どうか、私を愛して
「それも魔術の一種か」
相変わらず、佇まいだけは神に愛された男だと認めてやろう。滑らかな銀髪と妖美な黒瞳、むせ返りそうなほどに独特の色香を帯びた雰囲気は、どんな女をも虜にしてしまうだろう。それに靡かなかったのは、オフィーリアただ一人。
「魔術など使えないと散々申していますのに。人よりほんの少し五感が優れているだけの、普通の人間ですわ」
なんの沙汰もない突然の訪問にも関わらず、既に紅茶と菓子が準備されている。少しでもヴィンセントを怖がらせることが出来るかと期待したが、大した反応もないので興醒めしてしまった。
この男の目的は分かっているが、相手にするつもりはない。ユリお手製のクッキーに手を伸ばしながら、ふんふんと鼻歌まじりにそれを食んだ。
ヘレナの為に用意されているクッキーは、香草の香りがきつくてとても食べられたものではない。
「どういうつもりだ」
「話が見えませんわ」
「先からベッセル行きの為に、私を利用したな」
「とんでもない、殿下を利用だなんて!」
地を這うような声でこちらを睨めつけるヴィンセントに向かって、私は仰々しく口元を手で押さえた。
「確かに、父の説得にあの封蝋印付きの証明書は役立ちましたが、それ以外は私個人でしたことですわ。貴方のお力は借りておりません」
「そんなことはどうだっていい。お前はベッセルの出身なのか」
「私に聞かずとも、散々お調べになったのでしょう?どうですか、何か成果は上げられました?」
うふふと笑う私と、ぎりりと奥歯を噛み締めるヴィンセント。オフィーリアの魂を人質に取られた時から、この男の能面は剥がれた。肌に突き刺さる憎悪の感覚が懐かしく、思わずうっとりと目を細める。
――ああ、嫌われるって気持ちいい!
もっともっと、私を憎めばいい。我を忘れて飛び掛かり、首元に牙を突き立て、早く死ねばいいと毒を流し込む。そんな風に私を殺したいと、いくらでも望めばいいのだ。
「どうぞ、お召し上がりになってください。私はハーブが苦手なのでヘレナの所で飲む紅茶とは違いますが、なかなか美味しいですから」
「得体の知れない者から勧められたものを口にするとでも?」
「貴方を殺してしまっては、この体を拝借した意味がありませんわ」
音もなく立ち上がり、ヴィンセントの目の前で細い手を伸ばす。オフィーリアが私に向けていた笑顔をそっくり真似てみせると、仄暗い黒瞳にほんの一瞬光が宿る。
ああ、やはり。この男も私と同じように、本心では彼女の愛を渇望している。命を奪って永遠に傀儡として側に置いたとして、それは所詮空っぽの伽藍堂。
叶うならば、オフィーリアという女神に愛されてみたいと。
「もしもこの体を取り戻すことが出来たなら、殿下は一番に何をいたしますか?」
「……私は」
「涙を流して抱き締める?好きだと言ってキスをする?それとも……、二度と横取りされないよう首を絞めて殺す?」
奴の首元に青白い指を這わせ、惑わすような声で囁く。金のツインテールが頬に触れ、不快だとでも言いたげにヴィンセントは顔を背けた。




