仕方がないから、仲間に入れてあげる
ヴィンセントに正体を明かしたあの日以降、ヘレナの機嫌がすこぶる悪い。おそらくあの男は、どうやって私からオフィーリアを奪い返すかの算段を立てるのに忙しく、あの子を構う余裕がないのだろう。
部屋から追い出された件といい、これまで散々馬鹿にしてきた姉に負けた屈辱は計り知れず、毎日のように何かが壊れる音や耳障りな金切り声が屋敷中に響き渡っていた。
「オフィーリア様。朝食をお持ちいたしました」
「あら、ありがとうユリ」
すっかり私に懐いた、ヘレナの元侍女ユリ。大きく右に傾いたぼろぼろのサイドテーブルにそれを置くと、彼女はじっと私の口元に視線を注いだ。今にも泣き出さそうな顔をして、唇を噛み締めている。
原因は、数日前ヘレナに叩かれた傷跡のせい。腹の虫が治まらない彼女が普段にも増してユリを虐めるものだから、間に入って止めた。もちろん、親切心などではない。ただ、オフィーリアならそうすると思ったから。
庇ったことでますます激昂したヘレナは、私の頬を強く打った。その時、彼女の長い爪が当たり傷になったのだ。
「そんな顔をしないで。これは貴女のせいではないのだから」
「で、ですが……」
「ただ、私がそうしたかっただけよ」
俯く彼女の肩にぽんと手を乗せてやれば、いつか私が送ったベージュのリボンが結ばれた髪が、ゆらゆらと控えめに揺れた。
「私は今後何があっても、オフィーリア様の為に尽くすと誓います」
ありふれた焦茶の髪と、同じ色の澄んだ瞳。この侍女の言葉は本音だろうが、だからこそ信用が出来ない。対価のない関係ほど脆いものはなく、たとえば家族を人質に取られたならば簡単に裏切るだろう。
オフィーリア以外に、私の心を動かせる人間などいない。
「貴女は、自分の身を一番に考えなければいけないわ。ヘレナから脅されたら、絶対に私を庇わないで」
「オフィーリア様……。なんてお優しい方なのでしょう」
崇拝するようなユリの姿を横目で流しながら、まぁ駒が多いに越したことはないと結論付けた。
――違うでしょう?大切な仲間よ。
ああ、そうだった。どうしてもアレクサンドラの我が強すぎて、オフィーリアの意志を打ち消してしまう。こんなことでは目的を果たせなくなると、憂いを帯びた溜息と共に元の私を外へ吐き出す。
その後ユリが運んだ朝食を食べると、皿の下に隠されていた手紙を受け取る。ようやく返事が来たとほくそ笑みながら、それを丁寧に折り畳んでベッド下へと押し込んだ。
「まったくお姉様ったら、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのかしら」
「ごめんなさいね、ヘレナ。そんなつもりはないのだけれど、これからはもっと気を付けるわ」
「そう言って、いつも口だけなんだから」
濃い桃色の下品なドレスを身に纏い、相変わらずごてごてと装飾品で飾り立てたヘレナは、いつも通り完璧に素材を台無しにしている。オフィーリアには到底及ばないが、そこそこに見れる顔立ちはしているのに。
本日は父ホーネットの貴賓が屋敷を訪れる為、私も屋根裏を出るよう命じられた。すっかりあの場所が気に入った私は、シャンデリアの灯りを妙に鬱陶しく感じている。
ヘレナから付けられた傷を隠す為、いつもは付けない白粉を叩き、口紅も濃い色を差している。わざとダークブルーのドレスを選んだのは、より色白で華奢に見えるから。私のアイデンティティであるツインテールだけは、絶対に譲れないが。




