新緑の傍観者
「ねぇ、ユリ。私は今日、誰と過ごしていたかしら?」
「えっ?それは……」
突然の問い掛けに彼女は戸惑いの表情を見せたが、目配せに気付くとすぐ私に調子を合わせた。
「オフィーリアお嬢様お一人で、街を散策しておられました」
「そうね、私もそう思うわ」
笑顔で話を締め括り、クラリスに向かって頷く。決して口外しないと示した私を見つめながら、彼女は複雑な表情を浮かべたまま去っていった。
その後もいくつかの店を物色して回り、適当な頃合いで帰途に着く。今日付き添いを務めたユリと護衛の二人には、リボンとカフスをそれぞれにプレゼントした。
「とても良い気分転換になったわ、ありがとう。この家では私に仕えるなんて嫌でしょうに、それでもついてきてくれて嬉しかった」
「そんな……。使用人がご主人様にお仕えするのは、当たり前のことです!」
「だけど私は、貴方達の主ではないもの」
全ての権限は、父ホーネットにある。オフィーリアの幸せの弊害となる人物の一人であり、貴族至上主義で頭の固い男。
あたふたと恐縮しているユリとは対照的に、護衛はただ深々と頭を下げるだけ。今日一日ほとんど言葉を発することなく、ひたすら自身の責務を全うしていた。
猫だった頃の名残なのか、人間よりも視界が広く鼻が効く。そしてなにより、音に敏感だった。
「ご気分はいかがでしょう」
想像していたよりも幾分低音で、心臓に響く心地良さ。深いグリーンアイと癖のない綺麗な顔立ち、側に立つとより高身長が際立つ。
「ええ、今は平気よ。ありがとう」
鋭い聴覚のせいで町の喧騒を不快に感じていたことに、この男は気付いていたのだ。
ユリとは違い目に見えて感情の変化はないが、味方につければこちらに有利な駒となるかもしれない。
――いえ、違うわ。大切な仲間が増えるのよね。
「さぁ、中へ入りましょう。もしも今日のことを糾弾されたら、すべて私の意向だと答えてちょうだいね」
骨の髄までどす黒い欲に染まった私にとって、愚か過ぎるほどに純粋なオフィーリアの真似事をするのもなかなかに骨が折れる。様々な記憶が混濁し合っているけれど、真芯にあるのはたった一つ。彼女の幸せ、それ以外には何も要らない。




