見下される側の人間として
「よろしければ、お名前を伺っても?」
「クラリス・ソストリアと申します。ソストリア伯爵家の三女です」
「まぁ、素敵。お姉様が二人もいらっしゃるなんて、羨ましいわ」
口元を隠しながら控えめに微笑むと、眼前の彼女――クラリスは微かに眉を顰めた。
ああ、そういう口かと、思わず頭を振りそうになる。どうやらこの女は、ヘレナよりもオフィーリアとの方がよほど気が合いそうだ、と。
「あの、ほとんど初対面の相手にこんなことを頼むのは不躾だと分かっているのですが……」
「一体、どのような?」
聞き返された私は、彼女の後方にある化粧品店をちらりと見上げる。
「この店に入ってみたいのですが、初めてのことでどうしても気後れしてしまって……。悩んでいるところにクラリスさんとお会いしたので、これもきっと何かの縁だと恥を忍んで申し上げます。どうか、私と一緒に入店していただけないでしょうか」
「え……っ。私と、ですか?」
「クラリスさんもこちらに入ろうとされていたようですし、健康的でハリのある肌が素敵だなと」
心にもないことをすらすらと口にしながら、彼女の反応を細かく観察する。私はオフィーリアのように、血色の悪い抜けるような色白が好みなのだが、どうやらそれはまったく気取られていないらしい。
そもそも化粧品店に入ったところで購入出来るような資金は持ち合わせていないし、デズモンドの名を出してつけておくのも面倒だ。
そもそも私の目的は商品ではなく、手駒となるカモを見繕うことなのだからなんの問題もない。
「私は今日、一人で街へ出ています。侍女のユリは信頼出来る人柄ですので、どうか心配なさらないで」
きょろきょろと視線を彷徨わせているクラリスに向かって、穏やかに微笑んでみせる。彼女はヘレナに、私と行動を共にしている場面を見られることに怯えていると、すぐに気付いた。ついでにユリの名前も出し、彼女の気分も上げておく。
「お優しそうなクラリスさんだからこそ、頼みたいと」
「……分かりました。店内に入るだけでしたら」
「わぁ、ありがとうございます!」
少し体を前のめりに近付け、自身のパーソナルスペースに彼女を入れる。不快にはならないほどの距離感で、あえて触れることはしない。
そんな私の態度に目を見開きながらも、まるで操られているかのようにこくりと頷く。
我儘で自身が頂に君臨しなければ気が済まないヘレナと、そんな妹に虐げられる無能で地味な姉。前者は救いようがないが、後者は振る舞い次第でどうとでも印象操作が可能となる。ヘレナは他人を不快にさせるが、オフィーリアにはそれがない。馬鹿にする対象ではないと分からせることで、簡単に信用を得ることが出来るのだ。
「クラリスさんと出会えたことを、神に感謝しなければいけませんね」
「そんな、大げさですわ」
「ふふっ、ごめんなさい」
ツインテールをふわりと揺らしながら微笑む私に、彼女はまるで恋に落ちた乙女のような虚な瞳でほうっと見惚れていた。