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腹の探り合い

 なぜ私がここへ呼ばれたのか、大方の察しはついている。ヘレナに対する嫌がらせへの糾弾……という建前の元、この男は確認したいのだろう。

 殺したいほどに愛している女が、屋根裏部屋から身を乗り出して愛の歌を歌っていた。普段ならば決して行わないような大胆な行動に出た、その心理を。

「ヴィンセント様。お姉様の私に対する嫌がらせは、ますますエスカレートしています。いつ命を取られてしまうのかと、もう怖くて怖くて……」

 はぁ、同じような台詞を聞くのも些か飽きてきた。このままでは、カーペットに寝そべってごろごろと体を擦り付けてしまいそうだと。

「ちょっと!どうしてそんなに退屈そうな顔をしているのよ!」

「そんなことないわ。もう、すっかり目は覚めているから」

 おほほと優雅に微笑みながら、ヴィンセントの出方を待つ。普段オフィーリアを冷遇し、ヘレナの肩を持つこの男の本性をこの場で暴いてみせれば、さぞ痛快だろう。

 しかし、それだけでは私の溜飲は下がるどころか余計に口内を不快にさせる。恥をかかせ、命を奪うだけでは到底足りない。私がこの手で、たっぷりと『幸せ』を与えてやりたい。オフィーリアが望んだように、誰も不幸にならない結末で。

「幸せの定義は、人それぞれだものね」

「はぁ⁉︎何の話をしているの⁉︎」

「ヴィンセント殿下と貴女が仲良くしている姿は、姉の私としても嬉しいと言いたいのよ」

 広がるドレープの幅ひとつとっても完璧に、どの空間を切り取っても私という存在には穴がない。それはオフィーリアの姿をしていても同様で、むしろアレクサンドラよりも彼女の容姿の方がずっと私好みだ。

 この滑らかな肌には、何時間触れていても飽きない。猫として撫でられていた頃もそれはそれで悪くなかったけれど、やはり体毛という壁はないに越したことはない。

「今日はやけに反抗的な態度を見せるな、オフィーリア」

「とんでもないです、殿下。私はただ、偽りの仮面を被ることを止めただけなのです」

 たおやかに微笑んでみせるが、ヴィンセントの表情はぴくりとも動かない。あれだけの熱情を内に秘めていながら、ここまで鉄仮面を貫く様はいっそ感心すらしたくなる。

「私はいずれ、貴女の妻となり側でお支えする身ですから、いつまでも自身の殻に閉じ籠ったままではいけないと、覚悟を決めたのです」

「立場が揺らがないという確証は?」

「さぁ、それはどうでしょう。結婚というものは、一方的な想いだけではどうにもなりませんから」

 こうしてヴィンセントと対峙していると、妙な気分に襲われる。愛しさとはまた別物の、哀れな生贄を掌に乗せているような感覚。ある意味オフィーリアが全てであるこの男の願いが叶うことは、未来永劫叶わない。

 私が彼女に出会わず愛を知らないままならば、そもそもアレクサンドラが悪女として処刑されるような人間でなかったとしたなら、もっと他の道を選べたかもしれないのにと。

「ヘレナ。少し席を外せ」

「な……っ!何をおっしゃっているのですか⁉︎私は……っ」

「二度言わせる気か、ヘレナ」

 彼女はヴィンセントに詰め寄ったが、あらゆる方面において立場は明白である。今にも威殺しそうな視線を私に向けながら、淑女らしからぬ性急な足取りで部屋を出ていった。

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