お友達になどなれない
「ああ、もう!お姉様と話しているといらいらするったら!私だけでなく、みんなそう言っているのよ」
「とにかく、ヴィンセント様には迷惑をかけないで」
「ふん、気取っちゃって。形だけの婚約者のくせに」
ヘレナは馬鹿だ。重要なのは形であり契約であり、心や感情は無駄なだけ。どれだけ愛されているのは自分だと主張したところで、現在の勝者はオフィーリアに他ならない。
これ以上、生産性のない会話を聞いている気にはなれないと、私は彼女の腕の中で適度に暴れ始めた。決して傷付けたりしないよう、爪の手入れは欠かさない。ヘレナのドレスなど、この形の良い爪には不要である。
爪を研ぐなら、皮の分厚い丸太か半分朽ちた木の幹がちょうど良い。
「あっ、こら猫ちゃん。そんなに暴れたら危ないわ」
「うにゃあ」
「駄目だってば!」
わざとヘレナに見えるよう、大口を開け犬歯を見せる。臆病者のこの女は、情けなく悲鳴を漏らしながら後退りをした。
「今度その毛玉の塊を使って私に何かしたら、承知しないんだからね!」
「気を付けて部屋へ戻って、ヘレナ」
「まったく、余計に気分が悪くなったわ!」
オフィーリアは私を下に下ろすと、小煩い馬鹿女の為にわざわざ扉を開けてやる。それを当たり前の気遣いとして享受しながら、最後に舌を突き出して去っていった。
「……私って馬鹿で情けないわよね。何ひとつ、言い返せないんだから」
へなへなとしゃがんだ彼女の足元に近寄り、そこに体を預ける。猫になってからというもの、私は当然ながら喋ることが出来ない。
「ありがとう、猫ちゃん。私を慰めてくれるのね」
「にゃあ」
「あなただけは、何があっても守るから安心して」
それでも、感情は伝わる。むしろ余計なひと言を投げつける心配がない分、言葉などない方が良いのかもしれない。
――私の言うことが聞けない人間なんて、生きる価値もないのよ。
ふとかつての自分を思い返し、やはり言葉は不要だと改めて感じた。私はそれを、凶器としてしか使用したことがなかったのだから。
ごろごろと喉を鳴らしながら、私は全身の力を抜いてくてんと仰向けになる。仕方がないから、今日は特別にもう一度お腹を触らせてやろうと。
「ふふっ、可愛い。もし猫ちゃんがお喋り出来たら、きっと良いお友達になれるわ」
オフィーリアはふわふわの腹を優しく撫でながら、ぽつりと感情を露わにする。親しい友人はヘレナに奪われ、根も葉もない噂のせいで孤立させられた。独りが寂しいからと、ただの猫である私に縋っている。
その姿は哀れで滑稽で、何よりも愛おしいと思わざるを得ない。アレクサンドラとして出会っていたならば、私達が交わることなど神に誓ってあり得なかった。
オフィーリアの冷え切った手は、私の高い体温にはちょうどいい。目尻に溜まった彼女の涙を舌先でちろりと舐めとりながら、想像の中でヘレナを痛めつけることしか出来ない己の無力さを、声にならない声で鳴いて誤魔化したのだった。




