つい塀の上を歩きたくなる
「先ほどは本当にありがとうございます」
「さすがに一人で出歩くわけにはいかないから、助かるわ」
侯爵家の息女が侍女一人護衛一人で街に繰り出すなど、私からしてみれば家の品格が疑われる愚かな行為に他ならない。ずる賢い当主であれば、大仰なほどぞろぞろと連れ歩いて、財力と権力を誇示するだろうに。天から悪徳領主として名高いデズモンドは、私が手を下さずとも勝手に廃れていくだろう。
「ああ、気にしなくていいわ。ヘレナに何か言われても私が貴女を守ってあげる」
「で、ですが……」
ユリの浮かない表情を見るに、自分にも私にも咎を負わされると危惧しているのが手に取るように分かる。優しいオフィーリアが、ヘレナ相手に勝てるわけがないと。
「私、もう我慢を止めたの。これからは幸せになる為に、自分自身の声に耳を傾けてあげるってね」
「オフィーリアお嬢様……」
「上手の猫が爪を隠すというでしょう?私って意外と、やると決めたら必ず成し遂げる性分だから信用して」
にこりと微笑んで、彼女の荒れた手にそっと触れる。あからさまに反応したユリを落ち着かせるように、軽く力を込めた。オフィーリアの手が温かく心地いいことは、この世の誰よりも私が一番よく知っている。
「さぁ、話はこれでお終い。今日は三人で街を楽しみましょう」
「は、はい」
しれっと護衛も数に含めると、ユリの手を取ったまま大して乗り心地の良くない馬車へと乗り込んだのだった。
私がアレクサンドラだった頃と比べると、随分町が栄えているように見える。この世界には稀代の悪女の名は轟いておらず、この転生は一体どういう仕組みなのだろうと、神の気紛れに意味を見出そうとする。
あのドレスは趣味が悪い、あの化粧は似合っていない、あの男の隣は絶対に歩きたくないなどと、街行く人々をなんの気無しに値踏みしながら歩いた。
輝く金色のツインテールは目立つようで、すれ違い様に向けられる不躾な視線が心地良い。やはり美しいものには目を惹かれるものだと、臆することなく優雅に伸びをした。
「あら。あの塀はちょうどいい高さね。日当たりも良さそうだし、昼寝場所に最適だわ」
「あ、あの……?」
「独り言よ、気にしないで」
なかなか猫の癖が抜けず、つい伸びや毛繕いなど人間ではしないような仕草をとってしまう。不思議そうな顔を見せるユリを、私は涼しい顔で受け流した。
久々の二足歩行、高い視点での闊歩、ブティックの品定め。今の私には高価なドレスを買うだけの資金はないけれど、ないなら誰かに買わせてしまえばいいだけの話。それよりも今は髪と肌の艶を取り戻すことが先決だと、令嬢御用達の化粧品店を目指す。
もちろん、母やヘレナは自ら足を運ばずともデズモンドの屋敷へと店主自ら商売へやって来る。当然のようにオフィーリアは呼ばれないので、仕方なく訪れてやったのだ。まぁ、あんな辛気臭いタウンハウスに篭っているよりは何倍もましだが。