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上辺だけの関係だとしても

 その夜、私達は王妃陛下の用意した迎賓館にて束の間の休息をとることにした。ここはベッセルよりも冬の寒さが穏やかで、私にとっては過ごしやすい気候でもある。

 あの体が凍てつく感覚を思い出すだけで、血液がぴしぴしと固まるような気がする。手足の指先がかじかんで、しまいには麻痺を起こし燃えるような熱さえ感じるのだ。

 いくらクリストフに抗議したところで、自分は慣れているからと笑うだけ。そのくせ毛皮のコートやマフラーを何着も用意して、この私を着膨れさせる。

「向こうへ行ったら、冬は決して部屋から出ないんだから」

 カウチソファに体をもたれながら、思わず腕をさする。そんな私を見て、ユリが優しく微笑んだ。

「ご安心ください。オフィーリア様の身の回りのあらゆるお世話は、私が完璧にこなします」

「あら、当然のようについてきてくれるのね。すべて片付いたら、貴女は貴女の人生を生きても構わないのよ?その為のお金は、用意してあげるから」

 何気なく口にすると、ユリが唐突に私の足下に跪く。

「オフィーリア様」

「なにかしら」

「私の心を救っていただいたご恩は、生涯忘れません」

「大げさね。これだけ仕えていれば、私がただのお人好しの善人でないことくらい理解しているでしょうに」

 下ろした金髪をかき上げても、細く柔らかな髪はすぐに垂れてくる。やはり私には、ツインテールが性に合っているようだ。

「ヘレナの所から連れてきたのも、打算があったから。あの時の私には専属侍女が一人もいなかったし、ちょうどよかったのよ」

「それでも私は、オフィーリア様に命を捧げます。貴女様がどれだけ酷い言葉で遠ざけたとしても、その裏にある本当の意味を私だけが理解したいのです」

「そんなもの、ないわ」

「たった今、オフィーリア様がおっしゃったのですよ?これだけお側にいれば、どのようなお方か理解できるだろうと」

 暴力こそ振るわれないにしろ、ユリは私に散々振り回されてきた。最初は慈悲深い女神の演技をしていたが、最近ではそれもすっかり忘れていた。

「何をおっしゃられても、貴女様は私のたった一人の大切なお嬢様です」

「では、私が今すぐに死ねと言ったら?」

「いいえ、オフィーリア様は意味のないことはいたしません」

「……ふん、どうだかね」

 しかめ面をしてみせたのに、なぜか彼女は嬉しそうに微笑んでいる。他人から向けられる優しさなど大嫌いだったのに、オフィーリアのせいで私も大概腑抜けてしまった。

 打算と欲以外、信じられるものなどなかった。そこに対価が存在しないのならば、何を担保に相手を縛ればいいというのだろう。

「オフィーリア様を見ていると、本当に胸が躍るのです。今まで生きていて、こんなに楽しかったことなどただの一度もありません」

「貴女も意外と、図太い神経をしているわよね」

「ありがとうございます、そう言っていただけて光栄です」

 意味の分からない謝辞を受け、私はそれ以上の言及を諦めた。ヘレナ相手にされるがままだったユリは、いつの間にか主人である私に随分と似てきたようだ。

「まぁ、いいわ。貴女がその覚悟なら、これからもついてきてちょうだい。考えてみれば、屋根に飛び移りやすい格好だって、事前に準備できるのは貴女くらいだもの」

 とんと額を合わせると、彼女の瞳の色がよく分かる。匂いも、感情も、私にはすべてが手に取るように鮮明に感じられた。

「オフィーリア様は、不思議な魅力をお持ちです」

「本当に、魅力的過ぎるのも困るわよね。不要なものまで引き寄せてしまうのだから」

 幸福そうに微笑むユリを見て、少々やり過ぎてしまったかと後悔するが、もう遅い。最初は、彼女のこともただの便利な駒としてしか見ていなかったはずなのに。

「こんな距離を許した侍女は貴女だけよ、ユリ」

「はい……」

 震える声を聞かぬよう耳を塞いで、私はゆっくりと瞳を閉じた。

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