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悪女は優雅に微睡む

 最愛の婚約者を自身の知らぬところで勝手に攫われたという事実は、おそらくこの男にとって最大の屈辱だろう。

 この先もう二度と、ヴィンセントの好きにはさせない。オフィーリアが歩むべき幸福な人生には、美しだけの小石は邪魔でしかない。

「どうなさいます?今すぐにこの心臓を、ひと突きにしてもよろしくてよ?」

「……黙れ、卑しい女狐が」

「まぁ、酷い。私のことを何もご存知ないのに、そんな風に侮辱するなんて」

 氷のような凍てついた視線で私を睨め付けながら、ぎりりと歯噛みする姿は愉快で仕方がない。これでヴィンセントは、現状オフィーリアにも私にも手出しをすることが出来なくなった。あとはゆっくり、幸せへの繋がる道を見極めていけばいいだけ。

「どうせなら、狐ではなく猫に例えてほしいわ。そうねぇ、特に真っ白な毛並みの子なんて神秘的で素敵だわ」」

「お前は何者だ。目的はなんだ」

「さぁ、当ててみたら?私がオフィーリアではないと気付いた貴方なら、容易いことでしょう」

 下から上に向かって思いきり顔を突き出し、ぶつかる寸前でぴたりと止める。互いの瞳には、この世界で最も憎い存在の姿がゆらゆらと映し出されていた。

 アレクサンドラは好戦的で、命に価値を見出さない。他人が死のうが自分が死のうが、微塵も私の心を動かすことなどなかったのに。


 ――愛しているわ、可愛い猫ちゃん。


 本当に、オフィーリアは私にとって世界でもっとも厄介な相手と言えよう。

「貴方はこの先、私には逆らえない。大人しくしてくれたらこの子に危害は加えないし、荒唐無稽な要求をするつもりもないから安心して」

「調子に乗っていられるのも今だけだと思え」

 ヴィンセントは興味を失った素振りでふいと視線を逸らすと、無言で腰元に手を掛ける。こちらに向けられる冷ややかな流し目が「そのうち殺す」と物語っていた。

「うふふ、楽しみにしているわね」

 くるりと軽やかにターンしてみせると、金のツインテールがまるで猫の耳のようにぴょこぴょこと揺れる。

 これまでどれだけの殺害予告を受けてきたか、いちいち数など数えていない。私にとってヴィンセントなど、産まれたての赤子を手に掛けることと同義なのだ。

「だったらなぜ、救えなかったのかしら。私って本当に愚かね」

 小さな小さな呟きは、元猫の私にしか聞き取れない。もう用はないとばかりに完璧なカーテシーを披露すると、ヴィンセントを残しその場を後にした。




♢♢♢

「ふんふんふーん」

 すっかり屋根裏部屋が気に入った私は、今日も鼻歌まじりに人間観察を楽しんでいる。本当ならばこのやたらと大きな出窓から屋根によじ登り、一番高い場所で下々を見下ろしたい気分なのだが、大切な体に傷が付いてはことだ。

 窓枠に腰掛け、身を乗り出して爽やかな軽風を感じる程度で満足することにしている。

「ちょっと聞いて!またヘレナ様に手の甲を叩かれたわ」

「最近特にご機嫌斜めよね。いつ難癖をつけられるか分からないから、近付きたくないわ」

「真っ赤な顔して怒鳴っている時の顔、一度鏡で見てみたら良いのよ」

 メイドや侍女達の下世話な会話から、父ホーネットが秘密裏に拡大している闇商との取引に関することまで、わざわざ足を運ばずとも風に乗って勝手に流れてくる。

 猫のような自由はないけれど、この体はなかなか居心地が良い。

「自分で自分の頭を撫でても、ちっとも気持ち良くないのが欠点だけれど」

 オフィーリアに撫でられながら微睡む至福の時間がたまに恋しくなるのは、自分ではどうしようも出来なかった。

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