くだらない派閥争い
「つまり私は、ベッセルのくだらない覇権争いに巻き込まれたというわけね」
ユリが時間を稼いでくれたおかげで、おおよその実情は把握出来た。そしてあの男がなぜオフィーリアに目を付けたのか、ということも。
クリストフはおそらく、デズモンド侯爵家が保有している海図を手に入れたいのだろう。好戦国からの脱却を目指すには莫大な資金が必要となり、その為の安定した収入源が必要となる。ベッセルは大国だが現国王が鎖国思考である為に、得手不得手の差が激しい。
宝石鉱山とそれを加工する職人技工、それから戦に使用する特殊機械の技術は発達しているが、特に海運業については素人同然。しかもベッセル周辺の海域は波が荒く暗礁も多い。無策のまま飛び込んだところで無駄死にに終わる為、ほとんど放置されているのが現状らしい。
我が家と縁を結び、海運業のノウハウ取得と優秀な航海士の斡旋、そして取引の足掛かりとして一気に手を広げたい。とまぁ、クリストフの思惑はこんなところだろう。
それにもうひとつ。クリストフがヘレナではなくオフィーリアを選んだ理由。それはどうやら、兄マシューが原因のようだった。
マシューとヴィンセントは互いに学生時代の留学先が同じで、時期も少し被っていたのだとか。マシューはあの男を第二王子だからと馬鹿にしていたが、何をやっても勝てずじまい。それを逆恨みしたマシューは、自尊心を傷付けられたという馬鹿な逆恨みで、自身が戴冠した際にはロイヤルヘルムに戦争を仕掛けるつもりだと。
これは私の憶測だが、クリストフは兄の暴走を止める為、ヴィンセントの婚約者であるオフィーリアを「貰い受ける」という形で恩を売りたいと考えているのかもしれない。
ヴィンセントの本命はヘレナであるのに、彼女がそれを邪魔している。オフィーリアに非はない為婚約を破棄することも出来ず、やきもきとした日々を送っていると。
「もし本当にそう思っているのなら、こんなに馬鹿げたことってないわ!どこをどう見たら、私のオフィーリアがあんな鳥頭に劣っているというのかしら!」
どいつもこいつも、まるで本質を理解しようとしない者ばかり。彼女はあえてそう見せていただけで、不細工でも地味でも愚かでもない。
「今に見ていなさい、男ども。オフィーリアを軽んじたことを後悔させてやるから」
まぁクリストフのヴィンセント云々に関してはただの噂話と勝手な憶測でしかないが、どちらにせよ利用していることは確かだ。
情報収集を終えメインホールへ戻る道すがら、私はオフィーリアの細腕を空に向かって伸ばす。そういえばあの夜も、今夜のように腹立たしいほどの満月だったと。
「この美しい手は汚さないわ。だけどもしも勝手に殺し合ってしまったら、それはどうしようもないわよね」
分かっている、分かってはいるのだ。犠牲の上に成り立つ幸せを、優しいオフィーリアが望まないことは。
一歩一歩幸福への道を進むたび、どうしようもないジレンマに襲われる。この衝動をいつか、愛する彼女にぶつけてしまうのではないかと。
少し力を加えれば簡単にへし折れてしまいそうな指をそっと握り締め、大して綺麗でもない王宮に漂う空気を胸いっぱいに吸い込んだ。




