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【第12回 ネット小説大賞受賞】稀代の悪女は、猫となり愛を知る。  作者: 清澄 セイ


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仄暗い闇に身を置いてみる

 露店を抜けた裏路地はことさらに酷い有様で、腐敗臭がつんと喉の奥を刺激する。

「ハンカチで鼻を覆ってください」

「結構です。デズモンドの屋敷よりずっとましですもの」

 ヘレナは香りの強いハーブを好むが、それは私にとって不快以外の何ものでもない。ふふんと得意げにしてみせれば、クリストフはにこりと笑みを浮かべながらハンカチを仕舞った。

「あら、私に合わせる必要はありませんのに」

「死臭ならば僕の専門分野です」

「ふふっ、そうですか」

 こちらは言葉を濁したというのに、この男はさらりと言ってのける。身分を隠しているとはいえ、私達三人は十分過ぎるほどに悪目立ちしている。

 本来ならば不用意な発言は慎んでほしいところだが、私個人としては「もっとやれ」という好奇心が勝る。

「もう慣れましたが、やはり貴女は変わっている」

「怯えた方がお好みで?」

「いいえ、どうぞそのまま」

 柄の悪いごろつきは言わずもがなだが、ただの住民らしき者達も皆目つきがぎらぎらと挑戦的だ。表街はあれでも平和だったのだと、奥へ進むにつれ実感する。

「なんだぁ、ありゃあ。新顔のアサシンか?」

「バカ言え、どっかの女がお貴族様にでも孕まされたんだろうよ。口封じに殺されるぞ」

「いや、影武者でも漁りに来たんじゃねぇか?」

 これ見よがしに雑言を並べ立てているが、さすがに何かする気にはならないようだ。実に屈強な男が二人、腰元にはこれまた物騒な獲物がそれぞれにぶら下げられている。この私はただの非力な女だが、それらに挟まれている為手が出せないだろう。広いツバの帽子で顔を覆い、美しい顔が見えないようにもしている。

「溢れ出るこのオーラまでは、隠しようがありません」

 美しく優しいオフィーリアは、どんな人間も虜にしてしまう。万が一手を出す輩がいるのなら、この私が躊躇なく喉笛に噛みつき眼球を爪で突き刺してやるから、なんの心配もいらない。

「このように劣悪な環境では、未来ある子ども達も健全には育ちませんね」

「ええ、本当に。誰にでも分かる簡単なことが、どうやら兄には理解出来ないようです」

「そんな人間が国を背負う立場とは」

 いずれはロイヤルヘルムを捨て、このベッセルに身を置くつもりだ。もちろんクリストフの妻ではなく、長閑な片田舎で穏やかな暮らしを送りたい。

 私ほどとはいかずとも美しい猫を飼い、小さな白い家に住む。庭にオフィーリアの好きな花を植え、誰にも邪魔されることなく幸せに年老いていく。

 か弱い女が一人で安全に生きていく為には、ベッセルの国王にはクリストフを据える必要があるのだ。自己犠牲の精神で勝手に死なれては困る。

 彼は私から離れないまま、勝手知ったるという雰囲気で進んでいく。明らかに慣れた様子から、この街を訪れるのは一度や二度ではないとすぐに分かった。第二王子自ら戦地の前線へ赴き、国へ帰れば極貧地域へわざわざ出向く。普通の精神力では、とても真似出来ない。

「クリストフ様が普段なさっている通りに」

「貴女をこれ以上危険にさらすわけには」

「いざとなったら、走って逃げますのでご心配なく。こう見えて私、俊敏さは猫と良い勝負ですから」

 その単語に、僅かばかりクリストフの耳がぴくりと反応を示す。苦手だと言っていたくせに、まるで似たような仕草をしてみせるものだから思わず笑ってしまった。

「怖がらずとも、この辺りにはきっといませんわ」

「……ええ、分かっています」

「私としては、非常に腹立たしいですけれど」

 裕福で生活に余裕のある者でなければ、わざわざ大切に飼おうとは思わない。この場所ではなおのこと、猫など生き残れはしないだろう。そう考えると、今すぐにでも火を放ち焼け野原にしたくなる。というのは軽い冗談であるが。

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