冥土より愛を込めて
「さぁ、おいで。可愛らしい猫ちゃん」
ドレスがどれだけ汚れようが、そんなことは構わない。私はその猫を優しく抱き上げると、首に刺さったナイフを抜き投げ捨てた。
「ふん、ご丁寧に王家の紋章付きね。小さな脳みそを一生懸命使ったところは、褒めてあげるわ」
ヴィンセントの仕業に見せかける為の工作など、この私には通用しない。
「オフィーリア様、お召し物が……っ!」
「いつまでも机の上に寝かされたままでは、この子が可哀想でしょう?この温もりを覚えたまま、安らかに天へ召されてほしいもの」
袖で顔を拭ってやると、整った美しい顔立ちの猫だった。奇しくもそれは、オフィーリアと共に過ごしてきた『猫ちゃん』だった頃の私と、とても良く似ていた。
「大丈夫。お前はちゃんと、こうして抱いていてあげるから」
冷えたパンのように硬い体を優しく胸に包み込むと、可愛らしい耳と垂れた尻尾がぴくりと反応したように感じられる。ゆっくりと背中を撫でながら、私は無意識に目を閉じあの瞬間を反芻していた。
猫だったとはいえ、私は意志を持ってヴィンセントを殺した。アレクサンドラとして生きていた頃だって、倫理観など母親の腹の中に置いてきたような人生だったというのに。
名も知らぬただの獣に情を移す私を見たら、夫だったあの男はきっと鼻で笑うだろう。それが、至極正しい反応だ。そう、私は稀代の悪女と呼ばれた女。情欲に溺れ、他者を蹴落とし、やられたらその何倍も仕返してやらねば気が済まない。
両親にもヘレナにもヴィンセントにも、オフィーリアを傷付けた人間すべてに、今私の胸の中で眠るこの子と同じか、それ以上の報いを……。
――ほら、こっちへおいで。私がずっと側にいるから、悲しい時は一緒に泣きましょう?
「……ふふっ。貴女って本当に、呆れるくらいのお人好しだわ」
ぐつぐつと煮えたぎっていた血液が、彼女のおかげで少しずつ落ち着いていく。止めていた呼吸を繰り返し、錆臭い空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「オフィーリア様、瞳が金色に光って……?」
「さぁ、光の加減ではないかしら?それよりも、この部屋の掃除は任せても?」
「も、もちろんです!ですがその前に私も、埋葬にご一緒いたします!」
いつの間にか泣き止んでいたユリは、揺れる瞳のままではっきりとそう口にする。少し前までヘレナに好き放題やられていた彼女だけれど、こんな顔もするのだと思わず笑ってしまいそうになった。
「ええ、そうね。野犬や猪に掘り返されないような、うんと日当たりの良い場所に埋めてやりましょう」
手近なブランケットを引っ張ると、猫の体に巻き付ける。私達は着替えることすらせず、そのまま堂々と部屋を出たのだった。




