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腹の読めない第二王子

「ヴィンセント様を放ったらかしてこんな国に来るなんて、頭がおかしいとしか思えない!」

「殿下も認めてくださったわ。私の為になるならと」

「嘘、そんな言い方は絶対にしない!」

 去勢を張るように、ヘレナはきっと眉を吊り上げる。対照的に、私はふにゃりとそれを下げた。ヴィンセントと私の仲を示唆するような発言をすれば、彼女はすぐに熱くなる。そして見境がなくなり、責任も取れないくせに大胆な発言をしてしまうのだ。

「ベッセルには、我が国にない技術や文化がたくさんあるわ。それを学ぶ機会を得られたことは、とても貴重で感謝すべきなのよ」

「私はそんなもの欲しくないわ!お姉様に無理矢理連れて来られて、腹が立って仕方ないったら!いくら栄えていようが戦争ばかりして、きっと国民も野蛮人なのよ!」

「ヘレナ、いくらなんでもそんな言い方は……」

 白々しく注意を促そうとした私を遮り、誰かの影が私達の間に映り込む。私達は気付かないうちに、謁見の間からさほど遠くない場所まで進んでいたらしい。

「さすがにそれは聞き捨てなりませんね、レディデズモンド」

 男性にしては中性的な透き通る声色。振り向き様顔を見るよりも先に視界に映った手は、存外ごつごつとしていて筋張っていた。

「初対面がこのような形とは、実に残念です」

 緑水晶のごとく輝く瞳と整った鼻梁、橄欖色の髪はすっきりと刈られ、自信に満ち溢れた覇気がこちらにまで流れ込んでくる。爽やかな風を身に纏ったその男は、数々の戦で武功を上げた手練には見えなかった。

 ふわりとドレスのプリーツを整えると、ゆったりとした動作で腰を折る。この程度で気圧される私ではないと、優雅に微笑む。

「大変失礼いたしました。私はデズモンド侯爵家長女オフィーリアと申します。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」

 隣のヘレナを軽くつつくと、呆けたような顔をしながら一応の挨拶をみせた。

「ようこそ、ベッセルへ。僕はこの国の第二王子クリストフ・ド・カルロイ・ベッセルと申します」

「え……っ、お、王子様⁉︎」

「どうぞ、以後お見知り置きを」

 私と違い、可愛い妹は事前の下調べを怠っていたらしい。明らかに焦ったような雰囲気のヘレナとは違い、私は至極落ち着き払った表情で眼前の相手と向き合った。

「お目に描かれて光栄です、ベッセル殿下」

「それはこちらの台詞です。デズモンド侯爵家といえば、海運取引を盛んに行なっているとか」

「ええ、仰る通りです。今後もさらなる発展を目指し奮励する所存です」

 オフィーリアは女性にしては背が高い方だが、それでもクリストフの瞳はもっとずっと高い位置にある。必然的に見下ろされるような形となることが、なんとなく癪に障った。

「ところで」

 まるで我が子に物語でも聞かせるような口振りのくせに、ヘレナを射抜く視線だけが鋭い。

「野蛮人とは、我々のことでしょうか?」

「ひ……っ!」

 こういう時だけ私に縋り付き、己を護る盾のごとく前へ突き出す。プライドはないのかと呆れながら、オフィーリアなら代わりに謝罪するのだろうと溜息が漏れる。


――このまま処刑でもされてしまえばいいのに。それが無理なら、手でも足でも差し出して。


 悪女の思考は、彼女には到底近付けない。仕方がないから真似事だけでもしてやろうと、私はヘレナの手首をぐっと掴んで下へ引く。そして二人で、クリストフの眼下に膝をついた。

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