穢れた血を赦さない
「大変なご無礼を、心より謝罪いたします。言い訳はいたしません。どうぞ、殿下の思いのままに処罰を」
「ちょ、な、何を勝手に……っ!私はそんな発言はしていません!姉が軽口を叩いたのを、私が諌めていたんです!」
雰囲気をぶち壊す愛らしい妹は、必死の形相でクリストフに縋る。それが通用する相手かどうか、見極める気はないらしい。
「そうですか、貴女は濡れ衣だと」
「はい、そうです!いくら姉といえど、許せることではありません!これまで何度も訴えていましたが、いつもこうなのです!平気で他人を傷付け、それを誤魔化してばかりで……っ」
そうそう、その調子。なんなら手拍子でも打ってやりたい気分で、一切口を挟まずただ黙って彼女の口上に耳を傾ける。
「それが事実なら、貴女はこれまでさぞ辛い思いをなさったことでしょう」
「ええ、そうなんです!私だけがいつも辛い我慢を強いられて、それでも大切な家族だからと……」
調子に乗って聞かれてもいないことまでぺらぺらと口にするヘレナを前に、クリストフは本心の読めない温顔を浮かべていた。そして、ゆったりと言葉を紡ぐ。
「では、私が代わりに殺して差し上げましょうか」
「え……?」
その瞬間、ヘレナはまるで羽をもがれた小鳥のようにぴたりと動きを止めた。クリストフは自身の腰元に指を這わせながら、少しずつ彼女を追い詰めていく。
「我が国では、こと家族間の裏切りにおいては決して温情をかけません。血の繋がりほど尊く穢れの濃いものはないと、僕は常々感じています」
「い、いえなにもそこまでは……」
がたがたと震え始めるヘレナを庇うように、私は膝をついたまま声を張り上げる。この男はもしかするとヴィンセント以上の強敵となるかもしれないと、内心舌打ちをしながら。
「どうか、妹に酷な選択をさせないでください」
「貴女は、ただ自身の命が惜しいだけでは?」
「どう捉えられても構いません」
顔を上げ、クリストフの翠眼をじっと見つめる。こんな女がどうなろうと知ったことではないが、オフィーリアなら必ず身を挺して庇うだろう。たとえそれが、自らを手に掛けた忌むべき相手だとしても。
「……分かりました。この件について、今ここで決断を下すのは保留としましょう。その代わり」
腰元にあった手はいつの間にか私の腕を掴んでおり、そのまま乱暴にぐっと引き寄せられる。思わずよろけてしまう私を、この男はびくともせずに受け止めた。
「ここで問題を起こされないよう、しばらくオフィーリア嬢の身柄を預からせてもらう」
丁寧な言葉遣いとは裏腹に有無を言わせぬ威圧感を漂わせながら、クリストフは横目で侍従に合図を送る。
「ヘレナ嬢をご案内して差し上げるんだ。被害者はくれぐれも丁重に扱うように」
「かしこまりました」
自信に有利な方向にことが運んでいると分かったヘレナは、途端に勝ち誇った表情でふんと鼻を鳴らす。本当に殺されてしまえばいいのに、という心の声が思いきり漏れ出たまま、碌な挨拶もなしにこの場を去っていった。




