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決着の時、何を想うだろうか

 国王陛下と王妃陛下に謁見してから数日が経ち、私がベッセル王国の第二王子を連れて帰国したという新聞が、すでに何社も出回っていた。

 ヴィンセントの密通については、国王が手を回した為大々的には報られていないが、ヘレナの暴挙を目撃した人数が多く、完全には防ぎきれなかったらしい。

「デズモンド家の長女なんて、今まで顔すら見たことがなかったのに」

「なんでも、とんでもない美人だとか」

「ベッセルの王子もその令嬢に酷く同情して、ゆくゆくは結婚までするつもりらしい」

 嘘と真を織り交ぜた話は、見事に貴族達の話題の種となった。私が以前、ベッセル行きの資金調達の為に行った事業とも言えない些細な商売。以前知り合ったヘレナの元取り巻きである伯爵令嬢クラリス・ソストリアと手を組み、彼女の人脈を利用して荒稼ぎをした。

 今回も彼女を利用し、随分と大げさに話を広めるよう命じておいたのだ。貴族男性達は立場があるが、令嬢にはその意識が薄い。元々ヘレナが嫌われていたこともあり、あの子を庇う者は誰もいなかった。

 もちろん私も好き勝手なことを言われているが、今や羽虫程度の人間に何を言われようとも、まったく気にならない。アレクサンドラ・レイクシスは確実に成長を遂げているのだ。

「ねぇ、ユリ。オフィーリアを『大して美しくない』と言っていたご令嬢がいるそうなの。誰だか探し出して、丁寧にお手紙をおくっておいてちょうだいね」

「はい、かしこまりました」

「あ、それから『どうせ身体を使った』と笑ったご令嬢にも、同じように」

「お任せください」

 耳が良過ぎるというのも、困りもの。ユリは恭しく膝を折ると、足早にその場を後にした。

 まぁ多少の例外はあれど、概ね私は寛大な心で受け止めている。クラリス嬢はヘレナの死をざまあみろとほくそ笑み、今後も私に力を貸すと約束した。ベッセルで戦争にでも巻き込まれて死ねばそれまで、上手くいけば国外の有望な令息との縁談もあると踏んでいるのだろう。

 彼女は確かに役立つが、クリストフやユリとは違う。取引相手としての付き合いはあれど、それ以上踏み込ませる気はない。

「美しい花も、ある程度の剪定は必要だもの」

 優し過ぎるオフィーリアに出来ないことは、全てこの私が引き受ける。

「オフィーリア、待たせたか?」

 ほどなくして、クリストフが眼前に現れる。相変わらず生命力の塊のような風貌で、雄の逞しさを見せつけながらも王族としての気品も漂わせる、狡い男。

「ええ、待ちくたびれましたわ」

「それはすまない。君の部屋に向かう途中で、うるさい蠅を何匹か駆除していたんだ」

「こんな寒い時期に、蠅ですか?」

「あいつらは、季節を問わない害虫なんだ」

 思い返しているのか、クリストフの瞳が鋭く光っている。ただ虫の話をしているわけではないのだと、私は苦笑した。

「ほどほどになさってくださいな。私が些末なことでは傷付かない女だと、殿下はご存知でしょう?」

「僕が許せないだけだ」

「まったく、過保護な父親のようですね」

 くすりと笑ってみせると、今度は苦い顔をする。どうやら彼は、オフィーリアの父親にはなりたくないらしい。

「それよりも、見てください。このドレス、素敵でしょう?」

 これ以上無駄なやり取りをする気のない私は、クリストフの話を遮りドレスの裾をほんの少し持ち上げた。ほどよくパフスリーブの効いた、オフホワイトのシンプルなもの。レースは控えめだが、細かな刺繍が施されている。

「ああ、よく似合っている。貴女にしては、珍しい色だが」

「オフィーリアが好きだったドレスに、よく似ているのです」

 そう口にすると、彼は優しげに目を細めた。

「私とは正反対の趣味でしたので、昔はよく服の裾を引っ張っていたずらしましたわ。その度に、笑いながら抱き締められた。怒鳴られたことも、手荒く扱われたことも、ただの一度もありませんでした」

 あんなにも酷い環境の中で、オフィーリアだけが異質だった。ある意味では、彼女は周囲に多大な影響を及ぼす甘い毒とも言える。家族も婚約者も、そしてこの私も、決してその存在を無視することは出来ない。

「必ず、ヴィンセント・セルゲイ・ロイヤルヘルムの人生を終わらせてみせるわ」

 あの男だけは、生かしておけない。たとえこの魂が地獄に堕ちようとも、オフィーリアのいない世界などどこも同じ。

「僕が、ヤツに留めを刺す」

 クリストフが、手袋を嵌めた私の手をとった。

「貴女のこの手は、血に濡れるべきではない」

「殿下なら、構わないと?」

「僕はもうこれまで、数え切れないほどの命を奪ってきた」

 国の為に命を賭した彼の手が、穢れているとは思わない。むしろオフィーリアにとっては、これ以上ない救いの手だ。

「……そう、思っていました」

 初めて、私は私の意思でそれを握り返す。クリストフは、まるで反撃にでも遭ったかのような顔をして、じいっとこちらを見つめていた。

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