クリストフの置かれた立場
今夜のパーティーは絶好の狩場。暗く狭い場所を見つけたならば、自分の意志とは関係なく心が躍る。まさかこんな特殊能力まがいの技を身に付ける日が来るとは思っていなかったが、非常に役立つので問題はない。
強いて言えばごくたまに、朝目覚めると髪の毛の塊が喉につかえて不快だというくらいか。
来賓室にて予め用意してあった着用が楽なドレスに着替えた私は、そのままメインホール周辺の廊下を無音で歩いている。ユリには見張りをさせ、なにかあれば私の名前を呼ぶようにと伝えてある。彼女の柔らかなソプラノの声は、特に聞き取りやすいのだ。
クリストフの側近であるレオニルがオフィーリアに同情を示していることは分かっているが、全幅の信頼を置けるほどの仲ではない。情を売っておいて損はないが、この体を使うような馬鹿な真似はしないと決めている。
「どうやらこの晩餐会は、クリストフ殿下の主催らしい」
「おや、珍しい。貧乏たらしい倹約家で有名なあの方が」
「この国は過小評価され過ぎている。力を示すにはまず形から入らなければならないと、その内思い知るだろう」
察するに、クリストフ反対派の古参貴族連中だろう。王太子である兄マシューとは頻繁に口争しているらしく、派閥も綺麗に別れているのだとか。こんな不満を口にしているのはどうせ、だらしない体に突き出た腹、絵に描いたような怠惰な生活を送っていると一目で分かるような小太りの爺どもだろう。時折混じる汚い咳と詰まった呼吸音は、不摂生が祟っている証拠だ。
一般参加者は立入不可のシガールームだからと気を抜いているのだろうが、この私の優れた聴覚の前ではなす術もない。
退屈を持て余す貴族社会では、男も女も口さがない。どうしようもない憂さを晴らす為、あることないことを誇張してべらべらと言いふらす可哀想な生き物。
非常に操りやすいので、私としてはそのまま馬鹿を貫いて欲しいところである。クリストフのように実直で聡い人間とは、昔から馬が合わない。
顔は見えずとも、名前と声さえ分かれば充分。同じように何ヶ所かを巡ったが誰も彼も口忠実で、簡単に内情を把握することが出来た。
ベッセルは好戦国として名を馳せているが、第二王子クリストフはそれを終結させる方向に動いている。十五の頃から前線に立ち、数々の視線をくぐり抜けてきたからこそ、死にゆく命の重みを感じているのだろう。
国の為民の為、時には剣をとらねばならないこともある。だがいかんせん、ベッセルはそれが多過ぎるのだ。優秀な若者は無駄死にを嫌がり、最近特に他国への亡命が目立つらしい。いくら水晶鉱山を多く所有する発展国と言えど、人がいなければ話にならない。
現国王はどっちつかずの優柔不断な性分で、この難局を早々に放棄したいと考えていた。現在の王太子はマシューだが、彼は根っからの臆病者らしい。そのくせ強欲で、戦を手っ取り早い手段くらいとしか思っておらず、死んだら補充すればいいと、まるで民を家畜扱いしているのだとか。
しかし、実質ベッセルは勝ち戦も多く敗戦国を意のままに動かせる為、古くから王政に関与している貴族至上主義の爺どもの支持が厚い。命を賭けるのは自分達ではないのだから、当然旨みを逃したくはないだろう。
このままマシューが王となれば遅かれ早かれ暴動が起きると、クリストフ支持派は危惧している。どうにかして彼を王に推挙することは出来ないか、と。




