悪戯な駆け引き
その後は、主に第二王子派閥の連中から幾度となくダンスに誘われた。私はそれをやんわりと断り、代わりに他愛ない無駄話に興じる。そう何度も、オフィーリアを他の男に触らせてたまるか。
クリストフの周りにも、数多の令嬢が誘蛾灯に集まる蛾のように纏わりつき、自分とも踊れとせっついている。
「申し訳ありません、ダンスは得意ではなくて」
さすがにあれだけの技術を見せつけておいて、その言い訳には無理があるだろう。
「僕は、オフィーリア嬢以外とは踊れません」
「そんな……。なぜですか?」
「彼女は僕の大切な賓客ですから」
いずれ結婚を宣言する為の布石なのか、クリストフはやたらとこちらに距離を詰めてくる。不愉快で仕方ないが大っぴらに拒絶も出来ず、後で覚えていろと心中で悪態を吐くだけしか出来ないのがもどかしい。
外国人である私を見世物にした効果はそれなりにあったようで、シガールームにてクリストフを非難していた反対派の爺どもは、これみよがしに掌を返している。
「ベッセル王家の門を広ぐ為にも、今後は積極的に開国を勧めていくべきでしょうな」
「こと最近は武具や兵器の進化も目覚ましいですから。いつまでも古いやり方で戦争を仕掛けていては、いずれこの国は滅んでしまう」
分かりやすい擦り寄りも、この男にはお見通しだろう。先ほどはこの私を女避けに使い、今度は古狸どもの隠れ蓑として利用する気だ。
「どうやらオフィーリア嬢が少々疲れてしまったようだ。我々はそろそろ」
「いいえ?とんでもございません。私まだまだ、踊り足りないくらいですわ」
実に爽やかな笑みを浮かべ立ち上がれば、クリストフは一瞬目を丸くする。ざまあみろとほくそ笑みながら、疲れたのは貴方でしょう?と言わんばかりに挑発してみせた。
「ええ、いいでしょう。でしたら、もう少しお付き合いしてください。オフィーリア嬢」
「まぁ、嬉しい。喜んで」
派手な場を嫌うクリストフからしてみれば、一刻も早くここを去りたいのだろうが、そんな勝手は許さない。
今夜はせっかくヘレナの妨害もないのだから、のびのびと楽しまなければ損というもの。それに、多少なりともこの男へ意趣返しが出来たようで、いくらは溜飲を下げることも出来た。
「貴女には意地悪な面もあるようだ」
余裕たっぷりにゆったりとターンを繰り返す私の腰を抱き、クリストフが溜息を吐く。耳元でぶつぶつと文句を繰り返す様子は、年相応の青年に見える。
「戦場で先陣を切って戦う剣聖様も、たまにはパーティーを楽しまなければ」
「あちらの方がよほど健全だ」
「人が大勢死ぬのに」
「ここだって大して変わりませんよ」
拗ねたような言い方に、思わずくすくすと声が漏れた。もう踊る必要はないと油断していたところを私にしてやられたのが、どうやら悔しかったらしい。
「でしたら、余計に見せつけてやらなければなりませんね」
「明日体が悲鳴を上げてもしりませんよ」
「ご心配なく、体力には自信がありますから」
実家の食卓でも、地獄のような雰囲気を無視して私一人だけがもりもりと食事を摂っていた。サラやヘレナからは意地汚いと罵られたが、気にも留めなかった。いかんせん、オフィーリアは栄養不足で線が細すぎる。現在ではだいぶ女性的な体つきに育ち、胸も尻も妹よりずっと豊満で魅力的。
さすが私のオフィーリアは、あんな女よりもずっと内に秘めているポテンシャルが高いのだ。
「まさか殿下が私のような小娘に負けるなんて、屈辱でしょう?」
「自慢ではないが貴女のような女性だからこそ勝てる気がしません」
「あら、嬉しいわ。明日から剣でも始めてみようかしら」
くすくすと笑いながら、今度は私がクリストフをからかってみせた。終始ふてくされた顔をしながらしぶしぶ踊る様子を眺めているのは、実に気分が良い。
「オフィーリア嬢はまるで、猫ですね」
「猫はお嫌い?」
「ええ、実は」
なんと清々しい!この男が猫嫌いだなんて、こんなに愉快なことはない。今度生意気な口を聞いたら、耳元で「にゃあ」と囁いてやろう。
私はそんなことを思いながら、クリストフが嫌がるのも無視してその後もたっぷりとダンスに付き合わせたのだった。




