善人が幸せになる方法
案内役としてレオニルが私をエスコートし、ユリと共に黙って後ろをついていく。あの男の部屋はどうも落ち着かなかったが、この宮殿の成金具合はやはり私の体にしっくりとくる。栄華と権力を手っ取り早く他者に見せつけるには、やはり金に頼るのが一番だ。
「貴方の主人は、誠実で賢い方ね」
「オフィーリア様にそのようにおっしゃっていただき、光栄です」
「私が操り人形でないことにがっかりしていると、素直に認めたのには驚いたわ」
いつの間にかレオニルとは、砕けた口調で言葉を交わすくらいには親しくなった。といっても彼は表向きデズモンド家の従者であり、私に傅くのは当然なのだが。
「素直で駆け引きの出来ない方なのです」
「どこが?婚約者のいる女に結婚話を持ちかけるような男なのよ?」
「それは……」
振り返った拍子に、長い前髪がさらりと揺れる。初めて出会った頃は根暗で薄気味の悪い男だとしか思わなかったが、意外とそうでもないらしい。
翠眼は悲しげに揺れ、私からほんの少し視線を外す。
「使命の為にデズモンド家の助力が必要であることは確かですが、決してそれだけではありません。オフィーリア様を調べるうち、あの方は貴女の置かれた境遇に同情を示されるようになったのです」
愁色を浮かべるレオニルを見ても、私の心が動くことはない。
「私の置かれた可哀想な境遇とは、一体どれを指しているのでしょう。長女でありながら、使用人にさえ軽く見られていること?妹と婚約者が私を裏切り不貞を働いていること?それとも、ほとんど全員がわたしを利用しようとしか考えていないこと?さぁ、答えてちょうだい」
まったくこれだから、上辺しか見えていない人間は愚かなのだ。なぜオフィーリアがこんな扱いを受けているのか、ちっとも理解出来ていない。
片手でツインテールをふわりと払いながら、まるで愛しい相手に向けるかのような笑顔で微笑む。レオニルが微かに息を呑むのを感じながら、そんな彼を内心ふんと一蹴した。
「……失言でした、謝罪いたします」
「あら、その必要はないわ」
オフィーリアは、美しい。見てくれに命をかけていた私とは違い、その存在すべてが。
「脅威となる者を排除したい、支配したいという欲は誰にでもある。私は自分がそういった対象であることを、誇りにすら感じているの」
「オフィーリア様……」
「ふふっ」
善人は、悪人に搾取されるだけ。生き残る方法はただひとつ、悪人を懐柔してしまえばいい。それは、善人にしかなせない技なのだから。
「私は幸せに生きていきたい。たとえ死を選ぶより難しいことだとしても、そうありたいと思うわ」
他人などどうなろうと構わないが、オフィーリアが知れば悲しむ。この体は私に無限の可能性を与えるが、同時に最大の枷ともなる。
「まぁ、この私にはちょうどいいのよ」
「……貴女は本当に、不思議な方です」
「褒め言葉と受け取っておくわね」
彼の言い分はあながち間違いではない。悪女に猫にお人よし、並べてみればなんとも珍妙で笑えてくる。
「ところで、少し頼みたいことがあるのだけれど」
「オフィーリア様の要望は出来る限り通すようにと、殿下より命を受けております」
「あら、話が早い。早速明日、王都を案内して欲しいの」
レオニルに決して触れはしないが、適当に媚は売っておく。おそらくこの男は、オフィーリアにある種の好意を抱いているのだろうから。興味はないが、使えるものは使わせてもらう。
「それから今夜の晩餐、支度はユリに任せるから。お気遣いは不要だと殿下に伝えていただける?なんなら、その分ヘレナのご機嫌をとってあげて」
「あいにくここは、ロイヤルヘルムではありません」
「まぁ!貴方も意外と言うわね」
からからと笑いながら一瞥をくれると、優雅に膝を折りレオニルと別れる。日当たりの良い部屋ならいいと思いながら、ふわりと金のツインテールを揺らした。




