猫としての生活は、意外と悪くない
「猫ちゃん、撫でてもいいかしら?」
こんなに私を可愛がるくせに、オフィーリアは猫に《猫ちゃん》という馬鹿げた名前を付けている。抗議の意を込め噛みついてやろうかと思ったこともあったが、私を撫でる指が想像以上に細く青白かったので、温情をかけてやった。それと、陽だまりのような落ち着く香りだけはなかなかの好みだった。
本日も朝からみっちり淑女教育をこなした彼女は、束の間の休息を猫の為に費やす。本当に馬鹿げていると思いながらも大人しく撫でられている私は、どうやらオフィーリアを気に入っているらしい。
恩や借りなどという概念など無意味だと思っていたのに、今は彼女に助けられたあの日をそこそこ感謝している。逃げてやろうと考えたこともあるにはあるが、そうしない理由はいくつかあった。
せっかくのぐうたら生活を捨て、野良に混じって残飯を食らうのは御免だし、高貴で美しい猫である私には相応しくない。オフィーリアは実に扱いやすく、不機嫌そうに振る舞えば私のご機嫌を伺い、甘えてやれば嬉しそうに笑う。たかが猫に一喜一憂する人間を見ているのは、気分が良かった。
それと、もう一つ。私がこの家を離れない最大の要因と言っても過言ではない、ある人物の存在。
部屋に入る時もノックしない、自分でドアさえ開けない、可愛らしいのは見目だけのオフィーリアの妹ヘレナ・デズモンド。ずる賢さと図太い神経を持ち、姉を姉とも思わない振る舞いで常に彼女を虐げる目障りな存在。
私が最初ここへやって来た時、ヘレナは「可愛いからほしい」と言って、オフィーリアから奪い取ろうとした。彼女が抵抗したのは初めてらしく、ヘレナはそれはそれは醜い顔で喚き散らした。
手に入らないと分かると殺そうとしたり、両親を使って追い出そうとしたり、あらゆる低劣な手を駆使してオフィーリアから猫という娯楽を強奪しようと試みたが、それはことごとく失敗に終わった。
私はヘレナのような女が大嫌い、というと自縄自縛かもしれないが、とにかくいけ好かない。私がオフィーリアのもとを去ることはあの女の思惑に乗ると同義である為に、私はもう何年もこの家に止まっている。
危険を察知すればふらりと逃げ、決して捕まらず、毒入りの餌も食べない。元悪女を舐めてもらっては困ると、私は地団駄を踏むヘレナの前で背中を丸めて威嚇してやった。
本当ならばその小憎らしい顔を爪研ぎ用の丸太の代わりに使ってやりたいくらいだが、それは私を追い出す口実となる為、想像の中だけに留めている。