には、私への怨みの炎が静かに宿っていた。

「あり得ません」

 いっそ清々しいほど、この男はきっぱりと言ってのける。たとえそれが大嘘だろうと、一国の王子が白だと言えばそれは白に染まる。

「たとえオフィーリアが、妹可愛さに証拠を捏造しようが、私に一切の非はないという主張は変わらない」

「……あら、そう」

 その端正な面立ちと迦陵頻伽が余計癪に障る。ご丁寧に私の集めた証拠まで握り潰してくれたわけかと、思わず股間でも蹴り上げてしまいそうになった。

 この男はヘレナの扱い方を熟知しているが、前回は甘い顔をし過ぎるあまりに出し抜かれ、まんまとオフィーリアを殺された。しかし此度は私という明確な憎悪の対象があり、妹などに構っている余裕もないのだろう。

 私の攻撃を回避する為、早々に彼女を身代わりとして差し出した。あの子はあまりにも幼稚で、前座にすらならない。

「早急に審問会を開会し、ヘレナ嬢に加担した全ての人間を処罰対象とする所存です。当然、当事者であるオフィーリアも私と共に帰国を」

「彼女の命を狙う輩が存在するのならば、もうしばらくベッセルへ留まる方が安全では?」

「お言葉ですがヘレナ嬢は貴国にて本性を現し、誰もそれに気付けなかった。婚約者を紛争国へ遊学させること自体賛成ではありませんでしたが、宮内でさえオフィーリアの身の安全を保障していただけないのに、これ以上彼女と離れるわけにはいきません」

 何を白々しい。大体、オフィーリアが死んだのはこの国ではない。妹からも婚約者からも常に命を狙われている状況の、一体どこが安全だというのだろう。

 あまりにも悠然と構えているものだから、気の弱い者ならばヴィンセントの言い分が正しいのだと錯覚を起こすだろう。容姿、物言い、立場、功績その他すべてにおいて、この男は抜け目がない。

 大方、これまでオフィーリアを蔑ろにしてきたことも、ヘレナを欺く為にはそうせざるを得なかったなどと宣うつもりだ。


――そうはさせるものですか。私は、そちらへ帰るつもりなど毛頭ないわ。


 最初から、ロイヤルヘルムを捨てると決めていた。多少時期尚早ではあるが、こうなったら今この場で決着を着けてやる。

 この私オフィーリア・デズモンドの手からは、何も奪わせない。歪んだ愛し方しか出来ないお前に、オフィーリアの愛を得られる資格などありはしない。

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